ロレンツォ対ジャンヌ
ソロが武道場を出ていく間、ジャンヌはじっとロレンツォの一挙手一投足に注意を払っていた。彼の目的が二人の足止めだとすれば、ソロが出ていくのを邪魔するだろうと踏んでいたからだ。しかし、予想に反してロレンツォは不敵な笑みを浮かべたまま、ソロの後ろ姿を見送るだけだった。ジャンヌは自らの予想が外れたのかと思ったが、その後に続いたロレンツォの言葉で、自分達の判断が間違いでなかったと確信する。
「ふむ、見事な判断だ。聡いものよな、こちらの狙いをこうも早く見抜くとは」
「やっぱり、ガンディーノはジーナを狙っているのね。お生憎様だわ、ソロがジーナを守りに行った以上、あの子に手出しなんて絶対させない。あとは、あんたをとっちめればそれで終わりよ!」
「ふははっ!若い若い、いや、甘い考えだ。確かに、ガンディーノではあの男に勝てぬだろうが、それはお主が俺に勝つという前提があってこその勝利よ。その判断が誤りだと言っておる」
ロレンツォは豪放そのものといった様子で、ジャンヌの宣言を笑い飛ばした。彼が持つ歴戦の戦士の自負と自信が、ジャンヌのような若い女のMIRAに負ける事など無いと確信しているらしい。それでも、ジャンヌは油断をせずに挑発を返した。
「あら、それじゃあんたは私に勝って、その後でソロの事も倒すって言うつもり?ずいぶんと都合のいい計算するじゃない」
「計算などではない、事実だ。お主では力も技術も、経験すらも足りておらぬ。そもそもそんな女の細腕で、我が剛剣が受けきれるか?試すまでもない。一撃で終わらせてやろう」
「ずいぶんと、舐められたもんね……っ!」
背負っていた大剣を抜き放ち、ロレンツォが構えを取った。構えそのものは何の変哲もない正眼の構えだが、その長大な剣のせいか、構えただけで恐ろしいほどの圧を感じる。それでも、ジャンヌは冷静にロレンツォの攻略法を探っていた。
(大口叩くだけあって、大した迫力だわ。それでも、私を舐めているなら好都合よ。……あれだけの重量武器なら威力はあっても振るう速さには限界があるはず。それに、懐へ飛び込んでしまえば大型の武器は取り回ししづらいもの……なら!)
「先手必勝!いくわよ、ハバキリ!」
――ええ、任せて。
「むっ!?」
ハバキリを抜いたジャンヌは疾風のような速さで走り、文字通り一足飛びにロレンツォの懐へ飛び込んだ。あまりの速さにロレンツォの剣は対応しきれず、そのままジャンヌから放たれた剣閃がその身体を捉えたかに見えた。しかし。
「なっ!?くうぅっ!」
攻撃をしたはずのジャンヌの腕に鋭い痛みが走り、同時に激しい出血がしてその攻撃を鈍らせた。そのほんの一瞬の遅れに、ロレンツォは見事に対応して横薙ぎに大剣を振るってジャンヌを両断しようとする。ジャンヌは咄嗟にハバキリを引いて、その腹でロレンツォの大剣を受け止めたが、ロレンツォの膂力たるや凄まじくジャンヌはそのまま横方向へ弾き飛ばされてしまった。
「ほう、女伊達らに中々のすばしっこさよ。それに、思っていたより力もあるようだ。我が剣の一撃を受けられるとはな」
「あ、あっぶなかったぁ!咄嗟にハバキリで受けなかったら、一発で終わりだったわ……って、ごめんっ!ハバキリ、大丈夫っ?!」
――気にしなくていいわ、ジャンヌ。私はあなたの魔力さえあれば、元の形に戻れるのだから。それよりも、私は武器よ?武器を気にして使い手が傷を負いでもしたら本末転倒もいいところでしょう。私の心配なんていらないから、思いっきりやりなさい。
「そ、そう?解ったわ、ごめんね」
心配したはずのハバキリに叱咤され、ジャンヌは平謝りした後、再びロレンツォへ注意を向けた。しかし、今の攻防だけに限ってみれば、残念ながらジャンヌの負けだ。もし流れが少しでもズレていれば、ジャンヌは敗北を喫していただろう。やはり、MIRA殺しの名は伊達ではないということだ。だが、まだジャンヌは諦めた訳でもなく、自分が覚えた違和感について、考えを巡らせていた。
(それにしても、あいつ、確かに凄い力だったけどそれだけじゃない。まだはっきりとはわからないけど、何かが変だった……こっちが攻撃する前に、何かされた?今の内にこの違和感の正体を見つけないと、本当に負ける!)
