向き合う心
ダンジョンの最奥へとひた走るジャンヌとソロ。二人はお互いに黙ったまま、ただ、前だけを見て走っている。先程のライナスの様子から、彼が敵を引き付けようと囮になったのは明らかだ。本来であれば一緒に戦ってやりたかったのだが、それこそがエルドレッドの目論見だと思うと、それに乗る訳にはいかなかった。
「…………っ!今の、何の音?」
「爆発音……ライナスか?無事でいてくれればいいが」
一瞬、足を止めるほどの轟音と地響きがして、二人はライナスの身に何かが起きたことを察した。しかし、今更戻って確認する訳にもいかないだろう。今はただ、彼が無事に追い付いてくるのを祈るばかりだ。ライナスとはさほど長い付き合いではなかったが、一緒に行動してみれば、そう悪い人間ではなかったと思える。シーザーのような気安さはなくとも、彼は黙って気遣いをするタイプだ。ソロはほとんど一緒に行動していないが、数日見ていただけでも、彼が根っからの悪人でない事は解った。出来れば、シーザーのようにはなって欲しくないというのが、ソロとジャンヌの共通する思いである。
少しの間立ち止まった後、二人は後ろ髪を引かれる思いで再び進み始めた。これ以上、仲間の命を失う訳にはいかない。この先で、ジーナが二人の助けを待っているのだ。その想いが、二人を先へを歩ませたようだった。
それから程なくして、ジャンヌ達は大きな広い空間に辿り着いた。広さとしては、一般的な運動場くらいはありそうだ。高さも十分にあって、ここが最奥と見て間違いないだろう。ちなみに、このベヘモトの大顎の中は、ある程度地下に入ると、それなりに内部が明るくなっていた。光源らしい光源は見当たらないので、どうやら洞窟自体が発光しているらしい。だいたい、曇天の夕方くらいの明るさである。
その広い空間の一番奥には、遠くからでもはっきりと解る大きな扉がそびえ立っていた。あれは一体、なんなのだろう。だが、その疑問は、扉の前に立つ人物の姿で消え去った。
「エルドレッドッ!ジーナはどこ!?あの子は返してもらうわ!」
「来たか、ジャンヌ・パルテレミー。それに、バーソロミュー・サマーヘイズか。君達がここへ来た、ということは、グレッグは敗れたようだね。しかし、この場所で戦う彼を無傷で退けるとは、予想外だったよ」
「グレッグ?まだ仲間がいたのね!まさか、ライナスはそいつに……」
最悪の予感が現実のものとなったような、言葉に出来ない不安感がジャンヌの胸に渦巻く。しかし、ここで気落ちしている訳にはいかない。何度も言うようだが、まずはジーナを助けることが第一だ。ライナスの事はただ無事を祈るしかないのである。
「ふむ。その様子を見るに、グレッグの事は痛み分けと考えるべきかな。まぁ、結局の所、僕について来られる人間などほとんどいないということだ。無理もない、僕は超越者たる創星者に最も近い場所にいる人間だ。そんな僕の傍にいていいのは、限られた人間だけさ。この子のような、ね!」
そう言い放ったエルドレッドの陰から現れたのは、虚ろな目でぎこちなく歩くジーナの姿だった。ジーナの胸元には、見覚えのない朱い宝石のようなものが、ギラギラと光っている。
「ジーナッ!」
「エルドレッド……!お前、彼女に何をしたっ?!」
「何をしたとはずいぶんな言い種だ。彼女はとても珍しい、そしてとても素晴らしい加護を持っていたからね。それを僕の為に役立ててもらえるようにしたまでさ」
「なんだと……!?」
「どういうこと?アイツ、ジーナの加護を知っているの!?」
「ん?なんだ、君達は彼女の加護を知らなかったのかい?てっきり僕は、それを理由に連れ歩いているんだと思っていたが、まぁいいだろう。せっかくだから教えてあげよう。僕の仲間には人物鑑定の加護を持つ者もいたんでね。……彼女が持つ加護の名は『調和』だ」
「『調和』……?」
「そう。『調和』は、発動するとその対象がもっとも安定した状態に戻し、それを維持してくれる力だ。君達も覚えがあるんじゃないのかい?赤鬼から聞いているよ。彼は彼女の『調和』で、追い詰めたはずの君達から逆転負けを喫したと言っていたからね」
「それは……」
(対象を安定した状態に戻す?そうか、ジャンヌの服が元通りになるのも、俺やアーデの傷を治したりイェルダ陛下の洗脳を打ち消したのも、それが理由だったのか。だが、エルドレッドは不変という不死身の加護を持っているはず……何故、その奴がジーナの力を欲しがるんだ?)
