彼らの領分
「ジーナの様子はどうだ?」
「ダメね、ずっと泣き伏してる。……あんな場面を見ちゃったら仕方ないけど」
ジーナの様子を見てきたジャンヌが答えると、ソロは静かに目を閉じて唇を噛んだ。ジャンヌ達が街に戻った時、既にボッシュは凶刃に倒れた後であった。全身に深い傷を負い、どうみてもボッシュは即死に近い状態だったのだが、それでももう少し早く着いていればという無念の気持ちは消えそうにない。
ガンディーノ一味は、ボッシュを始末した後、店を焼き払おうとして魔法で火をかけた跡があった。遠くから煙が見えたのはそのせいだ。しかし、店にはソロが魔法で張った結界が展開されていたので、建物にほとんど損傷はない。ボッシュも店から出ずにいれば助かったはずなのだが、何故、店を出てしまったのかは解らないままだ。
それから三日が経ち、葬儀を終えた今も、父の無惨な亡骸を目にしたジーナは自室で泣くばかりだった、その心の傷は察して余りあるものだろう。
二人に護衛を依頼したボッシュは亡くなってしまったものの、悲痛にくれるジーナを放っておく気にもなれず、ソロとジャンヌは店に留まって彼女の様子を見守っている状態だ。だが、二人とていつまでもこうしている訳にもいかない。そんなソロの思いを察したのか、ジャンヌは重い口を開いた。
「ねぇ、まさかとは思うけど、あの子をこのまま放っておく気じゃないわよね?」
「しかし、俺達に出来ることなど限られているだろう。ボッシュさんから頼まれた期間は過ぎた。……考える必要があるな」
「本気でジーナを見捨てるツモリ?!そんなの嫌よ!」
「じゃあ、君はどうしろというんだ?このままこの街に骨を埋めて、ずっとあの子と一緒に暮らすのか?」
「そ、それは……」
二人には急ぎの目的がある訳ではないのだが、とはいえ、これまでの生活を捨てる訳にもいかない理由がある。それを考えると、ジーナと共に暮らすのも不可能だ。ジャンヌが言葉に詰まって反論に窮した時、不意に店の扉をノックして誰かが顔を覘かせた。
「すみません、こちらジーナ・アノールさんの御宅ですか?」
「え?あ、はい。そうですけど……」
「そうですか、ではこれ、お手紙です。えーと、差出人はボッシュ・アノールさんからですね。あ、こちらにサインを」
「え、ボッシュさんから?!わ、解りました、預かります!」
死んだはずのボッシュから手紙が届くとはジャンヌもソロも想定していなかったのか、二人は顔を見合わせた後で慌てて手紙を受け取った。それを片手に、ジャンヌはジーナを呼びに走る。
「ジーナ!お願い、出てきて!手紙が届いたの、ボッシュさんから!」
「………………お父さん、から?」
ジャンヌがドアの前で叫ぶと、たっぷり時間を空けてから、ジーナがゆっくりと姿を見せた。目の下はクマだらけで、快活だった少女は見るも無残な姿となっている。ジャンヌがすぐに彼女を抱き締めると、ジーナはジャンヌの体温に安心したのか、再びポロポロと涙を流し始めた。そのまま、どのくらいの時間が経ったのだろう。ようやく落ち着きを見せたジーナは、少しふらつく足取りでジャンヌと共に階段を降りて、一階の店舗部分へとやってこれたのだった。
「ジーナ、まずはこれを飲むといい」
「あ、ありがとう、ございます……うう」
差し出された温い白湯を口に含むと、ジーナの瞳に涙が溢れていく。本当ならば食事を摂るべきではあるが、部屋から出るのが三日ぶりともなれば、まずは水分の補給が第一だ。ソロの気遣いにジーナはまた泣いて、手紙に手を付けられたのはそれからまた少し時間が経ってからだった。
「ありがとうございます、ジャンヌさん、ソロさん。少し、落ち着きました」
「良かったわ。あとで消化に良い物を作ってあげるから食べてね。……ただ先に、ボッシュさんの手紙を読んだ方がいいと思うの」
「はい……でも、どうしてお父さんから……」
「消印は、ちょうど三日前か。ガンディーノ達の手にかかる前に投函したんだろうな。今日届いたのは、配達の日時を指定していたからだ。……それで、中身は?」
「あ、ええと……」
ソロに促され、ジーナは涙を浮かべたまま手紙に視線を落とす。そこに切々と書かれていたのは、最愛の娘に充てた、謝罪と愛情を遺した言葉であった。
「お父さん……」
手紙を読み進める度に、ジーナの瞳からとめどなく涙が溢れていく。娘の才能を信じ、その幸せの為、犠牲になろうとした父の想いは痛切に胸を打った。だが、まだ若干13歳のジーナにとっては、そんなことよりも、家族が生きて傍にいて欲しいと思っているはずだ。それをボッシュは理解した上で、それでも行動に出たようだ。そして、最後に記されていたのは、あまりにも衝撃的な内容だった。
