地の底で
「ヴィヴィアン達が戻ってこない?……返り討ちに遭ったのか?まさか」
果てしなく続く、巨大な通路の真ん中で、エルドレッドが呟いた。通称、ベヘモトの大顎と呼ばれるこの場所は、この星に造られた原初のダンジョンであり、かつてはこの通路も、強大なモンスター達がひしめき合う地獄のような場所であった。
しかし、今となってはモンスターなどどこにも見当たらない。この通路を歩いているのも、エルドレッド達だけだ。
エルドレッドの隣に立つ騎士風の姿をした大男——グレッグは、その威圧感たっぷりの四角い顔をさらにしかめて口を開いた。
「救援に向かいますか?」
「ふ、今はそんな事にかかずらっている場合じゃないよ。マーロの占いは惜しいが、ここまで来ればもう必要ない。要済みだ。ヴィヴィアンも、赤鬼もね」
エルドレッドはニヤリと笑って後に続く者達へ視線を投げた。ジャンヌの妹・アネットとその婚約者・レイモンド、そして、口枷と手枷をされたジーナの三人は、そんな彼の視線に驚き戸惑っているようだ。赤鬼ことゴーシュはともかく、ヴィヴィアンはあれだけエルドレッドを慕い、また彼も目をかけていたのを全員知っている。そのヴィヴィアンを切り捨てる判断をエルドレッドがするとは思っていなかったらしい。
ゾッとするような冷たい視線に射抜かれたアネットは、身体を震わせつつ、エルドレッドの言葉を待った。
「アネット君、この先の門を抜ければ最深部だ。カタストロフはそこにあるとみて間違いないね?」
「は、はい、間違いありません。けれど、お父様やお母様が健在だとしたら、封印は……」
「君達二人が出会った時点で、封印の管理者権限は君達に移譲されているんだろう?なら、そこまで心配する必要はないさ。僕が君らの両親を始末するよう命じたのは、念の為だからね」
エルドレッドは事も無げにそういうと、再び前を向いて歩き始めた。どうしてアネットやレイモンドが彼らと行動を共にしているのかと言えば、それはメタノイアの目的が、王侯貴族の廃滅にあるからだ。エルドレッドを始めとしたメタノイアの戦力は非常に高く、アネットやレイモンドでは到底太刀打ちする事は出来ないだろう。だが、一年前に接触してきたエルドレッドは、二人が彼らの仲間となり、カタストロフの封印を解く手伝いをすれば見逃してくれると約束してくれた。
それどころか、現行の貴族達がいなくなった新しい社会の秩序と統制下において、今以上の地位を与えてくれるというのだ。特に権力欲と上昇志向の強いレイモンドはその話に飛び乗り、アネットもまた、命惜しさとレイモンドの為、メタノイアへ参加することにしたのである。
(それにしても、エルドレッド様はどうしてカタストロフを欲しがるのかしら。彼らの力、それに今この場にいない構成員達の力も合わせれば、カタストロフなどなくとも、星中の貴族を滅ぼす事など不可能ではないはず……なのに、どうして?)
