戦いの理由
「よし!これでいいわね。後は……アイツら次第、か」
ジャンヌは新品の革鎧を身に纏い、姿見で確認すると窓の外へと視線を向けた。ヴィヴィアンの攻撃でボロボロになってしまった鎧の代わりに、ジャンゴとアメーリアが提供してくれたのは、魔獣の皮をふんだんに使った革の軽鎧だ。ルイズベアと呼ばれる熊の魔獣は、背中に三つの大きな白い斑点模様を持ち、青みがかった黒い毛が特徴だ。それが斑点が大三連月に見えることからルイズベアと名付けられたらしい。ルイズベア自体も高い魔力を持っていて、革鎧としては最高級の防御力を誇る逸品である。
ヴィヴィアン達を退け、捕まえたジャンヌに、ジャンゴとアメーリアは土下座せんばかりに頭を下げた。二人はジャンヌの持つ魔力の凄まじさと、それを身体能力向上に全振りした驚異的な能力を全く知らなかったのだ。その力を目の当たりにして、二人はようやく自分達の過ちを完全に認めたらしい。せめてもの罪滅ぼしにと、高級宿にも匹敵する待遇で一晩ゆっくり休ませてくれた上、革鎧まで用意してくれたのである。お陰で、体力と気力は十分回復出来た。後は、ヴィヴィアン達からエルドレッドの情報を引き出すだけだ。
革鎧の下のシャツとパンツは、ジーナが用意してくれたものをそのまま使っている。ジーナの加護の力なのか、この服はどんなに汚れて傷ついても時間と共に再生する。正確に言えば、元の状態に戻るのだ。ほのかに魔力も宿っていて、ジャンヌの身体に完璧なまでにフィットするのだから、手放す気にはなれなかった。
割り当てられた客間から出て、階段を降りて行くと、リビングではジャンゴ達とソロ、そしてライナスとマーロが仲良く談笑している所だった。ジャンヌは思わずズッコケそうになった後、足音を強く立てながらそこへ乗り込んでいく。
「ちょっと!なんで、マーロが牢から出てるのよ!?」
「おはよう、ジャンヌ。情報を話してもらう為だ、仕方ないだろう」
「だからって……!」
「まあまあ、久し振りなのにつれないな、ジャンヌ君。ちゃんと話をするし、もうやり合うつもりはないんだから大目にみておくれよ」
「何が大目によ!あのメタノイアがどれだけの事をしてるか解ってるの!?どうしてあんな奴らの仲間なんかに!」
「言いたい事は解るけど、どうしてなんて聞くまでもないだろう?僕がそこにいるのは、そうするべきだと思ったからだよ。今までも、これからもね」
「っ!」
マーロはそう言うと子供のように笑ってウィンクをしてみせた。彼の答えはすなわち、占いで未来を見通したからに他ならない。彼の行動は、彼が見た未来の実現の為に必要なことばかりなのである。ジャンヌは今までの付き合いと経験から、それを熟知しているので、それ以上追及できなくなってしまった。ただ、このまま退くのも癪なのでもう一歩だけ踏み込んでみる。
「必要だったっていうなら、どういう未来を見たのよ?それくらい教えてくれてもいいんじゃない?」
「ダーメ。知ってるだろ?僕の占いは確定事項じゃない。あくまで無数の未来の中で可能性の高いものが見えているだけなんだ。数分後ならともかく、それ以上先になると、ちょっとしたことで未来はすぐに変わってしまう。特に、それを知っている人間が増えれば増えるほどね。それでソロにも勝てなかったんだけど……とにかく、余計な事は教えられないよ」
「なによそれ!それじゃあんたの言ってることだって証明できないじゃない!なんでもいいから教えなさいよ……!」
「イタタタッ!?君の馬鹿力でアイアンクローはダメだっ、死んじゃうってば!?あばばばば!」
八つ当たり半分のジャンヌの締め上げは、マーロに相当なダメージを与えているようだ。ソロはそれが彼への罰だと思っているのか、少し時間を置いてからようやく止めに入った。
