対魔法使いのスペシャリスト
ソロがガンディーノの身柄を押さえ、ジーナを助けるその少し前。ジャンヌ目前にはロレンツォの刃が迫っていた。
「終わりだっ!」
「くっ……!体勢が崩れても、このくらいっ!」
全身を血で朱く染めたジャンヌが辛うじて無事な左足を軸にして跳んだ。しかも、ただ跳んだだけではない。横薙ぎに振るわれた大剣の腹に一瞬だけ乗って、そこを蹴るようにして、反動で更に後ろへ跳んだのだ。あまりにも曲芸染みたその動きに、ロレンツォは驚くばかりで全く対応出来なかった。もしも、彼が冷静なままであったなら、ジャンヌが剣の腹に足を乗せようとした時点で剣の向きを変え、その足を切り落としていただろう。ジャンヌにとっても今の動きは賭けでしかなく、ロレンツォがそこまでの達人ではなかったことに安堵するばかりであった。
「貴様っ……」
「はぁ、はぁ。ぎ、ギリギリ……!でも、今ので何となく、違和感の正体を掴めた……気がする。もう、あと、少し……っ」
そう呟くジャンヌだったが、大量の出血で意識が朦朧としたのか、その場にうずくまってしまった。ハバキリを床に刺して支えにしていなければ、倒れてもおかしくない状態だ。そんなジャンヌにハバキリは少し慌てた様子で脳内に声を響かせた。
――しっかりして、ジャンヌ。また次の攻撃が来るわ。そのままだと、今度こそやられてしまう。さぁ、立って構えて、お願いよ。
「だい、じょうぶ、よ。ハバキリ……少し、考えているだけだから。答えはすぐ、そこにある気がするの」
「ふん。この場で独り言とは、いよいよ頭が呆けて来たか。その出血だ、無理もない。奇策で潜り抜けたことは褒めてやるが、次はないぞ。今度こそ仕留めてくれよう!」
(さっきの攻撃、ふくらはぎへの一発は、明らかに背後からの一撃だった。その後に続いた、全身への連続攻撃も、あいつの剣とは全く違う方向からの攻撃だったわ。どうして?そもそも剣を振るってさえいない状況で、どうして私に傷をつけられたの?)
ロレンツォに気付かれぬよう、そっと周囲に視線を這わせてみても伏兵の存在は確認できない。もし仮に、潜んでいる別の敵がいたとしたなら、ソロが間違いなく気付いていたはずだ。そして、それを自分に教えずこの場を去るようなことは、ソロの性格から言ってあり得ない。つまり、ロレンツォはたった一人で、ジャンヌに攻撃を浴びせたのだ。そこまで考えた時、ジャンヌの中である一つの答えが閃いた。
「も、もしかして……そういうこと?」
辿り着いた一つの結論に、ジャンヌは思わず呆れたような声を出した。もし、今思いついたそれが答えならロレンツォという男はとんだ食わせ者だ。ジャンヌはそれを確かめるべく、力を入れて真っ直ぐに立ち上がった。
「む?立てるのか?意外だな、そう浅い傷ではないはずだが……」
「お生憎様、私ってフツーの人より頑丈なの。勝てると解ってる相手を前にして、いつまでも下を向いてらんないわ」
「なんだと?!」
ジャンヌの挑発にロレンツォは顔を赤くして乗って来た。ロレンツォという男は、その自信家で大物ぶった態度の割に、かなり直情的なタイプであるようだ。どう見ても優勢なのは自分の方だというのに、ジャンヌの挑発が効いているところから見ても解るだろう。本当に実力があり、どっしりと構えていられる性格なら、挑発に乗るようなこともなく、冷静にトドメを刺そうとしてくるだろう。だが、ロレンツォはすっかり激昂して、遮二無二突撃を仕掛けてきた。
「死ねぇっ!」
「来る……!ねぇ、ハバキリ、あの天霊刃って技は、使わない方がいいのよね?」
――こんな時に何を。……そうね、魔力のコントロールが上手くできない内は、使わない方が賢明だわ。でも、どうして?