――ガンディーノの本当の狙いは、店ではなくお前だ。だが、俺は奴の好きにさせるつもりはない。俺はこの身に変えても、奴をなんとかする。金の事も含めて、お前は何も心配しなくていい。あとの事はジャンヌさん達に任せる、この手紙の二枚目は二人に渡してくれ。最後にもう一度伝えておく、ジーナ。父さんと母さんは、お前を誰よりも愛しているよ。さようなら――
「お、お父さん……あああっ!」
「ジーナ、落ち着いて!」
両手で顔を覆い、涙を拭うジーナの手から落ちた手紙を、ソロはそっと拾い上げた。二枚目の頭出しがソロとジャンヌに向けたものだったのが見えたからだ。それを読み進めるソロの表情は次第に険しくなり、やがて読みきった後で、ソロはアーデに何か指示を出して空へ飛ばせた。
「ソロ、どうしたの?」
「やはり、俺の予想は当たっていたようだ。ジャンヌ、説明は少し待ってくれ、今アーデに確認させている。すぐに答えが出るはずだからな」
「……解ったわ」
手紙に何が記されていたのか気になるところではあったが、泣き腫らすジーナを放ってはおけない為、ジャンヌは引き下がることにした。一方のソロは、難しい顔をしたまま腕を組み、そのまま何かを待っているようだ。それから彼が口を開いたのは小一時間程経ってからの事だった。
泣き疲れて眠ったジーナを部屋に戻した頃、どこからか戻ってきたアーデが咥えていたのは一枚のビラである。それは、ジャンヌやソロにとっては見慣れた手配書だ。そこには俗にNeckと呼ばれる、賞金首の情報が記されている。ソロが確認し、手渡してきたそれを見て、ジャンヌは息を飲んだ。
「見てみろ、ジャンヌ」
「手配書?……これ、ガンディーノってヤツじゃない。どういう事?アイツ、Neckだったの?」
「アーデを通じてマーロにも確認したが、この触れが出されたのは今朝のようだ。主な容疑は殺人。それと、所有する鉱山での労働者を不当に働かせた罪……どうやら、ボッシュさんはこうなることを狙っていたらしいな」
「これを狙ってって……ちょっと待ってよ、それじゃ」
人がNeckとして手配されるのは、実はそう珍しいことではない。様々な事情から、個人や組織が懸賞金を懸けるケースもある。しかし、手元にあるガンディーノの手配書には領主の署名と押印がなされている。これは、公的な手配がなされたということだ。つまり、ガンディーノは正式に犯罪者として指名手配されたことになる。
ジャンヌ達に充てられた二枚目のボッシュの手紙によれば、ボッシュはガンディーノを止める為、奴の様々な不正や悪事の証拠を集めていたらしい。だが、ボッシュが用意できたのは、いずれも奴を失脚させられるほどのものではなかった。ガンディーノの暴走を止め、権力を失わせるには決定的な何かが必要だ。そこでボッシュが以前から考えていたのは、自らの命を罠としてガンディーノを殺人犯にすることだった。元々、ガンディーノはボッシュに対して殺意を抱いていたこともあって、それ自体は難しい事ではない。問題は、自分亡き後のジーナだ。
ガンディーノが思惑通りボッシュを手にかけたとして、それを理由にガンディーノが罪人となるまでにはそれなりに時間がかかるだろう。その間、独りになってしまうジーナがガンディーノに何をされるかなど、容易く想像がつく。それを実行する為にはジーナを守ってくれる仲間が必要だった。
そこへ現れたのが、ジャンヌとソロだ。
街とは無関係で何のしがらみもない二人は、ガンディーノからジーナを守るのにうってつけだ。実力も申し分なく、関わってみれば人間性も悪くない。この二人ならばきっと、ジーナを見捨てる事はしないだろう。そう考えたらしい。
ボッシュの遺した手紙にはその経緯と決意に、二人への謝罪……そして、ジーナを頼む旨の内容が記されていた。それと共に、ボッシュは亡き妻と同じ病にかかっており、余命が限られていたことも。
「ボッシュさんが言いつけを守らなかったのは、これが理由だったんだ。自分の死後、領主へガンディーノの行った悪行の一切合切が証拠付きで送られるよう手配していたようだ。全てはジーナを守る為に……」
「そんな、そんなのって……!」
「どうする?ジャンヌ。相手はNeckで、俺達はMIRAだ。既に、ここから先は俺達の領分になったが」
「決まってるじゃない。……私達がアイツを、ガンディーノの首を獲るわ。それが私達の仕事よ」
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