怒りの進撃
「クソっ!なぜだ?!どうしてこんなことにっ!」
その夜、豪華な調度品の上に積み上げられた品々を払いのけ、ガンディーノは苛立ちを隠さずに怒鳴り声を上げた。ガンディーノがNeckとして指名手配された事実は、あっという間にドルトでも広まった。この国の法律上、殺人犯として手配されたガンディーノは、その裁判が終わるまで、鉱山の運営権利・管理監督権を剥奪、または停止されることになる。その為、昼夜を問わず働かされていた労働者達は一斉にストライキを起こし、採掘も完全にストップしている状態だ。今は雇い上げた自前の管理者としてのゴロツキ達が用心棒となっているので、反乱こそ起きていないが、いずれは街の労働者達が反旗を翻すか、或いは国か領主の兵士達がガンディーノを捕らえに来るだろう。その前に自首すればいくらか罪は軽くなるはずだが、それを選べるほど、ガンディーノは潔い人物ではない。
「仕方ないことだろう。市民を不当に働かせていただけでなく、殺人まで犯した証拠を提出されてはどうしようもない。これで我らは、お仲間という訳だな」
「なっ!?テメェ、ロレンツォ!俺を舐めてやがるのか!?」
「フフ、お主のような小悪党など眼中にはない。俺はただ、腕の立つMIRAを斬れるのならば、それでいいだけだ。元々の目的だったあの男の始末分については、金を受け取っている訳だしな。そもそも、お前が街の人間に嫌われているから、今回のような事が起きた時に後ろへ手が回るのだ。それが人徳というものだぞ?」
「くっ……!」
ガンディーノはロレンツォに言い負かされ、反論する言葉を失った。いかにボッシュを憎んでいたとはいえ、ガンディーノはボッシュをああも直接的に殺すつもりはなかった。当初は、もっと計画的に彼を追い詰め、自殺に追い込むか、あるいは暗殺のような形で始末をつけるつもりだったのだ。しかし、直にボッシュと相対し、またその彼から同情めいた言葉を聞かされたことで、ガンディーノは冷静さを失い激昂してボッシュを殺させるにいたってしまった。いくら店の裏手という人目に付きにくい場所だったとはいえ、昼の街中でそんな事をすれば隠蔽は難しい。ましてや、ロレンツォが言ったように、ガンディーノは街の人間から忌み嫌われているのだ。今回、ボッシュを殺害する瞬間の一部始終を魔法で記録され、それを領主に訴えられてしまったのも、彼の行いが悪かったせいである。
こうなってしまった以上、もはやガンディーノに罪から逃れる術はない。大人しく捕まって沙汰を受けるか、或いはロレンツォが言うようにNeckとして、MIRA達から身を隠しつつ逃亡の日々を過ごすかのどちらかである。ただ、ガンディーノはただの悪党だ。とてもMIRA達から逃れられるような腕や実力は持ち合わせていない。その意味では、既に彼の人生は詰みに入ってしまったと言ってもいいだろう。
ガンディーノは怒りに身を震わせながらも、その考えに至り、動揺しながらロレンツォに縋った。
「お、おい……ロレンツォ、俺を仲間だというなら、一緒に来てくれるんだろうな?!み、MIRAから守ってくれるんだろう!?」
「ふん、お主のような足手纏いを一生かけて守れというのか?ならば、相当な額の金を払ってもらわねばならんが、早晩、この街から出ねばならぬお主にそんな金が残っているとは思えんな」
「なっ!?」
「ふふん、まぁ、安心せい。先に払って貰った金の分は守ってやる。手練れのMIRA共を斬るのは、こちらとしても願ったりだからな。フフフ」
ロレンツォはそう言って、ニヤニヤと笑みを浮かべて窓の外へ視線を投げた。外に見えているのは鉱山の影と大三連月だけで、特別変わったものが見える訳ではない。ガンディーノが怪訝な顔で窓の外を見ると、何やら外が騒がしい事に気付く。そこでは既に、戦闘が始まっていた。
「なんだぁ、テメェら!ここを誰の屋敷だと思っていやがる!痛い目に遭いたくなかったら、とっとと失せろ!」
「……はぁ、鬱陶しいわね。ねぇ、あんた達、私今ちょっとイライラしてるのよ。叩っ斬られたくなかったらそこを退きなさい」
「なんだこのアマ!舐めてやがんのか!?女の癖に偉そうな口叩きやがって!とっ捕まえてマワしちまえ!男の方は要らねぇ、たたんじまえ!」
ガンディーノの屋敷を守る正門には、数十人の武装した男達がたむろしていた。彼らはガンディーノが街を出るまで、誰も通すなと命令されたゴロツキの兵隊達である。かなりの強面が集まっていて、普通の人間であれば、震え上がってしまってもおかしくはない。だが、ジャンヌは彼らの脅しなど小動物の威嚇程度にも感じていなかった。むしろ、煩わしい害虫を前にしたかのように、憤りを隠していない。
