倒れ逝く者達
「はああああっ!」
ライナスが裂帛の気合を込め、強く一歩を踏み出す。地面に小さな亀裂が走るほどの踏み込みは強烈な加速へと転化し、あっという間にグレッグの懐へと潜り込んだ。そして、右手に握った剣で、グレッグの胴へと斬り込んだ。
「むぅっ!?」
強烈な斬撃が、グレッグの鎧に触れた瞬間、グレッグは大きく開いた手を下ろしてライナスの肩を掴もうとした。
(なんだ!?この感覚……マズいっ!)
既に加護を発動させていたライナスは、彼の身体が見せた異様な筋肉の動きと、その行動の先が読めない事に恐怖を感じ、攻撃の手を途中で止めて咄嗟にそこから離れた。そのせいで、傷がついたのは鎧の表面だけだ。きっちりと攻撃を叩き込んでいれば、鎧を抜けただろうが、その時にはあの異常な何かにやられていただろう。ライナスの頬に冷たい汗が落ちていく。
グレッグは舌打ちをして、ライナスの顔を睨みつけている。
「小僧、よく躱したな。今の攻防、普通であれば何も感じずに終わりだったはずだが……これが勝負勘というものか?」
「さぁ、な……いや、な予感がした……だけだ」
ライナスの先見は、発動するとまるでレントゲンやCTスキャンをしたかのように相手の鎧や服を透過し、筋肉の動きを視られるのだが、それで視た今のグレッグの動きはかなり奇妙だった。ライナスの肩をただ掴むだけのような動作だったというのに、わずかに全身が沈んだように見えたのだ。それが何を意味しているのか、ライナスにはまだその答えが解らない。すると今度は、グレッグが動き出す。
「ふん。今のを単なる運の良さで済ますのは愚か者のすることよな。小僧、貴様は我が力の本質を見抜いていると考えるべきだろう。ならば、手の内を隠す必要もない……!」
「な、に……?っ!?」
グレッグはそう言い放つと、両手をダランと下げて構えを解いた。その直後、グレッグの身長がどんどんと縮んでいく。
「背、が……いや、違うっ!身体が、沈んで……!?」
「フハハハハッ!その目でとくと見ろ!そして味わうがいい、我が加護『岩間』の恐ろしさを!」
グレッグの巨体が縮んだように見えたのは間違いであった。グレッグの両足が、まるで水に沈んでいくように音もなく地面の中へと入っていくのだ。あまりにも不気味な事態に、ライナスは硬直し、身じろぎも出来なかった。その隙に、2メートルはあるグレッグの身体は地面の中へと消えた。
「バ、カな……これ、は、あの時の……親父、と同、じ……まさか!」
その時、ライナスの脳裏に過ったのは地面の中へと消えていく父の姿だった。ずっと探してきた父の仇……それが見つからずに、他の謀反人を始末することで鬱憤を晴らしてきた積年の感情がライナスの胸中を染めていく。気付けば、ライナスは笑っていた。
「フフフ、我が加護岩間は、己の身体を岩に通す能力……何の事はない、ただそれだけの力よ。しかし、この力はある一点に関しては飛びぬけた才能であったわ」
グレッグの声が地中から……いや、あらゆる場所から聞こえてくる。喋りながら移動しているのか、或いは、声だけを飛ばす事も出来るのかは解らない。だが、解っているのはこれが、脅威であるということだ。
「そう、人を殺すという事に使えばなっ!」
「っ!?」
その言葉と共に、グレッグの両腕だけが地中から伸びてきて、ライナスの足を掴もうとしてきた。ライナスは本能とかつての記憶で、その行動の意味を察し、素早く後方へ跳んで、その手を避けた。
(あの時、親父が地面に沈んで消えたように見えたのは、コイツに引きずり込まれたからか!だとしたら、掴まれるのはマズい!)