ジャンヌは努めて冷静に、違和感の正体を掴むため、守りに入ることを選んだ。その姿勢を、ロレンツォはジャンヌの臆病さと捉えたようだ。己の優勢を確信し、ジャンヌを仕留められる事を信じて疑わないような、優越感と恍惚さを感じさせる笑みを浮かべて大剣の切っ先をジャンヌに向けた。
「ほれ、さっきまでの勢いと減らず口はどうした?攻めて来ぬのか?ということは、今の手合わせだけで悟ったか。お主では俺に勝てぬと。では、今度はこちらから行くぞ!」
(安い挑発に乗る必要はないわ……!ここで見極める!)
ロレンツォが大剣を振りかぶり、強く一歩を踏み出して跳ぶ。先程のジャンヌに比べればスピードは遅いが、長大な剣を構えた状態にしてはかなりのスピードだ。ロレンツォ自身も大剣に負けず大きいので、その圧迫感はかなりのものである。並の人間ならばその殺気の強さも相まって、委縮してしまうに違いない。そうして身を縮こめ、足を止めてしまえば一巻の終わりだ。あとは成す術もなく、あの大剣の餌食となってしまうだろう。ジャンヌはそうならないよう、意識をさらに集中させ、敢えて体の力を抜いて自然体の構えでそれを迎えた。
「ぬぅぅぅぅっ!ちぇえええええいっ!」
――正面、大振りの一撃。
「すごいプレッシャー……!押し潰されそう、だけどねっ!」
一気に接近し、大上段からの一刀両断を仕掛けてきたロレンツォに、ジャンヌはハバキリを下段の脇構えにして相対した。恐怖に呑まれていなければ、来ると解っている大振りの一撃を躱すのは難しいことではない。ただ、先程のようにその一撃を受け止めようとしないのは、反撃の為だ。ジャンヌはロレンツォの攻撃に関する違和感を見極めようとしているが、同時に隙あれば仕留めてしまうべきだとも考えている。実際のところ、ロレンツォの実力は予想以上だ。倒せる時に倒してしまわなければ、敗北は免れないだろう。
唐竹割りに上段から振り下ろされた大剣を、ジャンヌはギリギリで見切って躱してみせた。まさに紙一重のタイミングまで待ったのは、反撃に対応する隙を与えない為である。このまま返す刀でロレンツォを切り伏せてしまえばよし、また何らかの技や能力を使ってくるなら見極めるには絶好の瞬間だ。
「な、にっ!?」
ジャンヌがハバキリを斬り上げようとしたその刹那、ジャンヌの利き足に鋭い痛みが走り、力が思うように入らなかった。これは剣による攻撃ではない。ロレンツォの大剣は今、ジャンヌの左足傍の地面にあるのだ。だが、今の攻撃は明らかに背後から、ジャンヌの右のふくらはぎを貫いていた。大剣はおろか、ロレンツォ自身がジャンヌの目の前にいる以上、そんな攻撃を受けるなどあり得ないことだった。軸となる利き足が傷つき、敵の目の前で動きが止まる。それは誰がどう見ても致命的な隙だ。ジャンヌはまたも無防備な隙をロレンツォに晒してしまい、その瞬間、全身を貫くような痛みが走って、身体中から血が噴き出していた。
「う、そ……!」
「ククク、これで終わりだな、女!死ねぃっ!」
ロレンツォは勝ったとばかりに笑みを噛み殺しつつ、渾身の力を以て横薙ぎに大剣を振るう。恐るべき刃はすぐ目の前に迫っていた。
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