アネットは緊張しながらも、そんな疑問が頭に湧いて離れなかった。聞いてみたいことではあるが、素直に答えてくれるだろうか?だが、余計な事を聞いてエルドレッドの心証を悪くすれば、その場で斬り捨てられるかもしれない。そう考えると恐ろしさが勝って、とても質問する気にはならないようだ。そして、気になることはもう一つある。
(この子、ジーナと言ったわね。お姉様の傍にいた子よね。この子は特別な加護を持っているらしいけど、この子を連れて行くことにどんな意味が?とにかく解らないことだらけだわ。けど、迂闊な事を聞いて不興を買ったら……)
そもそも、自分とレイモンドは彼らが滅ぼすべきとするれっきとした貴族だ。容赦なくあのヴィヴィアンを切り捨てるエルドレッドを怒らせるのは得策ではないだろう。しかも、アネットは両親をも生贄に捧げたようなものだ。今はただ、黙って従うしかないのである。
(でも……もし、ヴィヴィアン達が失敗したのだとしたら、お父様やお母様は無事ということ?それなら…………ううん、そうだと、いいな)
先程エルドレッドが言った通り、カタストロフの封印は、当代の銀の魔女と銀の騎士が出会った瞬間からその主権者が切り替わるという。アネット達の場合は、五年前、二人が初めて出会ったレイモンドの誕生記念パーティの時だ。アッシャー男爵家に、パルテレミー家とは血縁のない銀髪の子がいる、そんな噂が流れていた為、両親はアネットを連れてレイモンドの誕生パーティに参加したのだ。
(レイモンドと顔を合わせた瞬間、何かがガッチリとはまったような感覚がした。それから着実に魔力が伸びて……力がついてきた気がする。なのに、私は……)
じっと自らの手を見つめ、アネットはその中を流れる血を想像する。ジャンゴもアメーリアも、アネットを優秀だと褒め称えてくれはしたが、アネットにはそこまでの自信はなかった。魔力の量こそ常人より少し多いが、取り柄と言えばただそれだけ。加護も持たず、特別知恵に秀でている訳でもない。精々、秀才が関の山だろう。先祖が銀の魔女であるということに、アネット自身も誇りを持っていた分、自身への落胆は誰よりも大きかったようだ。
ゆえに、貴族としての責務を果たさずに逃げたジャンヌには本当に失望した。しかし、本当は解っていたのだ、あの家で誰がもっとも優秀だったのか。魔法が使えないとはいえ、ジャンヌの魔力は群を抜いていた。ジャンヌが家を出て行く前、まだ飼育小屋で生活をしていた頃、アネットは姉と遊んでみたくなり夜中に両親には内緒で飼育小屋へ行ったことがある。彼女はその時に見た、生命維持の為に本人の意思とは無関係に大逆転が発動し、眠りながら金色の輝きを放つジャンヌの姿を。
幼いアネットはその力に圧倒され、声をかける事も出来ずに自分の部屋へ逃げ帰った。その夜の事は誰にも言い出せないまま、ただ畏怖と畏敬の念をジャンヌに抱き、アネットは成長していったのだ。
(あの時、勇気を出してお姉様に声をかけられていたら……何か違っていたのかも。そうしたら、普通の姉妹くらいにはなれたかもしれないわね。こんな子を大事にしていたくらいだし)
すぐ傍でフラフラと歩くジーナを横目に、アネットは胸の中で溜息を吐いた。今ならば、ジャンヌがあの家でどんな扱いをされていたのかも理解できる。だからこそ、その仮定はあり得ないことだ。それが解っていても、頭のどこかで考えてしまうほど、アネットの心の奥底にはジャンヌへの想いがあるのだった。
そのまま、ダンジョンの通路を奥へと進んでいくと、そこにはとても巨大な、金属で出来た扉が待ち構えていた。これこそ、最初にエルドレッドが言っていた門だろう。この門を通った先に、カタストロフが封じられているのだ。封印の管理者だからなのか、アネットは門の前まで来ると、その奥に強烈な魔力が渦巻いていると感じた。かつて、銀の魔女さえコントロールしきれなかった強大な力……こんなものを、エルドレッドは解放し、手に入れようとしている。それが、アネットに震えるほどの恐怖を与えていた。
「これが、カタストロフを封じた門か。……なるほど、確かに素晴らしい力を感じるよ。ようやくここまで来た。後は、これを開けるだけ。フフ、楽しみだな」
「わ、解るのですか?カタストロフの力が……」
「まぁね。君達はもっとよく解るんだろう?なんせ、君達があれを封じているんだ。どうだい?感想は」
「わ、私は……恐ろしい、としか」
「自分は、ワクワクします。これで、星が変わるのですね」
怯えるアネットとは対照的に、レイモンドはまるで少年のように顔を綻ばせている。そんな二人の様子にエルドレッドは満足したのか、門の前に立ち、笑みを浮かべるのだった。
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