記憶の中にある、父の最期……あの時、ライナスの父ランディは、一切の抵抗も出来ずに地面へと消えた。そこから推測するなら、グレッグに一瞬でも捕まればそこで終わりだ。あっという間に地面の中へ引きずり込まれて、ランディと同じように地面に押し潰されて死んでしまうだろう。だが、ライナスの先見でも、地中深くに潜ったグレッグを見抜くことはできない。ライナスが勝つには、グレッグが地中から出てきた所を狙うしかないのだ。
「どう、する……?!このまま、では……」
しかし、それはあまりにも無理難題な勝ち筋だ。ライナスが気付いている攻撃のタイミングなど、グレッグ自身はとうに気付いているはずだ。だからこそ、彼はあえて自分の加護を晒し、地中からの攻撃をしてきた。当然、こちらの反撃にも対策済みだろう。それを掻い潜って、グレッグに攻撃を届かせなければならないのは、相当な難題である。
「フフフ、逃げても無駄だ。俺は地中から全てを見ているぞ?小僧。そうら、ここだ!」
「くっ!」
ライナスの足を狙って、再びグレッグの腕が地中から飛び出してきた。ライナスは瞬時にそれを避けてその腕を斬ろうとしたが、地上に出ている部分は小さく、またその動きもただ手を引っ込めるだけでいいグレッグに対して、ライナスは攻撃を避けてから反撃せねばならない。その動きの量が多い分、反撃は間に合わなかった。
それを何度か繰り返していると、ライナスは自分の背中が壁にぶつかった事に気付いた。
「壁、だと?……しま、った!」
「ククク、抜かったな、小僧!」
ライナスはいつの間にか、グレッグに壁際まで誘導されていたらしい。グレッグは、初めからこれを狙っていたのだ。最初に彼は壁の中から現れた、つまり、彼は地面だけでなく横方向にも相手を引っ張り込む事が出来る。地面と壁が一体になっているダンジョンという洞窟だからこそ、グレッグは姿をみせず自由自在に動けるのだ。
瞬時に気付いて動いたお陰で、なんとか身体を掴まれることだけは回避したライナスだったが、壁から伸びてきたグレッグの手でライナスの左腕は掴まれてしまった。そして、巨体通りの驚異的な腕力で、ライナスの左腕が壁の中へと引き込まれてしまう。
「ぐ!?ぐあっ!があああ、あああっ!」
「ハハハッ!このまま全身を引きずり込んでくれよう!」
「そ、そうは、させ……るかっ!」
壁の中に引き込まれた瞬間、強烈な圧迫感と共に左腕が潰れた感覚がして、ライナスは痛みのあまり絶叫した。そこから間髪入れずにグレッグがライナスの体までもを引き込もうとするのを察知したライナスは、無事な右腕で握った剣を使い、肩から下の左腕を切り落とした。
「ぐううううううっ、がっ、ああああ!」
「なんと!自分の腕を切り落としただと!?…………大した判断力だ。しかし、一時は逃れられても、その大量の出血では長くはもつまい」
「ぐ、ぐぐ……!」
その言葉のあと、ぐちゃりという音がして、もはや形も残っていないライナスの左腕が壁の中から放り投げられた。グレッグは恐ろしい男だ、ライナスがこのまま出血多量で命を落とすとしても、その時間を待つことはしないだろう。それを証明するかのように、洞窟全体から、グレッグの声が響く。
「大した根性だ、それだけは認めてやろう。流石はあの男の息子という訳か。だが、ならばなおさら、貴様はこの手で殺さねばならん。あの男を殺しただけでは、我が復讐は終わらぬ!皇帝への叛意を理由に、我が妻と両親、そして我が子を手にかけたその報いは、ヤツの息子である貴様にも払ってもらわねばな!」
皇帝への反逆……エンデュミオン皇国において、それは一族郎党をも巻き込んだ死罪となる重罪である。皇国の刃であるランディは、命令に従って粛々と己の任務をこなしたに過ぎない。しかし、グレッグはそれを逆恨みして、勝手な復讐心を育てていたのだ。その狙いを、エルドレッドに見込まれてスカウトされたのである。