全てを鵜呑みにしていい訳ではないが、ジーナの加護について今の説明で納得がいったのも事実である。恐らくエルドレッドは、意図的に何らかの情報を隠しているのだとソロは考えた。ならば、そこについて気にする必要はない。どちらにせよ、やる事は一つなのだ。
「ジーナの加護がどんなものであろうと関係ない。その子を返してもらう、それだけだ!」
「……そうね!」
出会い頭で突然聞かされた情報に面食らってしまったジャンヌだが、ソロの言葉にハッとした後、エルドレッドを睨みつけた。すると、エルドレッドは大仰にポーズをとって呆れた顔をしてみせた。
「ふっ、君達にはこの子の価値が解らないようだね。いいだろう、取り返せるものなら取り返してみたまえ。ジーナ、やりなさい」
「ア、アア、ア……」
エルドレッドが不気味なほど優しい声色で指示すると、ジーナはぎこちない人形のような動きで前に出て、その手を掲げた。同時に、たくさんの色とりどりの光がジーナの手首に嵌められたブレスレットから現れて、強烈な光線を放ってきた。それはゴーシュを倒した時にやってみせた、あの技だ。
「ヤバイっ!」
ジャンヌとソロはすぐにそれを躱し、少し離れたところからジーナを見据えた。ジーナが操られているのは明らかだが、精霊の力まで使ってくるとは予想外だ。ジーナと戦う事など想定していなかった二人は、信じられないといった様子である。
「ジーナ!どうしちゃったの!?私達が解らないの?!」
「まだ来るぞ、ジャンヌ!」
「アアア、ア……!」
ジーナがジャンヌを指差すと、精霊達の光の内、紅い輝きの精霊が大きく揺らいだ。すると、ジャンヌの足元からにわかに炎が立ち上り始めた。ジャンヌは咄嗟にバク転をして、勢いをつけて後ろへ跳んだが、そんなジャンヌを追って、炎の柱が蛇のようにとぐろを巻きながらその後を追う。
「ちょ、っと待ってよ!?」
流石のジャンヌも、自身を丸ごと飲み込むような大きさの炎に追いかけられてはたまらない。広々とした空間だけに逃げるのはそう難しくないが、これが続けばいつまでもは避けられないだろう。
「ジャンヌっ!」
そこへ割って入ったのはソロだった。飛行魔法を使って素早くジャンヌの元へ飛ぶと、目の前に魔法で水の壁を作り、炎の蛇を完全にシャットアウトする。直後、炎の蛇と水の壁がぶつかり、爆音と共に蒸発した水が霧状になって二人を覆った。その様子をエルドレッドは楽しそうに見つめている。
「……無事か?」
「ええ、ありがと。でも、ジーナ……私の声が届いてないみたい」
「操られているのは間違いないが、彼女はイェルダ陛下の洗脳すら効かなかったはずだ。それなのに、何故」
霧が晴れ、ジャンヌを庇って抱きかかえるソロの姿が見えると、ジーナの身体がビクンと大きく跳ねた。そのまま、わなわなと身体を震わせ何かを呟いた。
「アア……ソロ、サ……アアアア!」
再び手を掲げると、今度は薄緑色に輝く精霊が騒めいた。傍目には何も起こっていないが、猛烈に嫌な予感がする。ジャンヌは直感的にソロから離れ、距離を取ろうと全力で走り出した。
「おい、ジャンヌ、何をするつもりだ!?」
「紅いのが火の精霊なら、あの緑の精霊はきっと……来た!」
刹那、ジャンヌを中心として猛烈な突風が吹き荒れ、彼女の行く手を阻んだ。だが、それだけでは終わらなかった。ジャンヌが足を止めた途端、突風は暴風の竜巻に変化し、ジャンヌの身体を一気に巻き上げたのだ。
「きゃあああああっ!」
「なっ……!?ジャンヌッ!」
きりもみ状に回転しながら、ジャンヌの身体が宙に舞う。ソロも助けに行こうとしたが、飛行魔法であの竜巻の中へ入っていくのは自殺行為だ。あれほどの凄まじい風に巻き込まれれば、二人とも吹き飛ばされるだけだろう。というよりも、近づく事すら出来そうにない。ソロは必死に、ジャンヌを救う術はないか頭を働かせていた。
一方、ジャンヌは凄まじい勢いで天井付近まで巻き上げられながら、頭の中は妙に冷静さを保っていた。
(さっき、ジーナはソロの名前を読んでた気がする。それに、攻撃の狙いは私ばかり……もしかして、ジーナは)
