ただ一人の勝利者
「ジーナ!ソロッ!」
ジャンヌは二人を闇が包むと同時に傍へ駆け寄りしゃがみ込んだ。外から見えているのはソロとジーナの顔だけだが、ジーナの方は意識を失っているものの、表情は安らかだ。ひとまず心配はいらなさそうだが、問題はソロの方である。彼は何度も、ジーナの攻撃を受けていたはずだ。心配そうな顔をしたジャンヌに、ソロは苦笑いを返している。
「俺の傷なら大丈夫だ。このくらい、じっとしていれば魔法で治療できる。それと、ジーナの胸にあった宝石が砕けたようだ。これが彼女を操っていたんだろう、もう心配ないさ」
「……そ。なら良かったわ。それにしても、どうしてあそこで私の名前を出すのよ。そこはあんたの名前だけでいいでしょ?女心が解ってないのね、ソロは。そんなだからイェルダ陛下とも拗れたんだからね」
「冗談じゃない。あれは勝手に言い寄られただけで、俺に落ち度などあるものか。……まぁ、女心を理解しているかは自信がないが」
ソロはそういうと苦虫を嚙み潰したような顔で、眠っているジーナの顔を見た。まだ若干十三歳という子供だからと思い、ソロは彼女の気持ちを理解しようとしていなかったのは事実だ。だが、子供であっても、いや、無垢な子供だからこそ純粋な気持ちで人を好きになる事もあるだろう。流石に子供相手に付き合おうとは思わないが、彼女の気持ちを蔑ろにせず、正しく大人として向き合う事は出来るはずだ。むしろ、そうせねばならない。それは、彼女の傍にいる人間として、大切なことなのだから。
一瞬の間が空いて、ソロはジャンヌに視線を戻し、しっかりとした目で言った。
「ヤツはまだ何かを隠している……気を付けろよ、ジャンヌ」
「誰に言ってるの、心配いらないわよ。そっちこそ、ジーナを頼んだわよ」
ジャンヌはそう答えて、ソロの目を見返した。互いの視線が絡み、それ以上の言葉はなくとも十分に思いは伝わった。後は、エルドレッドを倒すだけだ。そうして見つめ合った後、ジャンヌは決意を秘めて立ち上がり、エルドレッドを睨んだ。すると、それまで黙って様子を見ていたエルドレッドの身体が震え出し、大声で笑った。
「ぷっ、ククク……アハハハハッ!面白い、実に面白い見世物だったよ!これがくだらない世俗のお芝居という奴か。あんなものを喜んで観る人間の気が知れなかったけど、これは確かに笑える見世物だ!ハッハッハッハッハ!」
「黙りなさい、ジーナの心を弄んで私やソロを傷つけさせて……!そりゃあ、あんたみたいな人の心が解らない人間には、あの子の苦しみなんて解らないでしょうよ。でもね、人が人を思う気持ちを理解できないあんたは、もうとっくに人間じゃない、人の皮を被ったバケモノよ!」
「ふっ、僕は既に超越者だ。人間ではないと言われた所で褒め言葉でしかないが……くだらない人間に見下されるのは我慢ならないね。まぁ、ちょうどいい。ハバキリの選んだ使い手と、ムラクモが選んだこの僕……どちらが優れているかここで決着をつけようじゃないか!」
互いにハバキリとムラクモを抜き、向き合い対峙するジャンヌとエルドレッド。二人の間に、凄まじい緊張感が満ちていく。この戦いは、単なる剣士の争いではない。この星の命運を賭けた極めて大事な一戦なのだ。深い地の底で、今、その火ぶたが切って落とされようとしていた。
(さっきの竜巻の時に気付いたが、ジャンヌの魔力量は戦う度に増えているようだ。信じられん、普通、成人するまでに魔力の量も強さも頭打ちになるものだが……彼女はまだ成長期だとでも言うのか?)
