バーソロミュー・サマーヘイズ 1
ジャンヌ達がソロと呼ぶ男、バーソロミュー・サマーヘイズ。彼は今から25年程前に、エンデュミオン皇国の地方にある、小さな村で産声を上げた。
彼は小さな頃から大変に利発で、また優れた魔力量を誇る子供であったようだ。加護とはまた違う意味で才能があるとすれば、彼は『魔法の才能』を持っていたと言ってもいいだろう。そんな彼がまだ幼い子供だった頃のことだ。
ソロが生まれた村はコヴェントという小さな村である。近くには作物の育てられる大規模な畑があり、それを囲むように牛や羊のような家畜が放牧されている。所謂、農村だ。通常、人が多く住む街や農村などは、魔獣などの危険な存在から狙われやすい為に巨大な防壁で周囲を囲むのが一般的だ。しかし、このエンデュミオン皇国では、ほとんどの街や農村はそうした防衛機構がない。それを可能にしたのは、この国が持つ独自の戦力である魔法兵の存在だった。
攻撃手段に限らず防御や防衛に有利な多数の魔法を従え、そこに鍛え上げられた肉体も加えた魔法兵の力は凄まじく、各街や農村に数名派遣されている彼らの力によって、この国の街や村は実に開けた状態でいられるのである。
そしてこのコヴェントにも、一人の魔法兵が防衛戦力として配備されていた。
「よぉし、お前達、今日はとっておきの魔法を教えてやるぞ、集まれー!」
「ダルク、遊ぶより寝ぐせ直した方がいいんじゃない?」
「え?寝ぐせ?…………ほら、どうだ!寝ぐせを直す魔法だぞ!」
「そんなの水で濡らせばいいのにー!」
軍服を着た中年の男を囲む子供達からドッと笑いが出て、広場は一気に明るい空気に包まれた。男の名はダルク・エイヴリングといい、三十も半ばを過ぎたベテランの魔法兵だ。魔法兵の所属は皇国軍にあり、彼らの大半は街や村の防衛戦力として各地に派遣されている。数年で任期が終わると王都に帰参し、また別の土地を任されるか、出世して役職を与えられて王都に住むことが決められているのだ。そして、ダルクはこの時、あと数か月で任期を終えて王都へ帰る予定になっていた。
「……」
そんなダルクを、他の子供達とは違って少し離れた場所からじっと見つめている少年の姿があった。それがソロだ、この時まだ五歳に満たないほどの幼子である。かつて、ダルクがこのコヴェントに派遣されてきた、ちょうどその日に産まれた子供がソロだった。この年は他に子供が産まれなかったこともあり、ダルクはソロにとってまさに生まれた時から傍にいる、特別な存在だったようだ。
「ん?ソロ、お前もこっちに来いって。皆で一緒に遊ぼうぜ!」
「……っ、やだっ!」
「あ、おいっ!行っちまった。アイツ、どうして……」
「ダルクー、ソロなんていいから早く魔法教えてよー!」
「そうだよ、アイツ話しかけても返事しないし、いつも一人でぶらぶらしてんだぜ。きっと一人が好きなんだよー」
「お前ら……同じ村の仲間じゃないか、年下なんだし、そう邪険にするなよ。俺がいなくなったら、俺が教えてやった魔法をアイツにも教えてやれよ?」
「えー!」
ブーブーと文句を言う子供達をなだめながら、ダルクはソロを追わず魔法のレクチャーを始めた。今日の魔法はシャボン玉を作る魔法である。彼が独自に考え、子供達と遊ぶために作った魔法だ。ダルクはこうして様々な任地で子供達と仲良くなり、遊ぶのが好きだった。彼が魔法兵となったのは、子供達の笑顔を守る為だと普段から公言していた程である。
「はっ!はっ!はぁ、はぁ………………ふん、あんなの、つまんないよ」
一人走り続けたソロは、いつの間にか村を飛び出して、近くの森の中に入り込んでいた。幼い子供にとっては危険な場所だが、一目を避けて一人になれる場所はここくらいしかないのでソロにとっては安住の地である。ソロはいつも通りに、息を整えながら森の中で一番大きな樹の根元に座ると、両手を胸の前で広げて魔力を集め始めた。
ソロには、父親がいない。それは彼が生まれる直前、父ヴィシャスがとある事情から、帰らぬ人となってしまったからだ。ヴィシャスは魔力に優れており、かつては優秀な魔法兵としてその名を轟かせた人物でもあった。だが、ソロの母ナタリアとの結婚を機に魔法兵を辞め、実家のあるコヴェント村に戻って農家を継いだのである。そんなヴィシャスが死んだのは、育てた野菜を離れた街へ売りに出かけた帰り道、傷ついたフォレストオウルを狙っている魔獣を見つけ、そのフォレストオウルを庇ったからであった。