ジャンヌがその答えに辿り着いたちょうどその時、竜巻が急激に反転して、ジャンヌの身体を地面へと一気に吸い込み始めた。高所からの自由落下ではなく、加速をつけて叩きつけようとしているのは明らかだ。吹き荒れる嵐のような風の中で、一瞬、ジャンヌとジーナの目が合った。
「ァ……」
「ジーナ、やっぱり!」
ジーナは涙を溢れさせ、一筋の涙をこぼしていた。彼女は操られているようだが、心の全てを支配されている訳ではないのだ。本当は、ジャンヌを傷つけたいとも思っていないはずだ。その涙を見たジャンヌは、直感で全てを理解した。しかし、無情にもその身体は加速度的にスピードを上げて地面へ落ちていく。
「マズい、あの高さからあのスピードで叩きつけられてはいくらジャンヌでも……クソっ、どうすれば……っ!?」
「ジーナアアアアッ!気にしちゃダメ!私は、大丈夫だからっ!」
「ァ、アァ……!」
落ちていくジャンヌは、大声でそう叫ぶとハバキリを鞘から抜いて魔力を一気に流し込んだ。もちろん、ジーナを斬る為ではない。狙いは別のものだ。
「行くわよ、ハバキリッ!ええいっっ!」
「あれは……!」
流し込まれた膨大な魔力を取り込んだハバキリは、刀身が激しい光の刃へと変化していた。ジャンヌはそれを振るい、風を切り、地面を斬って着地する。かなりの衝撃はあったが、ジャンヌの耐久力ならば問題ないダメージだ。濛々と立ち込める土煙の中で、ジャンヌはしっかりと両の足で立ち、健在をアピールしてみせた。なんとも強引だが、ジャンヌらしいやり方だ。
「ジャンヌ、無事だったか!」
「ソロ!来ちゃダメ!」
ジャンヌはソロを制止し、自らの元へ来るのを拒んだ。ジーナがどうやって操られているのかは不明だが、彼女の負の感情を利用しているのはジャンヌにも解った。ジーナの中にある想い、それはきっとソロへの恋心だ。ジャンヌは恋愛感情という意味で人を好きになった経験はないが、ジーナの乙女心は同じ女として理解できるつもりだ。ジーナのような少女なら、身近にいて頼れる異性に心を惹かれるのはおかしい事ではないだろう。例え一回り歳が離れていてもだ。
(わかるでしょ?ソロ。私じゃダメなのよ。今のジーナを助けるには、あなたじゃなきゃ……!)
「ジャンヌ……」
ジャンヌは敢えて言葉にせず、思いを込めた視線でソロに訴えかけた。アーデを通したテレパシーは使っていないが、長い間に培った信頼関係で二人はお互いの考えが理解出来るつもりだ。そんなジャンヌの想いに気付き、ソロは少し俯いた後、顔を上げてゆっくりとジーナに顔を向けた。
「ジーナ、聞いてくれ。俺達は君を傷つけに来たんじゃない、君を助けに来たんだ。だから、頼む。心を静めて聞いてくれ。……ジャンヌも、俺も、君に戻って来て欲しいんだ」
「ァ、ァァ……!」
初めは静かに聞いてジーナだったが、ソロの口からジャンヌの名前が出た途端、また涙をこぼして手を掲げた。すると、精霊達がまたあの光線を放ってくる。今度はソロだけに向けてだ。光線はソロの頬をかすめ、手足をわずかに焼いたがソロは動じていない。ジャンヌは思わず顔をしかめたものの、口をぎゅっと閉じて、二人を見守っている。そして、ソロはゆっくりと歩き始めた。
「大丈夫だ、ジーナ。何も恐がらなくていい。君の事は俺達が守る。そう約束しただろう?……そっちへ行くから、落ち着いてくれ」
「ア!アアッ……!」
少しずつ向かってくるソロを拒絶するように、ジーナは何度も精霊に命じて光線を放つ。その光線は近づく毎に、ソロの手足だけでなく身体を撃ち抜くこともあったが、それでもソロは歩みを止めない。二人の距離が縮まるにつれてジーナの抵抗は弱くなり、やがて、ソロが目の前に来た時、ジーナは震えながらボロボロと涙を流し始めていた。
「……すまなかった、助けに来るのが遅れたな。だが、もう心配いらないよ。一緒に帰ろう」
「ァァ……ソロサん。ゴめン、ごめんなサい。私ノ、せいデ……」
「気にするな、後は任せろ」
ソロがジーナを優しく抱きしめると、そんな二人を覆い隠すように肩に乗ったアーデが翼から闇を生み出し、労わるように二人を包み込んだ。瞬間、何かが砕け散る音がして、ジーナの胸元から赤い宝石が粉々になって消えていった。
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