「ふーん、そう。死にたいんだ?なら、手加減しないわよ……!」
「おい、ジャンヌ!相手が武装しているとはいえ、出来るだけ殺すな。正当防衛は認められるだろうが、面倒が増えるぞ」
「あぁ、それもそうね。それじゃ、ハバキリ聞こえたわよね?手加減して、死なない程度に斬って頂戴!」
――まったく、刀使いが荒いマスターね。まぁ、いいわ。素敵な鞘に免じてちゃんと手加減してあげる。
そう言うや否や、ジャンヌはハバキリを抜き放ち、立ちはだかる男達にその白刃を浴びせ掛けた。ボッシュは己の最期を見定め、あの出来事の前に鞘を作り上げていた。工房の奥にひっそりと、しかし、凄まじいまでの迫力を持って置かれていたその鞘は、ダルトヴァン鉱をベースに魔力を使って更に硬度を上げ、ハバキリの刀身を徹底的に計算し尽くして型を整えた逸品だ。他のどんな刀も収める事は出来ないハバキリ専用の鞘である。ハバキリ自身、その鞘をとても気に入ったようで、一度収められてからは、鞘から離れたがらないほどである。
月の光を反射してハバキリが煌めく度に、二人三人と男達が倒れていく。それでいて、ジャンヌの前には誰もいないような堂々とした歩きっぷりで、ジャンヌとソロは進む。あまりにもあっけなく前衛が倒れていくために、男達は理解し難いものが襲ってきたと恐れ始め、それはあっという間に恐慌状態へと変化していった。
「な、なんだあいつらは!向かっていった連中が皆あっという間に……」
「魔法だ!魔法を使え!ファイアアローでもアイスニードルでもなんでもいい!あの女を撃てぇっ!!」
「む?奴ら、魔法を使う気だぞ。ジャンヌ、少し下がれ」
「はいはい。任せたわ、ソロ」
ジャンヌに立ち向かっても無駄だと判断したのか、数十人もの男達が集団で陣形を組み、遠距離からジャンヌ達を狙った。ゴロツキの集団にも関わらず、彼らはそれなりに戦闘訓練を積んでいるようで、しゃがんだ状態の前列と立ったままで構えた二段構えの陣形である。魔法で戦う部隊としては、極めてオーソドックスな構えだ。過去には魔法師団に所属していたソロにとっては見飽きた隊列であり、何ら脅威とは思っていない様子だった。
魔法によって生み出された無数の火の矢と、鋭い氷柱の嵐が放たれたのと同時に、ソロがジャンヌの前に出て襲い来るそれらの魔法に視線を向けた。すると、ソロの前方に輝く光の玉が大量に浮かび上がり、そこから稲光が飛んで炎と氷を撃ち落としていく。この魔法は、かつての部下であり、サシャの父親であったヒューゴが考案した対魔法防御の術だ。術者の魔力を稲妻に変換し、オートで飛来する魔法を打ち消すことに特化している。人を傷つける事には使えないが、非常に効率的な魔力消費で敵の魔法を無効化する事が出来る魔法なのは、ヒューゴの優しさ故だろう。これを常人よりも優れたソロの魔力量と、彼の類い稀な術式の処理能力を持って扱えば、一度に千の魔法すら打ち消すとまで恐れられた魔法である。
「ば、バカな!?魔法が……?!」
「どうなってやがる!奴ら、化け物か?!」
「流石ソロ、結構なお点前ね」
「お粗末様だ。しかし、連中、多少は鍛えられているようだが練度が低すぎる。魔法をかき消された程度で浮足立っているな。この際まとめて片付けるか。アーデ!」
「ホーゥ!」
慌てふためくゴロツキ達に向け、ソロの肩に留まっていたアーデが一鳴きして翼を開く。すると、アーデの白い翼から夜闇よりも暗い闇が染み出して、行く手を阻んでいた男達はあっという間に闇の中へ飲み込まれていった。ドゥガンの人形達を消し飛ばした時とは違い、暗黒に包まれた男達は恐怖のあまり発狂し、誰もが叫び声を上げた後で意識を失ったようだ。その様子に、ジャンヌは眉をひそめた。
「人には殺すなって言った癖に……大丈夫なの?アレ」
「一人も殺しちゃいないさ。まぁ、精神が壊れるくらいは覚悟してもらおう。……俺も少々、頭に来てるんでな」
「まぁ、哀れに思ってやる義理もないしね。さて、黒幕はどこにいるのかしら?」
こうして、あっという間に用心棒の集団を打ち倒したジャンヌ達は、そのまま無人の野を進むが如く屋敷の中へと入っていった。激しい怒りの炎を、胸に宿したままに。
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