友情の喧嘩仕草
「……さて、ここからだね。どう戦うか」
ローブを脱いだマーロは少年のような見た目をした男性だった。外見的には、まだ10代前半のジーナと変わらないような年齢に見えるが、彼はれっきとした成人で、なんならソロよりも実年齢は上である。マーロは幼さの残る顔立ちで、ソロの攻略法を考えているようだった。
(まさか、マーロがメタノイアに……しかし、いくら相手がマーロでも……た、戦えるのか?)
一方のソロは激しく動揺し、完全に攻撃の手が止まってしまっていた。何故ならマーロは、ソロがMIRAになるよりも前、魔法師団へ入団しようと田舎から帝都へ出てきた頃に知り合った友人だったのだ。当時はただの占い師として働いていたマーロだったが、この頃のマーロは今よりも人付き合いが苦手で、自身が経営する占いの館から一歩も出ない引きこもり状態だった。
そんな時、彼は偶然、帝都で暴れていた犯罪者集団の秘密を知ってしまった。犯罪者集団といっても、そいつらは半グレの集まりのようなものでNeckとも言えないような連中だったのだが、そういう連中だからか、かえって加減を知らず秘密を知ったマーロを殺してしまおうと考えたらしい。その襲撃現場に居合わせたソロが、見事に半グレ集団を撃退したのだ。そこから、二人の友人関係が始まったのである。
幼い頃から人を寄せ付けなかったソロにとっては、生まれて初めて出来た友人であり、何よりも話してみれば非常にウマが合うという無二の友人だったのである。そんなマーロが敵に回ってしまった事に、ソロはショックを隠し切れないようだった。
「…………よし、やっぱりあれでいこう。ゴーシュ、準備を」
「ふん!」
そんなソロを尻目に、どこか楽しそうなマーロがゴーシュに指示を出す。当のゴーシュはつまらなそうにしているが、マーロに逆らう事はしないようだ。それだけ、ソロが一人で立ち向かうには分の悪い相手だと認識しているということだろう。或いは既に、作戦を考えていたかのような手際の良さだ。
ゴーシュは紅い手甲を握り締め、拳同士をぶつけた。すると、そこから火花が散って、それが複数の火球へと変化する。先程のソロが放った炎の塊よりは小さいが、相当な熱量が感じられる火球だ。そして、その火球をゴーシュは勢いよく殴りつけた。
「ハッ!?」
殴られた火球は信じ難いスピードでソロへと飛び込んでいく。動揺のあまり前が見えていなかったソロが、目前へと迫る火球に気付いた瞬間、ソロの魔力から雷が発生して、次々に火球を撃ち落としていった。
「……おい、防がれたぞ?」
「ああ、ソロは敵の魔法をオートで防ぐ魔法を展開しているからね。でも、それでいい。そのまま続けて」
マーロは、それを見越していたかのように攻撃を続けさせた。ゴーシュは不満そうにしつつもそのスピードを最大限に活かし、目にも留まらぬ速さで火球を生み出しては、それをソロへとぶつけようとする。
「くっ……!俺は……っ」
そんな状況でも、ソロは未だ反撃できずに防御するだけであった。メタノイアに対しては容赦しないと決めていても、それが友人となれば話は別だ。本音を言えば、マーロと戦うことなどしたくはない。だが、ここで見逃す事もできないのだ。彼らの狙いは、ジャンヌの養親であり、またこの星を滅ぼしかねないカタストロフの封印なのだから。
(そうだ。このまま怯んでいる訳にはいかない。せめて、ゴーシュだけでも倒してしまえば……マーロなら、話せばわかってくれるはずだ!)