「そっか。そこら辺、どうにかできない?あなたの方でコントロールしてくれるとか」
――そんな事出来るわけ……来るわよ。
「食らえぃ!」
「おぉっとぉ!」
走りながら再び大上段からの一撃を放つロレンツォ。大型武器はそのリーチの長さと重量の分、威力は大きいが振りが大きく、また細かな取り回しが利かないのが難点だ。大剣を小枝の如く振り回すような筋力と、技量を持ち合わせていない限り、攻撃手段は限定される。ロレンツォもその例に漏れず、先程から大上段からの唐竹割りと、横薙ぎの攻撃しかしてこない。彼が達人並の技量を持っていたなら違うのだろうが、その二種類の攻撃しかしてこないのは、ロレンツォ自身の技量に限界がある事を示していると言ってもいいだろう。
ジャンヌは敢えてその一撃を避けようとせず、正面からそれを受け止めた。しかし、いかにハバキリが優れていても、質量の差は如何ともし難いものだ。当然、力と重さで、ジャンヌは徐々に押し切られつつあった。だが。
「バカの一つ覚えみたいにっ……!」
「なにぃ!?うぉぉ?!」
ジャンヌは受け止めたハバキリを斜めにして、ロレンツォの大剣を滑らせて床へと受け流した。当たり前のことだが、前方に重量と力をかけていたロレンツォは、それによって完全に重心を崩してつんのめってしまう。今こそ反撃のチャンスかと思われたその時、ジャンヌは敢えてその場で垂直に高く飛んだ。そして、自分が今まで立っていた場所へ視線を落とす。
「し、しまったっ!」
「やっぱり!」
そこで見えたのは、様々な角度から大量に発生して飛び交う小さな魔力の刃だった。わざと薄く、また細く生成された刃は視認しづらく、ジャンヌが反撃しようとしていれば全身に突き刺さっていたことだろう。つまり、先程から受けていたのは剣による攻撃ではなく、魔法によるものだったのだ。
ジャンヌはそのまま天井を蹴って反転し、少し離れた場所へ着地した。そして、勝ち誇ったようにロレンツォを睨みつけた。
「呆れた。ずいぶん狡い手を使うじゃない。その見た目と仰々しい大剣……どこをどう見ても剣士を装っておいて、魔法使いだったなんてね!道理で剣の腕自体は大したことないはずだわ。まんまと騙されちゃった」
「くっ!?」
そう、ロレンツォはその性格と同様に、魔法使いとしての自分を隠し、敵を欺いて葬ってきたのだ。騙し討ちにも近い芸当だが、命の取り合いをするMIRAとNeckの間では騙される方が悪いとも言える。剣に注意を向けさせ、本命は魔法による攻撃とは、ある意味古典的だが実に効果的だ。それが有効だからこそ、ロレンツォは30人ものMIRA達を返り討ちに出来たのだから。
「そ、それがどうした!俺の剣の秘密を握ったとて、お主にそれが破れる訳がない!俺の勝利は揺るがぬわっ!」
「だ・か・ら、剣じゃなくて魔法でしょ?あんたのそういうズルい手にはもう飽きたって言ってんのよ。……それともやっぱり、騙し討ちしかできないの?」
ジャンヌはハバキリを納刀し、抜刀の構えに入った。ロレンツォが放つ、複数の魔力の刃に対応するには不利な構えに見えるが、今度はジャンヌが不敵な笑みを崩さない。彼女の中には、勝利を確信するに足る何かがあるようだ。それは、かつてソロから教えられた、対魔法使い戦の心得によるものだった。
『――いいか、ジャンヌ。君は魔法が使えないせいで、魔法使いが何でも、それこそどんなことでも可能にする奇跡の力を使っていると思っているだろう?』
『うーん、でも、実際そうじゃない?剣じゃ、炎を生んだり水や風を操ったりなんて出来ないし。やっぱり勝てっこないのよ、魔法を使う相手には』
『それが違うんだよ、ジャンヌ。魔法は決して万能なんかじゃない。むしろ、ガチガチに規律で縛られた能力なんだ。自由さで言えば、剣の方が圧倒的に上なのさ』
『……どういうこと?』
『魔法というものはな、それが高度であればあるほど、定められた術式から外れることが出来ないんだ。例えば、一般的によく使われる火の矢だが、これを使うのにも実は条件がある。簡単に言えば、水中や空気の無い場所では発動できないんだ。何故だか解るか?』
『火が消えちゃうから、とか?』
『その通りだ。ファイア・アローでなくとも、水中で火を生み出すには相当な魔力とそれ用に考えられた高度な術式が必要になる。上級魔法のようにな。つまり、魔法にはそれを発動させる条件付けが定義されているんだよ。それを崩されたら、その魔法は使えない』
『それは解るけど……そんな条件、そう簡単には解らないじゃない。見たこともない魔法だってあるんだし』
『そう、普通の人間ならそれを見切るのは難しい。オリジナルの魔法を使うような魔法使いなら、なおさら、それを見切られない為の技術や魔法そのものが相当な威力を持っているからな。……だが、君だけは別だ。大逆転という加護を有し、かつ常人を大きく超える再生能力と耐久力……それらを持つ君ならば、敵の魔法の弱点を見抜くまで、どんな魔法にも耐えきることが可能だろう。言うなれば、君は対魔法使いのスペシャリストなのさ』
(ソロが昔に言ってた通りね。よ~く観察すれば、ロレンツォの魔法にはいくつも欠点がある……それが解れば!)
「ぐ、ぬぅっ………………!舐めるなよ、小娘がぁっ!」
激昂したロレンツォは、三度ジャンヌに向かって走り出す。その様子を見て、ジャンヌは笑った。
「あんたのその魔法には、いくつも発動に条件があるわ!まずは一つ!」
「ぬっ!?」
「その魔法、ある程度近い距離の相手にしか使えないんでしょ?だから、そうやってさっきみたいに私と距離を詰めようとしてる!それに他にも!」
ジャンヌは接近してくるロレンツォに向けて自らも走り出し、接触寸前で横に跳んだ。そして、小刻みにステップを踏んで一つの所に足を止めず、ロレンツォを中心として円を描くように回ってみせた。そうした突然の動きにロレンツォは翻弄されたのか、魔法を発動させることが出来ないようだ。
「これが二つ目!あんたの魔法は狙いを定めるまでに少しの間が必要って訳ね!こうやって常に動き回る相手には使えないのよ、違う!?」
「くっ、クソ!おのれぇっ!」
「そしてっ!はぁっっ!」
翻弄されたロレンツォが大剣を引き、受けの構えに入った瞬間、ジャンヌは抜刀の構えから神速の斬撃を繰り出した。振り抜かれたハバキリは、アマラの腕を切断した時のように、一切の抵抗なくロレンツォの大剣を切り落とし、その先にあるモノを切り裂いていた。
「がっ……!?」
「……流石に首を刎ねられたら、魔法なんか使えやしないわよね。あんたに殺された30人のMIRA達の仇。それに、ボッシュさんの分もまとめて、その命で償いなさい。敵を不用意に侮るのは三下なんだっけ?その言葉、そっくりあんたに返してやるわよ。しっかり墓に刻んでおくことね!」
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