運命の邂逅
ダルクがソロの元を訪れてから、早くも一ヵ月が経過した。この間にも、現皇帝バーンの病状は日に日に悪化の一途を辿っており、彼が早晩命を落とすであろうことは、誰の目にも明らかな状況になっている。こうなると、緘口令をしいていても人の口に戸は立てられず、まだごく一部の噂だとはいえ王都の内外にそれらの事情が知れ渡りつつあった。
(やれやれ、今日も会食の予定か。陛下の状態が噂になり始めてから、わざわざ昼食という短い時間にまでねじ込んでくるようになったとは……皆、そこまでして権力が欲しいのか)
午前の仕事を終えて昼の会食予定の相手へ向かおうと、廊下を歩きながら手帳に書き留められた予定を確認し、ソロは大きく溜め息を吐いた。皇帝バーンの容態が悪化するにつれ、王宮内での権力争いも日に日に激しさを増している。今の所は将来を見越した人材の引き抜きや利権の確保が主体だが、このままではそう遠くない内に、互いの足の引っ張り合いから最悪の場合は謀殺などへも発展していくことだろう。バーンがいなくなった後、この国がどうなるのか、考えただけで頭の痛くなる問題だ。
そしてソロに対してもまた、これまで以上に派閥への引き抜き工作が苛烈になっていた。3週間ほど前からは、貴族連中から釣書が直接届くようになっていて、もはや、その狙いを隠す気もないようだ。
ダルクの言っていた通り、各貴族やそれぞれの皇子派閥は、エンデュミオン最大の戦力である魔法兵と、それが属する魔法師団の後ろ盾を狙っている。
そもそも魔法師団は、皇帝に直接指揮される部隊である。エンデュミオンの皇帝は国家元首であり、同時に軍の最高司令官でもあるわけだ。これはかつて、モンスター達が跋扈していた時代に当時の皇帝が先陣に立ち、兵士達を指揮して戦い、領土と人民を守った事に由来する。その為、本来であれば次の皇帝となったものが魔法師団を手に入れると言っても過言ではないのだ。
しかし、長い年月の中でこれらは形骸化し、近年の魔法師団はかなりの権力を持つ事になった。有事には皇帝を守り支える魔法兵達が、もし叛意を見せれば、容易に国を乗っ取ることが可能だからだ。そうなっていないのは、歴代の魔法師団長がその欲望を表に出さなかったからである。
これらはソロにも伝えられている事実なのだが、ソロが魔法師団長に任命された時、彼はまだ18歳という成人したばかりの年齢であり、また彼自身が権力欲などとは無縁な人物であったことから、期せずして今の魔法師団は当初の姿を取り戻しつつあると言える。ただし、それは表向きの話で、裏では貴族や大臣達が魔法師団の権力を復活させ、腐敗と不正の温床を再燃させようとしているのであった。その狙いの為に、手っ取り早くトップであるソロと婚姻関係を結び、彼を味方に引き入れてしまおうとしているのだ。
ソロ個人の思いとしては、多少なりとも思い入れのある魔法師団がこのまま腐っていくのは忍びないと感じるのだが、権力闘争に巻き込まれ、政争の具にされるのはまっぴらごめんだという気持ちもある。そうした相反する気持ちの板挟みとなっていることが、余計にソロの気持ちを暗鬱とさせていた。
「ん……?なんだ?トマス、今あそこに何かいなかったか?」
そんなソロの視界に何か黒いものが映り、ソロは思わず首を傾げた。二階からだったのではっきりとしなかったが、窓の外に見えたのは、人の形をしていたようにも見える。疲れて幻覚でも見たのかと思っていると、前を歩いていた部下のトマスが答えた。
「ああ、ありゃあ、最近この辺をうろついてるスライですよ。えらく汚れた格好で街を彷徨っちゃあゴミを漁ってるんで、みんな迷惑してるんです」
「スライって……王都に貧民街はないだろう。どうしてこんなところに」
「さぁ?……確か、2~3週間前から急に見かけるようになったんだと思いますよ。あんなナリしてますが、すばしっこいようでね。捕まえられなくて警備の衛士達も手を焼いてるみたいですよ」
王都にも常駐している魔法兵はいるが、彼らはその総数が少ないことから、一般的な警備は衛士と呼ばれる下級騎士達が担っている。その為、魔法兵に問題が上がって来るのは、衛士達では対応しきれないような強力な相手……例えば他国の軍隊や、モンスターの生き残りなどが現れた場合のみだ。たかだかスライが街中に出没しているくらいでは、報告はないのである。ゆえに、ソロがあのスライの事を知らないのも当然といえた。
「ふぅん。もしかして、別の街からやってきたのか?……変わったこともあるもんだな」
ソロは一人呟くと、もう見えなくなってしまったスライがいた方向を見つめ続けた。ただのスライがどうしてそんなに気になるのか、自分でも解らないままに。
それから数日後の朝、ソロは職場へ向かう馬車に乗り込んでいた。今日の予定は、ダルクが気を付けろと言っていた皇女イェルダとの面会である。ダルクに言いつけられてから警戒はしていたが、まさか直接面会を要求してくるとは思わなかった。初めは断ろうかとも思ったが、断るにも正当な理由がない。根が真面目過ぎるソロは、嘘を吐いてサボろうという考えがないのだ。ましてや、気が進まないとはいえ、皇女との面会を跳ね除けるには何かしらの理由が必要だった。
馬車が走り出し、スピードが乗り切る直前、不意にソロは凄まじいほどの魔力の奔流を感じ取った。かつて、これほど膨大な魔力を感じたことはないと、そう確信するほどの圧倒的な魔力量だ。魔法師団に入団してから、ソロは何人もの優秀な魔法兵達と出会ってきた。だが、その中にもこれほどの魔力を放つ者はいなかったはずだ。その魔力に気付いた直後、馬車が突然急ブレーキをして、ガクンと大きく車体が揺れた。
「な、なんだっ!?馭者、どうした?!」
「ああっ!?た、大変だ。人を……人をはねちまった!」
「なんだって!?」
パニックを起こしている馭者が馬車を停める前に、ソロは馬車の扉を開いて飛び降りた。幸い、まだそこまでのスピードが出ていなかったこともあって降りるのには問題はない。問題ははねられた相手の状態である。いくら速度が乗っていなかったといっても、走る馬にぶつかられては、人間は一溜りもない。何らかの魔法を使って衝撃を和らげでもしない限り、大怪我は間違いないはずだ。ソロは最悪の事態も考え、すぐに回復魔法を唱えられるよう術式を頭の中で組み、魔力を練り始めた。
「これは……!?あの噂のスライか?しかし、どういうことだ?」
はね飛ばされ、倒れていた人物に近寄り、ソロは思わず声を上げた。件のスライは衝撃で気を失ってはいたが、見た目には怪我をしている様子が全くない。飛ばされた時に服が擦り切れていたが、そこに見える肌にも特に傷口は見えなかった。そんな事があるのかと、ソロは唸ったのだ。
ざわざわと人が集まり始めたのを見て、ソロはすぐにそのスライを抱き上げた。いくら迷惑がられているスライだとはいえ、このままここで放置しておく訳にはいかないし、朝の人目がある状態では余計な騒ぎに発展しかねないだろう。ここからなら、自宅に連れ帰った方が医者を呼ぶにも都合がいい。そう考えたソロは、ちょうど戻ってきた馬車にそのまま乗り込むと、急いで馬車を発進させ、そのスライを連れ帰ることにした。
それを理由に皇女との面会を断れると気付いたのは、帰宅してしばらく経ってからである。
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