「やるしか、ないっ!」
「……今だ!ゴーシュ、右にあれを放てっ」
「おうっ!」
ソロが覚悟を決めて動き出した瞬間、マーロの指示が飛び、ゴーシュは腰に提げていた袋から何かを取り出し、勢いよくそれを投げた。
「なにっ!?ぐふっっ!」
風を切り、ソロの腹にめり込んだのは、小さな金属の弾だった。魔力も何も込められていないただの弾丸。しかしそれは、今のソロに対しては極めて有効な特効の武器だ。ここにソロがいることなど予想すらしていなかったはずのゴーシュが用意していた鉄の弾……それこそが、マーロという男の最も恐ろしい能力を示すものである。
星読みのマーロ……彼の加護『星読み』から名付けられた異名だが、彼が行う星読みと名付けた占いは、極めて高精度に未来を見通す予知や予言に匹敵する技術である。占いを行う時点から近い未来であればあるほどその結果は的中率が上がり、およそ直近5分から15分まで先の時間においては、ほぼ確定と言える精度を誇る。また、占う内容によってもその結果は変わるようだ。
マーロは、出発前に襲撃についての占いをしていて、鉄の弾が必要になる未来を予測していたのだ。
「魔法ではなく、魔力すらない鉄の弾……それを魔法の合間に投げられては流石のソロでも対処しきれないようだね。……次、左方向30度に!」
「くっ!?」
ソロが慌てて回避しようと動いた先へ、再び鉄の弾が投げ込まれた。ソロは成す術もなくそれを食らい、身体にはいくつもの傷が増えていく。ソロがマーロを敵に回すことで、最も恐れていたのがこれだ。マーロはほぼ完璧な形で、相手の動きを読む事が出来る。だが、能力はあっても身体的には常人と変わらないマーロだけなら、例え動きを読まれてもそれほどの敵にはならないが、マーロの読んだ占いによる未来を利用できる人間がそばにいたならそれは今のように恐るべき強敵へと変わる。マーロはサポーターとしてこの上ない能力の持ち主なのである。
それから何度、そのやり取りが繰り返されただろう。既にソロの身体はボロボロで、空を飛んでいるのもやっとの有り様だ。そして、飛べなくなれば、ゴーシュとの接近戦に持ち込まれてしまう。そうなれば、もはや勝ち目はないだろう。
(……やるね、ソロ。ここまで長引く前に終わる未来は何度もあったはず……だけど、君は無理矢理に未来を変えてしまっている。だが、その代償は大きいだろう。このままではソロが死んでしまう、早く終わらせなくては)
「ゴーシュ、残弾は?」
「あと4~5発だな。まぁ、奴があそこまで弱ってくれば、仕留めるのはそう難しくなかろう。やはり最後は、この手でヤツの首を獲りたいところだしな!」
ゴーシュは薄笑いを浮かべて、ソロが抵抗出来なくなるその瞬間を心待ちにしているようだ。マーロは複雑な内心を隠しつつ、最後の指示を飛ばす。
「……では、ケリをつけよう。残り全てを一気に正面からやや右に。それで終わるはずだ」
「おう!」
ゴーシュは迷いなく火花を火球に変えて飛ばし、その後を追うように鉄の弾を思いきり投げつけた。その弾が全て当たれば、もうソロの身体が耐えられないのは明白だ。だが、素早くそれを躱すだけの体力は、もうソロには残されていない。真っ直ぐに放たれた弾丸がソロに命中するその寸前、奇妙な事が起きた。全ての弾が、ソロが持つ槍杖の先端に引き寄せられてくっ付いたのだ。
「なにっ!?」
「あ、あれは?!……まさかソロ、雷魔法を応用して、杖の先端に磁力を持たせたのか!?」
「ふ、ふん!しかし、あの弾を防いだところで、もはや奴に打つ手は……な、なんだ?」
「来たか、アーデ……!どうにか、間に合ったな」
俄かにゴーシュとマーロの周囲が闇に染まり、二人はハッとして空を見上げた。そこには月白の羽毛を輝かせたアーデの姿が浮いている。そう、ソロはこの時を待っていたのだ。魔力車で待機しているアーデとライナスが異常に気付き、パルテレミー邸にやってくるのを。
「アーデかっ!?」
マーロはアーデの姿を確認したと同時に、占いで数分先の自分を視た。そこには、敗北し、手足を縛られているゴーシュと自分の姿が見える。彼にはソロのように、見えている未来を捻じ曲げるほどの実力はない。マーロは観念して、その場に座り込んだ。
「マーロ、どうした!?」
「……どうもこうもないさ。時間切れだよ、僕らの負けだ。アーデとソロが揃った以上、僕らに勝ち目はないさ」
「っ、ふざけるな!あんな使い魔一匹が来た所でなんになるというのだ!?ええい、貴様などもういらぬ、奴はこの手で……っ!」
だが、それ以上の言葉をゴーシュは口に出せなかった。闇が染み出すアーデの翼から、星の輝きにも似た光が既に彼を狙っていたからだ。そして、その光はゴーシュに降り注ぎ、彼の意識を刈った。それを見届けたマーロは、溜息を吐きながら小さく呟くのだった。
「だから言ったのに。……あーあ、やっぱりソロには勝てなかったか。まぁ、友達と本気で喧嘩するってのも悪くないかも、ね」
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