ジャンヌとソロ
屋敷へと戻ったソロは、空いている客間を整えさせ、そこでスライを休ませるとすぐに医者を呼んだ。急な呼びかけにも関わらず対応してくれた医者の見立てによると、スライは馬車にはねられたというのに、その身体にはどこにも怪我がなかったという。ただし、極度の栄養失調状態であるとのことだ。そして、意識が戻らないのはそのせいだとも。だが、それ以上に驚くべき事があった、それは。
(まさか、スライが女性だったとは……確かに、あちこちの汚れと酷く痩せ衰えているから気付かなかったが、面立ちは女性そのものだ。……しかし、どこかで見覚えがあるような)
そう、スライは女性だったのである。そもそも魔法によってある程度の生計を立てられるこの星では、個人がスライにまで身をやつすことは滅多にない。しかも、女性となれば尚更だ。通常、自分の意思でドロップアウトしなければスライになるようなことはないが、それでもここまで落ちぶれるのは珍しいのだ。
医者が帰った後、ソロはベッドで眠るスライをじっと見守り続けていた。何故そうしたのかは自分でも解らない、ただ、目を離せなかった。それだけだ。しばらくの時間が過ぎた後、スライの女性はゆっくりを目を開けた。初めはぼうっとしているようだったが、少しずつ視線が動いて段々と意識が覚醒してきたようだ。見知らぬ天井に困惑している中、横にいたソロが声をかけた。
「ここ、どこ……?」
「目が覚めたか?」
「あ……だ、だれ?わた、し……」
「落ち着いてくれ。君は今朝、俺の乗っていた馬車にはねられてしまったんだ。どうやら、栄養失調で倒れた所に、ちょうどうちの馬車が走ってきたらしい。一応、医者に診てもらったが、怪我はないと聞いている。どこか、痛むところはあるか?」
「な、ない……と、思う。あの」
「なんだ?金の事なら気にしなくていいぞ。幸いにして怪我はなかったとはいえ、うちの馬車が事故を起こしたのは事実なんだ。気が済むまで休んでくれて構わない。ただ、一つ教えてくれ。君の名前は?」
「…………ジャンヌ。ジャンヌ・パルテレミー」
「ジャンヌか。……わかった、ジャンヌ。君はもう少し眠っているといい。今、何か食べるものを持ってこさせよう」
「あ、ありがとう……あの」
「ん?」
「あ、あなたの、名前は?」
「ああ、俺はソロだ。バーソロミュー・サマーヘイズというんだが、ソロでいい」
「解ったわ、ソロ。…………ありがとう」
「アーデを置いていくから、何かあったらアーデに言ってくれ。俺とこいつは繋がっているから、話しかけるだけで伝わるよ。じゃあ、アーデ、頼むぞ」
「ホッホッ!」
大人しく肩の上に乗っていたアーデは、ソロに頼まれると声を上げ、パタパタと軽く飛んでジャンヌの枕元へ移動した。ジャンヌは少し驚いた様子だったが、すぐに慣れたのかアーデを少しだけ撫でて、再び眠りに落ちたようだ。ソロはそれを見届けた後、気になっていた事を確認する為に、客間を後にした。
「…………あったぞ、これだ。ジャンヌ・パルテレミー、どこかで聞いた名だと思ったが、あのパルテレミー家の長女じゃないか」
自室の机に積み上げられた釣書の中から目当てのものを見つけ、ソロは唸った。それはちょうど三週間ほど前に届いた、名門貴族パルテレミー家から送られた釣書だ。そこにはジャンヌの名と、魔法写真が貼られている。記憶力のいいソロが、その名前を聞くまで気付けなかったのは、ジャンヌがそれだけ痩せこけてしまっていたからだ。しかし、よく見比べてみれば、確かにそれはジャンヌ本人である。元気で健康な時の彼女は、とても美しい顔立ちをしているなと、ソロは改めて感じた。
「だが、この釣書の通りなら、彼女はまだ15歳だ。そんな子供が見合いだなんて、一体なぜ」
エンデュミオン皇国に限らず、この星の多くの国では、成人は18歳からであり15歳はまだ子供という扱いだ。ソロが魔法師団に入ったのも15歳の頃だったが、それはソロの類い稀な才能が許した異例中の異例である。ちなみに、貴族間では政略結婚などもあるので、親の同意さえあれば婚姻関係を結ぶこと自体は子供でも問題はない。もっとも、よほどのことが無い限り、子供を娶ろうという大人は少ないのだが。