「ジャンヌ、その辺にしておけ。少なくとも、奴らの居場所くらいは答えてくれるはずだ。そうだろ?マーロ」
「ソロ……解ったわよ。まったくもう」
「あー……死ぬかと思った。もうちょっと早く止めてくれてもよかったよね?ソロ。…………解ったよ、答えるよ。彼らの居場所か、といっても、もう僕に聞かなくても解ってるんじゃないのかい?恐らく彼らは今頃、ベヘモトの大顎にいるよ。たぶん、もう最奥まで着いてるんじゃないかな」
「ベヘモトの……ということは、奴らは本当にカタストロフとやらを解放するつもりなのか?」
「まぁ、間違いないね。僕を勧誘してきたのも、その為の手伝いをしてくれって話だったし」
「でも、ちょっと待ってよ。おかしくない?あいつらって貴族や王様を滅ぼすことが目的だったんでしょ?星を滅ぼすようなカタストロフなんてのを解放しちゃったら、全部おしまいじゃない。自分達の身まで危険に晒すつもり!?」
その疑問はもっともだと、ソロは思った。というより、ソロも同じ事を考えていたのだ。ジャンゴ達から改めて話を聞いたが、やはりカタストロフは危険な代物であることに間違いはない。そんなものを解放してしまえば、いかに不変という強力な加護を持つエルドレッドであっても耐えられるとは思えない。よしんば、エルドレッドがカタストロフの力に耐え得ることが出来たとしても、彼一人だけが生き残った星でどうするつもりなのだろう。まだ何か、自分達の知らない事が隠されているのではないか?という思いがソロの中に渦巻いていた。
だが、マーロから返って来たのは予想を下回るものであった。
「それは僕も思ってたんだけどね。残念ながらそれに答えるものを僕は持ってないんだよねぇ……」
「どういう意味?」
「そのまんまだよ。僕は知らないんだ、彼が何を考えているのか、君達も知っている表向きの理由しか教えてくれなかったよ。ああいうタイプは、誰も他人を信用していないんだ。きっと、目的の為なら全ての人間を切り捨てても構わないと思っているだろうね」
「そんな……!?」
「…………その、感覚、は正しい……と、思う。俺、は昨夜、奴らが助けに来ないか、ずっと……牢を、見張っていた、が、誰、も来なかった」
「確かに。実力はあっても人員の数が圧倒的に少ない奴らにとって、仲間が減り、情報が洩れるのは一番あって欲しくない事態のはずだ。出来るならば助けるか、或いは情報漏洩を防ぐ為に抹殺しにくる可能性は高い。事実、奴らは標的の元へ一瞬で移動する技術も持っているしな。こちらの警備を掻い潜る方法はいくらでもあるだろう。それをしないということは……」
ソロはその先を語らなかったが、その場の全員がそれを理解していた。つまるところ、ヴィヴィアン達は見捨てられたのだ。エルドレッドは彼らを助けに来る事もしなければ、秘密保持の為に処刑を選ぶこともしないのは、マーロに対してのように、予め与える情報を制限していたからだろう。もはや、マーロ達から得られる情報など、彼らには守るほどの価値が無いのだ。
「こうなったらもう、とにかく行くしかないわね。そのベヘモトの大顎ってトコに!あのエルドレッドを直接捕まえちゃえば、何を企んでるかも全部わかるでしょ」
「……やれやれ、またずいぶんと力業になるが、まぁ、それが一番確実か」
「行くなら早い方がいいよ。さっきも言ったけど、たぶん彼らはもういつ封印を解いてもおかしくないはずだ。何しろ、今の管理者であるアネット君とレイモンド君が向こうについているからね」
「よぉし!今度こそジーナを助けて、エルドレッドをボコボコのギッタギタにしてやるわ!」
ジャンヌが高く拳を掲げて宣言すると、ソロとライナスが強く頷いた。決戦の地で、メタノイアとの最後の戦いが始まろうとしていた。
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