フォレストオウルは魔獣に分類される動物だが、基本的には大人しくて人を襲う事はほとんどない。気性が荒くなるのは、巣や卵、それに雛のような子供へ不用意に人間が近づいた時くらいのものだ。大抵は人間に対しても友好的で、場合によっては森を共有して、人間と共存することもあるほどである。その時ヴィシャスが見つけたフォレストオウルは、どうやら傷ついた番を守っているようだった。ヴィシャスは咄嗟に割って入り、フォレストオウルを狙っていたモンスター、ゴアビーストと対峙した。ゴアビーストは野生化したかつてのモンスターの一種で、雄ライオンに似た姿で翼を持ち、俊敏さと強靭な爪や牙などを持っている。しかも、その個体数こそ少ないものの、強力な炎や雷の魔法を使って、人間だけでなく魔獣さえも餌とする恐ろしい怪物だった。
それでも本来であれば、一流の魔法兵として名を馳せたヴィシャスならば、単独でも後れを取るような相手ではない。だが、この時ばかりは相手と状況が悪かったというべきだろう。助けようとしたフォレストオウルの番はかなりの傷を負っていて、とてもその場から離れられる状態ではなかったのだ。必然的に、そのフォレストオウルを巻き込まぬように戦わねばならず、大掛かりな魔法は使えない。その為、ヴィシャスは苦戦を強いられた。そして、戦いは最悪の結果を迎える。
ヴィシャスはゴアビーストを撃退する事に成功したが、フォレストオウルを庇ってその鋭い爪を身に受けてしまった。それが致命傷となり、彼は命を落としてしまったのだ。
もうすぐ子供が産まれる身でありながら、魔獣を庇って命を落とした事に、周囲の人間の中には心無い言葉を投げる者もいた。そんな者達の言葉を止めさせたのは、ソロが生まれたその日に村へやってきたダルクだった。ダルクはどうやら、過去にヴィシャスと友人関係にあったようで、産まれたばかりのソロを抱き上げては嗚咽を漏らし、ヴィシャスの死を大いに悼んだという。それから折に触れて、彼は他の子供達と交友を深めながらソロを気にかけていたのだ。
「おとうさんって、どんなひとだったのかな。きっと、ダルクなんかよりすごいひとだったんだ。おとうさんのまほうなら、きっと……」
ソロはこうして、いつも樹の下に座っては簡単な魔法を操っては会う事の叶わぬ父を思っていた。ソロは同年代の子供より賢かった為、父の遺した日記や文献を読み、そこから魔法を覚えていったようだ。時には、ここで魔力を使い切ってしまい意識を失うことさえあったのだが、そんな状況でも無事でいられたのはソロを見守る存在がダルクの他にもいたからだった。
「ホーゥ」
「あ、フォレストオウル……!きょうもありがと。きみたちもげんきそうだね」
樹上で声を上げたのは、二羽のフォレストオウルの番だ。彼らこそ、ヴィシャスが命を賭して救ったフォレストオウル達で、それを恩義に感じているのか、その息子であるソロが森に入ると必ず見守ってくれていた。村ではダルクが、森ではフォレストオウルがソロを守ってくれている。しかし、ソロの心は複雑だった。自分はこんなにも守られているのに、どうして誰も、父を守ってくれなかったのだろうか。
父が庇ったフォレストオウルは仕方ないとして、問題はダルクである。ヴィシャスが亡くなった当時、村にはダルクではない別の魔法兵が駐在していたが、彼はヴィシャスを救う事が出来なかった。そして、その代わりにやってきたダルクも、ヴィシャスと友人だったと言いながら、助けに来てはくれなかったのだ。
ソロが大人だったならば、それが仕方のないことだったと割り切れるのだろうが、この頃のソロはまだ幼い子供である。大人の事情はおろか、魔法が決して万能ではないことさえもまだ理解出来ていない。ただ、凄い力を持つ魔法兵が父を助けてくれなかったこと、その結果だけを知ってしまっているのだ。賢いと言ってもまだ子供である以上、世の中の理不尽さを理解する事はまだ出来なかったようだ。
そんなソロを付け狙うものが、森の中に現れた。それは黒く変色した傷を持ち、獰猛な殺気を周囲にばら撒くおそろしの獣……ヴィシャスを殺した、あのゴアビーストである。
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