バーソロミュー・サマーヘイズ 3
ゴアビーストとの死闘から、15年余りの月日が流れた。あの時、ソロを助けてくれたダルクは程なくして任期を終え、王都へ帰っていったのだが、帰り際、ソロに一つのアドバイスを残していた。それは、もしも魔法兵になりたいと思ったのならいつでも連絡をしてくるように、という言葉だった。
正直な所、ソロには魔法兵になるつもりはなかったのだが、彼の類い稀な魔力量と魔法に対する才能はこの時に大きく開花していたようだ。それを、ダルクは見抜いていたのである。
そして、ゴアビーストを打ち倒した後気付いたのだが、あの時、フォレストオウルの番達は巣に一つの卵を産み落としていた。しかし、本来、卵を暖めて孵すはずの両親はソロを守る為に戦い、命を落としてしまっていた。ソロは、子供ながらにそれを自らの責任と感じ、遺された卵を暖めて育てることにした。そうして産まれたのが、アーデである。アーデは卵の状態からソロの魔力を受けて成長した為、産まれた時にはアーデと深く繋がっていたようだ。その後、魔法による契約を結び、晴れて彼の使い魔となったのだ。
以来、アーデとソロは主従を超え、兄弟でありまた親子として共に育っていった。そして、ソロは15歳になる直前、飛行魔法で事故を起こし、王都にある魔法師団本部の門を叩く。彼はその後、魔法師団結成以来の天才として名を馳せ、弱冠18歳という若さで最高位である魔法師団長に任命されたのだが……。
「――それでは、失礼致します」
豪華な装飾を施された馬車に乗り込み、屋敷の主人である貴族達に挨拶をすると、ゆっくりと馬車が動き出す。この頃、エンデュミオン皇国では魔力によって動く魔力車という機械が発明されていたが、街中での使用は禁じられていた。魔導車は馬車よりも速い反面、それ用に整備されていない道では事故を起こしやすく、危険な乗り物だったからだ。他国に先んじて発明はしたものの、それまで馬車や人が足で移動することを前提として作られた街の造りでは、危険過ぎたのである。
ソロは溜息を吐きながら、一人になった馬車の中でネックチーフを緩めた。普段の軍服とは違い、貴族との食事の場では正装の一環として身に着けているチーフだが、正直に言ってあまり好きにはなれないものだ。元々、彼は田舎出身の一般人である。魔法師団長という肩書を得てから、社交の場などへの出席が義務となったので仕方なく身に着けるようになっただけで、まだ慣れるには時間が無さすぎたのだ。
「しかし、会食もこう毎日毎日となるとな。……相手が貴族様じゃあ、いくら豪勢な食事でもろくに味も楽しめない。全く、面倒な」
「ホー」
「そうだな、アーデ。俺もお前と森で魔法の練習をしていたあの頃が懐かしいよ。魔法師団に入って良かった事もあったが、今となっては……」
心配そうにソロを見つめるアーデに微笑みを返すと、ソロは目をつぶって力なく天を仰いだ。魔法師団に入団してから5年、ソロは二十歳になったばかりだ。18歳での師団長拝命は前代未聞と称えられてきたものの、ソロには特別そうした名誉欲というものがないので、現在の状況は鬱陶しささえ感じるものである。しかも、この所はある事情から、これまでには彼に見向きもしてこなかった国内の有力貴族達から会食に誘われ続けているのだ。はっきり言って、面倒なことこの上ないのである。
揺れる馬車の振動が疲れたソロに眠りを誘い始めた頃、馬車はゆっくりとスピードを落とし、やがて一軒の大きな邸宅の前に止まった。ここは、ソロの個人邸宅である。基本的に、王都詰めの魔法兵は寮住まいになるのだが、流石に師団長ともなれば家を持つ事も認められるようだ。もっとも、有事の際にはすぐに動けるよう、本部のすぐ傍でしか土地は買えないのだが。
馭者に礼を言って馬車を降り、玄関へ向かおうとすると門の外から声がした。聞き覚えのある声に違和感を覚えて振り向くと、そこには数年会っていない男が立ち、手を挙げていた。
「よう。ソロ、久し振りだな。元気そうでなによりだ」
「……ダルク?ダルクか?!どうしてここに?あんたは確か」
「おい、あまり大声を出すな。悪いが、中に入れてくれるか?そこで話をしよう」
「あ、ああ、解った。入ってくれ」
突然の来訪者に驚きつつも、ソロはすぐに使用人を呼び、門を開けてダルクを迎え入れた。時期的にはそう寒さを感じる頃ではないはずだが、ダルクはかなり着膨れしていて、見るからにミスマッチな服装である。その理由は、彼が応接室で余分な服を脱ぎ、話を初めてようやく理解できた。
「ふぅ。すまんな、突然。お前さんしか頼れる相手がいなくってな。しかし、お前も出世したなぁ。俺も鼻が高いよ」
「別にそれは構わないが……いや、あんたは今、東部のセントワナ教会に配されているんじゃなかったか?だったら、構わないとは言えないぞ」