ソロがジャンヌにすぐ気付けなかった理由の一つもそれだ。この釣書は、ソロの元に一番早く届いた縁談だったが、ソロはその中身を見て早々に無しと判断していたのである。しかも、ソロが縁談について断りの連絡を入れた後はパルテレミー家から何の音沙汰もなかったので、すっかり記憶の片隅に追いやってしまっていたのだった。
そもそも、パルテレミー家は、王都のすぐ傍に小さいながら領地を持つ伯爵家だ。さほど大きくない領地の割に伯爵という爵位を与えられているのは、かつてのエンデュミオン皇国で重要な役割を果たしたからであると伝えられている。ただし、その内容についてはほとんど歴史に記述がなく、その爵位の理由を知っているのは、皇族だけという不思議な一族なのだ。
そうして、ソロがジャンヌの抱える事情を推察していると、にわかに部屋の外が騒がしくなっていることに気付く。どうやら、執事のカムランが必死に騒いでいる来客を食い止めているらしかった。一体誰がやってきたのかと部屋を出ようとすると、一際大きな声が屋敷の中に木霊した。
「バーソロミュー様ぁ!私です。あなたのイェルダがお見舞いに参りましてよー!」
「お、皇女殿下!お止め下さい、主は今、体調不良で休んでおるのです!」
「あら、ならば尚更私が出向かなくてはいけないんじゃなくて?私はあの方の婚約者でしてよ?愛するお方が苦しんでいるのなら、お顔を合わせて元気づけてあげるのが務めでしょう。さぁ、いいからそこを退きなさい。バーソロミュー様のお部屋はどこなの?案内なさって」
「し、しかし!」
「お黙りなさい!あなた、誰に逆らっているか解っていらして?それ以上私に歯向かうようなら、相応の覚悟はしておくことね」
「ひ、ひぃぃ!?」
イェルダが明らかな脅迫行為に出た辺りで、ソロはゆっくりと部屋を出て玄関に向かった。それまで絶対零度の視線で執事を睨みつけていたイェルダは、ソロの姿を目にした途端、可憐な少女のようにパァっと表情を輝かせて笑みを浮かべている。美しい金髪の縦ロールがゆらりと揺れ、キラキラと光りを放っているようだ。細身の身体を包むライトグリーンのドレスも光沢を持ち、まるでイェルダの全身から光が漏れているかのようだった。
そんなイェルダを前にしたソロは表情を曇らせ、やや低い声で話しかける。
「おやめください、イェルダ皇女」
「あら!バーソロミュー様、お元気そうで嬉しいわ。この方があなたは臥せっているから会わせられないと意地悪を言うの。私、困ってしまっていたところでしてよ」
「カムランは悪くありませんよ。私が誰も取り次ぐなと命じていたのですから。事実、先程まで本当に体調が悪くて横になっていたのです。医者にも診て貰いましたが、まぁ、ただの食あたりだったのだろうと言われたので、遺憾ながら今日の面会はお断りさせて頂いたのです。第一に、私と貴女は婚約者でもなんでもないでしょう。いい加減なウソを吹聴するのは止めて頂きたいですね……!」
「まぁ、コワい顔……うふふ、でも私、あなたのそういう所、大好きでしてよ?簡単に周りに流されない、確固とした自分をもっている殿方は頼り甲斐がありますもの。ねぇ?ギリアム」
「はっ。仰る通りです、皇女殿下」
「ギリアム!?お前……!」
イェルダの背後に立ち傅いているその男は、名をギリアム・カーライルという、騎士の男だ。彼はソロよりも少し年上で、魔法兵が主戦力であるこのエンデュミオン皇国においてなお、一対一の単純な戦闘力では右に出る者はいないとまで謳われた人物である。魔法兵のトップがソロなら、騎士階級のトップがこのギリアムなのだ。
予想外の人物の登場に、ソロは息を飲んでギリアムの顔を睨みつけた。対するギリアムもまた、その視線を真っ向から受け止めて鋭い視線を返している。そんな二人の静かな攻防を、イェルダは頬を赤く染めながら見つめていた。
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