魔法が使えない分、身体能力の向上に魔力を全振りしているのがジャンヌの特性である。そんな彼女の魔力量が増えるということは、それだけ肉体が強化されて行く事と同じだ。既にジャンヌは肉体的な強さだけで言うならば、とうに常人を超えているだろう。魔力量と魔法の扱いに関しては天才的とまで言われたソロでさえ届かなかった領域にジャンヌはいる。それはまさに、エルドレッドの語る超越者という存在へ、足を踏み入れている証でもあった。
「はあっ!」
まず先に動いたのはジャンヌの方だった。強烈な踏み込みをしているはずなのに、彼女は音もなくエルドレッドの懐へ入り斬り込んでいる。やや踏み込みの音が遅れて聞こえたのは、彼女が音を置き去りにするほどの速さを見せたからだ。
「ふんっ!」
しかし、エルドレッドも負けてはおらず、凄まじいジャンヌの打ち込みの速さと力に反応し、その一撃を受け止めていた。ギリギリとぶつかり合い、押し合う鍔迫り合いの音が広間全体に響き、ハバキリとムラクモがぶつかった衝撃波で二人の足元の地面がへこみ歪んでいる。とてつもないパワーだ。
「くううううううっ!」
「ぬ、うううううっ!」
ジャンヌとエルドレッドの力は、完全に拮抗しているようだ。どちらも渾身の力を込めているように見えるが、刃はどちらにも動かない。その状態が数呼吸続いた後、互いに刃を打ち払って、今度は連撃の応酬が始まった。
「な、なんて速さだ、二人共……剣閃も身のこなしもほとんど見えないとは」
ソロの目から見た二人は、両者ともにその場で動かずに立っているように見えるだけだ。まさに目にも留まらぬ速さで攻撃しているのがかろうじて解るのは、刃が風を切る音に加えて、地面や二人の鎧や服が、少しずつ傷ついたり抉れたりしていくからである。時折、ほんの少し二人の身体がブレて見えるのは、互いの攻撃を躱しているからだろう。そんな息もつかせぬ攻防が続いた後、二人の突きが互いの頬をかすめて止まった。そこでようやく、二人はバッと後方へ跳び、距離を取って仕切り直しにかかったようだ。
「……やるね、ジャンヌ・パルテレミー。正直言って、僕の動きにここまでついて来られるとは思っても見なかったよ。いや、君は本当はアクシア公爵家の娘だったか。道理で見覚えがあるはずだ……思い返してみればあの時、僕が始末した女公爵と瓜二つじゃないか」
「始末、した……?まさか、アクシア公爵家の人達が消えてしまったのは」
「ああ、そうだよ。二十年前の雨の夜、アクシア公爵家を襲撃したのは他でもない、この僕だ。かつて僕の父、狂王アグリッパを討ち取ったのは、当時の公爵レオン・アクシアその人だったからね。彼は銀の騎士としての力を手に入れた後、ノルディール戦争にも参加したのさ。かの戦争終盤、銀の魔女と銀の騎士の力で星中のダンジョンからモンスターが消えたことによって、各国は戦争に全ての力を投入する事が出来るようになった。当然、ノルディールからもモンスターは消えたが……残念なことに、ノルディール軍は元々の数で圧倒的に不利だったからね。周辺国がモンスターとの戦いで、戦争にリソースを割けない状況を突く電撃戦を計ったのがアグリッパだったのだから、あの結果は当然だっただろう。だから僕は、あの時から、復讐を考えていたのさ……君のアクシア家とパルテレミー家にね!」
「そういう事、だったのね。じゃあ、あんたの馬鹿な復讐計画はこれで終わりね。アクシア家は断絶してしまったけれど、パルテレミー家は無事だわ。……そういや、姿が見えないけど、アネットとレイモンドはどこへ行ったの?逃げたのかしら」
「ふん、二人ならずっと目の前にいるさ。見てみるがいい、あの門を」
そう言ってエルドレッドが指示したのは、巨大な扉の中央、鍵穴があるであろう部分に押し込められた二人の姿であった。アネットとレイモンドは、まるで彫像のように固まった姿でピクリとも動かない。扉と言ってもそれにノブはなく、ただ押して開ける石扉のような造りだ。エルドレッドが門と表現するのは、それが適切だからだろう。
「アネット、レイモンド……あれは」
「ふん、この封印の門は特殊でね。封印の管理者である二人が鍵として身を投じない限り開かないようになっているのさ。念の為、保険として死体でもいいからパルテレミー夫妻を連れて来るようヴィヴィアン達に命じたんだが……まさか失敗するとはね。まぁ、この二人で問題はなかったから良かったが」
「二人共……」
ジャンヌは二人を見上げて、唇をきゅっと噛み締めた。エルドレッドに心酔していたレイモンドはともかく、アネットの方は同情出来なくもない。きっと彼女は、エルドレッドに忠誠心などなかっただろう。決して仲のいい姉妹という訳ではなかったが、ジャンヌにはそんな気がした。それと共に、ジャンヌの中に、エルドレッドへの怒りが湧いてくる。仇討ちをかたるつもりはないが、妹として見ていた相手を捨て置けるほど、ジャンヌは薄情ではないのだ。
「エルドレッド……あんたは許せない!」
「君に許しを請うつもりはないさ、勝つのは僕なのだから!」
ジャンヌの身体から燃え立つ炎のように魔力が溢れ出し、ハバキリへと流れ込んでいく。暗緑色の瞳が紅く輝き、黄金の光が波となって流れだす……それはハバキリへと伝わって、彼女の魔力が爆発的に高まった。
「大逆転……ジャンヌ!」
「ふふん。大した力だね、しかし」
対するエルドレッドもまた、全身から膨大な魔力を放出してみせた。ジャンヌの放つ赤と金の魔力とは異なり、エルドレッドは白と黒のモノトーンである。ソロからみて、二人の放つ魔力の量にほとんど差は見られない。その力はムラクモへと伝わり、二人はその場で構えた。
「天霊刃第二形態……こちらは地霊刃の第二形態、どちらも必殺の一撃という訳だ。天のハバキリと地のムラクモ、これで決着がつく!」
——ムラクモ、これで終わりにしましょう。いくら待っても、あの方は帰って来ない。私達がどれだけ人を見出したとしても、もう同じ事よ。
——下らぬ、我らの戦いは終わりなどせぬわ。あの方が戻るまで、永遠にな。それが理解出来ぬお前は、所詮その程度の器だったということだ。散るがいい、今、ここで!
「……いくわよ!はあああああっ!」
二人が振るった二つの刃から伸びた強烈な光がぶつかり合い、激しく火花を散らす。ソロはあまりの眩しさに目を背け、やがて光が消えて目を開くと、ジャンヌとエルドレッドの身体が同時に裂けた。
「かはッ!?」
「ぐっ、ぐうう!?」
膝をつき、しゃがみ込むエルドレッドと、崩れ落ちるジャンヌ。二人の内、どちらが最後に笑うのか、それはまだ誰にも解らない。
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