レガリアへの道
永世中立国・レガリア。ジャンヌ達が向かおうとしているその国は、大陸のほぼ中央に位置する巨大な湖、グラン・レガリアの中央に浮かぶ、孤島に建てられた世界最小の国家だ。グラン・レガリアは、大三連月の光を反射し、真夜中であっても昼のように……或いは、昼よりも明るいと称される巨大湖である。
そんなレガリアは、この星の人々の約八割以上が信仰している月光教の本部が置かれた国であり、立場上どこの国にも属さず、またどの国とも特別な関係を持たない中立国として存在している。かつて、反月光教を唱えた武装国家がレガリアに攻め込んだことがあったが、レガリアはそれを単独でしのぎ切り、返り討ちにしたという逸話さえ残っている。それは、レガリアが常に大三連月の輝きに満たされ、他の国々に住む人々よりも加護を持つ人間の比率が多いからではないか?とも噂されている。その意味で、レガリアに住む人々は他国の人間よりも一歩先を行く存在であると言っても過言ではないのかもしれない。
「レガリアか……」
ドルトを出て二日、ソロは一人、宿の部屋で腕を組み頭を悩ませていた。いつも肩の上にいるアーデは、ジーナと一緒にいるようだ。アーデとソロは繋がっているので、ジーナにもしもの事があれば、すぐにソロが気付けるからだ。もっとも、彼女のプライバシーを考慮して、緊急時以外はソロに情報が来ないようにしてあるのだが。
「レガリアに向かうルートは大きく分けて二つ……これは、ジャンヌと相談しなくちゃならないな」
ソロはどうやら、これからどうやってレガリアに向かうかを悩んでいたらしい。仕事の依頼を引き受けるかどうかはソロが決めるという二人のルールがあっても、流石に進むルートの選択は相談するらしい。普段ならばこれもソロが決めることなのだが、この問題だけは二人で相談しなければならない事情があるようだ。ソロは重い腰を上げて、隣室に借りたジャンヌ達の部屋へと向かった。
「はーい!……ああ、なんだソロか。どうしたの?何か用?」
「なんだとはなんだ、失礼な。……まぁいい、少し相談しておきたい事があったんだ。今、話せるか?」
「いいわよ、別に。もう少ししたら、ジーナとお風呂に行こうって話をしてたところだから」
「そうか、じゃあ、ちょうどよかったな。邪魔するぞ」
断って部屋に入ると、部屋の中には少し甘い匂いが漂っていた。それは若い女性二人が泊る部屋だからではなく、ジーナがスーを入れていたかららしい。ソロはもっぱらゴナを飲むタイプだが、ジーナとジャンヌはスーが普段の飲み物だ。ソロも全く飲まない訳ではないが、やはりゴナの方が好みである。そんな他愛もない事を考えつつ、空いている椅子に座ると、ソロの前にスーが置かれた。ソロが顔を上げるとジーナがニッコリと笑っている。これは飲むしかないなと、ソロは礼を言いつつ胸の中で溜息を吐いた。
「それで、話ってなに?」
「ああ、実はレガリアに向かうルートの事で少しな。知っての通り、ここからレガリアへは、かなりの距離がある。徒歩だけで進めば一年近くかかるかもしれない。そこで、どうするかを話しておきたかったんだ」
「レガリアって、そんなに遠いんですね。私、ドルトから出たことがほとんどなくて……そんな所へ行きたいなんて、ワガママ言ってすみません」
「別にいいさ、仕事だからな。ただ、問題なのはどっちの道を使うかなんだ」
「あ、そっか……それがあったわね」
「?」
ソロとジャンヌは解っているようだが、ジーナには二人が何を気にしているのかがよく解らないようだ。ベッドの端に腰かけ、アーデを膝に乗せたまま、ジーナは二人の様子がおかしい事に首をかしげている。それに気付いたソロが、苦笑しながら説明をしてくれた。