「ああ、よく知ってるな、その通りだ。だが、心配いらんよ。普段のセントワナには俺しかいないからな。朝と夜の定期報告さえこなしておけば、少しくらい外出しても問題ない。上層部にバレなければいいのさ。知ってるか?あの魔力車っての、中々に速くていいぞ。セントワナからここまで、歩きや馬車じゃ一日以上かかるが、あれなら三時間ちょっとだ。旅をするならぜひ欲しい逸品だな」
「俺がその一番の上層部なんだが……つまり、その季節外れな恰好は変装のつもりか、まぁいい。それで?そこまでして出てきたからには何かよっぽどの理由があるんだろう?何かあったのか?」
「何かあったかはこちらの台詞さ。ちょっと聞き捨てならない話を耳にしたんでな、わざわざ大急ぎで出てきたんだ。師団長の肩書で王都にいるお前が知らんはずもあるまい。……陛下が危ないというのは、本当なのか?」
「どこからそれを……あんたに隠しても仕方ないか。そうだ、現在、バーン陛下は病で臥せっておられる。陛下は高齢だからな、侍医はもって半年……いや、数か月ないかもしれないと言っているが、誰が皇位を継ぐのか決まっていない為に今はまだ公にすべきではないと緘口令が敷かれている状態だ」
「やはり、そうか」
ダルクはそういうとどこか諦めたような素振りで俯いてしまった。ただ、ある程度の予想はしていたようで、そこまでショックを受けた様子はない。彼らが住むエンデュミオン皇国は、皇帝であるバーン・ソフ・エンデュミオンが治める国家である。現皇帝バーンは、穏やかな性格で、周辺国とも問題を起こさない温和な好人物であった。反面、子供達には少し甘く、息子である第一王子第二王子共に、癖のある人物に育ってしまったようだ。それこそが、現在ソロを悩ませている問題の要因である。
「そのせいで、第一皇子派と第二皇子派の大臣や貴族達が、次期皇帝の座を巡って権力争いの真っ最中さ。かく言う俺も、それぞれの派閥の重鎮や関係者からひっきりなしに、会食だの会合だので呼ばれ続けている。正直、身が持たないよ。先日は、年頃の令嬢がいるという公爵家に呼ばれたと思ったらいきなり二人きりにされた挙句、媚薬を盛られたからな。魔力を全開にして解毒魔法を使って難を逃れたが……冗談じゃない。魔法兵達は陛下に忠誠を誓った存在なんだ、俺個人を抱え込んだ所で、何の意味もないというのに」
「いや、魔法師団創設以来の天才と目されるお前がどうなるかで、魔法師団の未来はは大きく変わるさ。お前個人について行く連中がどれだけ多いか……しかし、お前がどう考えているのかよく解ったよ。道理で俺のとこにも話が回ってくる訳だ」
「どういう意味だ?ダルク、一体、あんたこの話をどこで……」
「これは内密にと言われていたんだがな……仕方ない。いいか?これはお前の同僚としてではなく、幼い頃から面倒を看てきた親代わりだから言わせてもらうぞ。お前を狙っているのは、皇子達だけじゃない。皇女もだ。というか、一番お前を欲しているのは皇女だよ」
「は?」
予想外の人物が出てきて、頭が真っ白になってしまったのか、ソロはなんとも気の抜けた声を発していた。まさに、青天の霹靂といった様子である。
「皇女って、あのイェルダ皇女が俺を?あり得ないだろう。俺が魔法師団に入った頃、ちょうど彼女は入れ違いで留学に出ていて、帰ってきたのはつい先日じゃないか。俺は彼女と口をきいた事もなければ、直接顔を合わせたこともないんだぞ?それがどうして……」
「詳しい経緯は俺も知らん。ただ、イェルダ皇女がお前をいたく気に入っていて、結婚相手にしたいと息巻いているだけだ。その流れで、わざわざ左遷同然の俺にまで話がきたのさ。正直、半信半疑だったがな」
「そんなこと……その、話してしまって大丈夫なのか?聞いておいてなんだが、話しちゃマズい内容に聞こえるんだが」
「ああ、マズいな、かなりマズい。というか、こうしてお前と直接話をしてるだけでも相当危険だ。……バレたら厳罰は免れんだろうな」
「そんな危険を冒してまで、どうして?!」
「何度も言わせるな。俺はお前の親代わりなんだぞ?子供の為なら危ない橋の一つや二つ、渡ってみせるのはなんて事はないさ。それに、いくらなんでも皇女の恋心をバラした程度で死刑になるような事もないだろう。ただまぁ、こうしてお前と直に話してみてお前の考えはよく解ったよ。立場上、こんな事を言うのはよくないんだが……ソロ、お前はこの国を出た方がいいかもしれん」
「え?」
「お前のことだ。例え相手が誰だろうと、まだ結婚なんて考えちゃいまい。だが、お前はこのままだと確実に外堀を埋められて皇女と結婚させられるぞ。そうなれば、お前はもう逃げられん。そうなる前に、身の振り方を考えておけ。これは、人生の先達としてのアドバイスだ」
ダルクはウィンクをしてソロの肩を叩き、その後少しして足早に屋敷を後にした。この時、その後ろ姿を見送るソロは、まだ理解していなかったのだ。ダルクの告げた皇女イェルダの妄執、その強さと激しさを。
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