「やはり、お前は父、のカタキ……お前、を殺すまでは……俺の、命……など……!」
復讐が復讐を呼ぶ地獄の連鎖の中で、ライナスは苦痛に塗れながらも笑みを絶やさなかった。見つからぬ父の仇を捜す内に、彼は多くの敵の命を奪ってきた。もちろん、それは任務の為であるが、そこに昏い悦びを感じていたのは事実だ。歪んでしまった自分の人生に安らかな終わりが来る事など期待していない。強いて言うならば、ジャンヌのような強く優しい女性に殺してもらいたかった、その程度のことだ。
だが、そんな望みよりもまず願うのは、ずっと探してきた父の仇を討つことである。それさえ叶うのならば、何もいらない。例えそれが自分の命であっても……それが、ライナスの本心である。
「……嬲るのはやめだ。一思いに死なせてやろう。それだけの覚悟を見せた、貴様への情けだ!」
うずくまるライナスの足元から声がして、グレッグから放たれる殺気がライナスにも届いた。そして、ライナスの身体を掴もうとグレッグの手が地中から伸びてくる。
「今、だっ!」
ライナスはその一瞬に全てを賭けて立ち上がり、その場でジャンプした。ここでグレッグの腕を躱せば、逆に伸びてきた腕を狙える。そうなれば、グレッグはたまらず地中から出て来るだろうそこが狙いだ。
「っ!?う、あっ」
しかし、大量の出血からか、ライナスは飛び上がる瞬間にめまいを起こし体勢を崩してしまった。そんな状態では高く跳びあがる事など出来ず、軸足が残ってしまう。その隙を、グレッグは見逃さなかった。高く跳びきらなかった足をグレッグの手が掴み、しっかりと握り締めている。そして、グレッグは勝ち誇ったように叫んだ。
「掴んだぞ!さぁ、このまま引きずり込んでくれるっ!」
「っ!ぐ、ぅわあああああっ!」
ぐちゃりと潰れる感覚のあと、再び想像を絶する痛みがライナスを襲う。だが、右足の膝までが沈み込んだ時点でライナスはまたニヤリと笑った。
「やはり、掴んだ……な、俺の、足を。……これ、で、終わり、だ……!」
「ぬっ!?う、うおおおおおっ!」
その瞬間、グレッグが掴んでいたライナスの足から猛烈な爆発が巻き起こった。自ら左腕を切り落としてうずくまっていた時、ライナスは強烈な爆発魔法を靴に仕込んでいたのだ。本来、足で魔法を使うことは誰もやらない行為だ。手とは違い、足では精密なコントロールが出来ない為に狙いが外れたり、自爆の恐れがあるからである。しかし、ライナスはあえてそれをした。仇を討つ為ならば、手足の一本や二本などどうなってもいいということだろう。
グレッグの加護はあくまで岩の中を通る能力である。彼自身は自由に岩の中を通れても、爆発に耐えられるような耐久力を持つわけではない。地中という逃げ場のない場所で、ライナスを引き込む為に彼の靴を握り込んでいた分、彼は成す術もなく爆発に巻き込まれた。
「オオオオオオッ!おのれぇっ、小賢しい小僧がああああっ!」
それでも、グレッグは生きていた。両腕は爆発でボロボロになりはしたが、まだ致命傷とは言えない様子だ。だが、傷ついたグレッグが地中から飛び出した時、そこには剣を構えたライナスが待っていた。
「待って、いたぞ……地中から、出て来る、この時を……!」
「き、貴さっ……!?がふっ」
ライナスの剣はグレッグの喉を貫き、グレッグは目を見開いたまま崩れ落ちた。そして、満身創痍となったライナスもまた、満足げに微笑んでその場に倒れた。
「仇は……とった、よ…………父さん………………」
ライナスの金色に光っていた瞳から輝きが消え、眠るようにその瞼が閉じられた。そんな彼の最期の呟きは、どこか満ち足りたものであった。
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