「ここからレガリアに向かうには、大きく分けて二つのルートがあるんだ。一つは、フォラファ山脈を大きく迂回して進むルート。こちらを進むのは特に問題ないが、迂回する分かなり遠回りになるだろう。このルートだと、一年かけてもレガリアまでは辿り着けない可能性が高い。そしてもう一つは……隣国、エンデュミオンを抜けて直進するルートだな」
「エンデュミオン皇国ですか?昔、お父さんが若い頃に一度だけ行った事があると話していました。なんでも、戦う魔法使いが多い国で、見たこともない武器を使って魔獣と戦っていたって」
「槍杖のことだな。あれは確かに、エンデュミオン独自の武器だ。そうか、ボッシュさんはエンデュミオンに来た事があったのか」
ソロはそう呟いて、複雑な表情を浮かべてみせた。槍杖は読んで字のごとく、杖の先端に刃が付いた武器だ。形としては槍よりも薙刀に近いが、基本的には杖である為、魔力を増幅させる宝玉や簡素化された術式そのものが各所に刻印されていたりする。接近戦も出来るが、あくまで魔法を効果的に使うことを目的とした武器なのだ。
そもそも、誰もが魔法を使うこの星において、魔法使いと呼ばれる職はその線引きがあやふやになりがちだ。基本的には一般人よりも多くの魔法を習得し、それらを扱う事の出来る存在が魔法使いと定義されているのだが、エンデュミオン皇国ではそこから更に戦闘に特化した魔法使い達を魔法兵と呼んだ。エンデュミオンの魔法兵はその練度の高さと、豊富な魔法の習得量から、魔法兵一人で他国の兵士10人分の働きをするとまで言われ恐れられている。ただし、魔法兵になる為にはそれを支えるだけの生まれ持った魔力量と、術式を覚え使いこなす頭脳が必要となるので、他国よりも兵士や軍人の数は多くない。そうした事情が、エンデュミオンと他の国々の軍事バランスを取っているのだろう。
しかし、ジーナにはソロやジャンヌが何を気にしているのかが解らないままだ。どうも二人共、エンデュミオンには行きたくない理由があるようだが、それを話してくれないので困ってしまった。少しの間を置き、ジーナは思い切ってその疑問を直接ぶつけてみる事にした。
「あの……そのエンデュミオン皇国には何か問題があるんですか?二人共、あまり近寄りたく無さそうですけど」
「ん?ああ、そうか、言ってなかったな。実は、エンデュミオン皇国は俺とジャンヌの故郷なんだ。俺達はそれぞれ事情があって国を出たんだが……問題があるのは、どちらかと言えば俺の方だな。お尋ね者とまでは言わないが、俺達はあの国じゃちょっと名が知られていてね。見つかりたくない相手が多いのさ」
「ええっ!?ソロさんが!?意外です」
「……ねぇ、ジーナ。悪気はないんでしょうけど、その驚き方だと、まるで私だったらお尋ね者でも意外じゃないみたいに聞こえるんだけど?ねぇ、違うわよね?」
ジャンヌに詰められ、ジーナは半泣きになって頭を下げ続けた。しかし、普段のジャンヌを知るジーナからすれば、そう思ってしまっても仕方のないことだろう。ジャンヌはどちらかといえば口より先に手が出るタイプだし、ソロはやるとしてもアシが付かない手段を選ぶ人間だからだ。
そんなジーナとジャンヌのやり取りを横目に、ソロは出されたスーを口に含んで再び溜息を吐いた。ジャンヌやジーナの好みに合わせたスーはかなり甘く、ミルク感も強くてコクのある美味しさだ。ソロも子供の頃はスーが好きでよく飲んでいたので、これ自体に嫌悪感はない。ただ、昔を思い出すことの方が精神的にクるのだろう。
(溜め息まで甘い、か。やれやれ……我ながら、いつまでも思い悩むものだ。だが、後々の事を考えるとやはり、迂回して進むべきだな)
溜め息だけでなく、鼻を抜ける呼吸までも甘い気がしてソロはふっと苦笑した。苦いのはその笑みと思い出だけである。今は少し苦味のあるゴナが恋しいと、けたたまく騒ぐジャンヌ達から視線を逸らして、ソロは窓の外を見つめるのだった。
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