星を滅ぼす力
どのくらいの時間が経っただろう?時間にすれば数十分だろうが、その場にいた全員にとっては永遠にも等しい時間が過ぎていたはずだ。そんな静寂が支配する空間で、最初に口を開いたのはソロだった。
「……失礼。今のジャンヌの話を聞いて気付きましたが、お二人はアクシア公爵の事をご存じだったのですか?」
「…………ご存じも何も、我がパルテレミー家とアクシアは……いや、そうか。そんな歴史さえも、先帝は無きものにしたのだったか」
ジャンゴは溜め息交じりにそう呟くと、天を仰いで硬く目をつぶった。そこから続く言葉が何なのか、ジャンヌとソロは固唾を呑んで見守っている。
「サマーヘイズ君もジャンヌも、銀の騎士と銀の魔女の物語は知っているだろう?……あれは絵本などにもなっているからな、この国の人間なら、知らぬ者はいないはずだ」
「ええ、私達の……いえ、パルテレミー家の先祖が、銀の魔女だと」
「ふ、言い直さなくとも私達で間違っておらんよ。お前が本当に、アクシア家の血を引く人間であるならばな」
「え?それって、どういう」
「待て、ジャンヌ。銀の魔女がパルテレミー家の先祖で……まさか?!」
「流石にサマーヘイズ君は察しがよいようだな。そう、そのまさかだ。……無数に生まれる怪物達の元凶、星を滅ぼす力と戦い、それを封じた銀の魔女と銀の騎士。その最初の銀の騎士が、アクシア公爵家の祖先だったのだ」
「ええっ!?」
ジャンゴの発言にもっとも驚いたのは他でもないジャンヌ自身だった。あの真実を告げた時から、自分とこの家の繋がりは完全に断たれると信じていたはずが、予想外な所から再び繋がったのだ。ジャンゴやアメーリアとの縁を断ち切りたい訳でもなかったが、この期に及んでそれが切れないというのも蟠りが残る。そんなジャンヌの驚きを無視してジャンゴは話を続けた。
「500年前、かつて狂王アグリッパがこの星の統一を掲げて戦乱を起こした頃。人々は心身ともに疲弊しきっていた。モンスターを生み出し続け、人類を存亡の危機に晒すダンジョンの存在と、大三連月がもたらす魔力によって力を得た魔獣達……それに加えて、アグリッパの巻き起こした戦争だ。一つ戦端が開けば、次々に野望と野心を秘めた者達が立ち上がって来る。中でも厄介だったのは、自棄を起こした者達だ。刹那主義に駆られ、奪われるくらいなら奪ってやろうと、荒れた人心は更なる不幸を呼び続ける。我らが祖先、銀の魔女ジェニファー・パルテレミーは、その状況を変えるべく立ち上がったのだ。恋人であった、レオン・アクシアとな」
「レオン……それが、私の……」
「銀の魔女ジェニファーは、当時、魔法に関しては並び立つものがいなかったというほどの天才だった。だが、彼女が天才的だったのは、魔力を扱う事に特化した加護を持っていたからだ。大三連月の光から溢れ流れ込む魔力を河に見立て、彼女はその加護を『銀河』と名付けていた。そして、ジェニファーはその銀河による膨大な魔力を使い、人々を苦しめる根源を消し去ることを思いついた」
誰かがごくりと息を飲む音がして、ジャンヌはハッとしてジャンゴの顔を見た。目が合ったジャンゴは、ふっと小さく息を吐く。
「我がパルテレミー領の北部には、最大級の大きさを誇ったダンジョンがあったのだ。通称、ベヘモトの大顎……記録によるとその中心は、星中のダンジョンと繋がっていたらしい。というよりも、ベヘモトの大顎から各地のダンジョンが生まれたらしいのだがな。ともかく、その全ての中心へ向かったジェニファーは、モンスターを退けながらあるものを創り出した」
「あるもの?」
「そうだ。そもそもダンジョンがモンスターを生むのは、その中にダンジョンコアと呼ばれる核があったかららしいが、そのダンジョンコアは大三連月と同等か、それ以上に魔力を含んだ一種の生物であったらしい。ジェニファーは魔力を操る銀河で、大三連月の魔力だけでなくそのコアからの魔力をも利用し、逆に全てのモンスターを消滅させる力へと変換させた。それこそが……カタストロフだ」
「モンスターを、消滅させた……では、冒険者達がダンジョンを攻略したというのは」
「全てが間違いだったのではないだろう。実際に、冒険者の手によって治められた小さなダンジョンもあったはずだ。だが、真の意味でダンジョンからモンスターを消し去ったのは、カタストロフの力によるものだよ。それを知っていたのは、歴代皇帝とアクシア家、そして我がパルテレミー家のみだがね」
「ど、どうして?そんな偉業なら、大々的に知らしめれば……」
「残念ながら、それは出来ん。何故なら、カタストロフは今も生きているからだ。……銀の魔女ジェニファーはカタストロフを創り出し、モンスターを消滅させることには成功したが、それを完全にコントロールする事は出来なかった。ジェニファーの手を離れ、次第に暴走を始めたカタストロフは放っておけばダンジョンだけでなく、この星の全てを飲み込み、消し去ってしまうほどの恐るべき力を持っていた。それ故に、ジェニファーは……いや、我が一族はカタストロフを封じ続けなければならなかったのだ」
「それがパルテレミー家が封じてきた力……の正体という訳ですか」
ソロがそう言うと、ジャンゴは深く頷いてみせた。そして、顔をしかめて再び口を開いた。
「先程話したように、ジェニファーは単独でカタストロフをコントロールする事は出来なかった。そして当然ながら、封印も単独では不可能だ。そこで、彼女は共に戦ったレオンに自らの魂を分け与え、彼を銀の騎士とした。おかしいと思わなかったか?銀髪が我がパルテレミー家のみに現れる髪色ならば、最初の銀の騎士はどこからきたのかと……その答えがこれだ。二人は魂を混ぜ合い、力を相乗させてカタストロフを封じたのだ。同時に、カタストロフの力を利用し、それが生きている間は常に封印が維持できるよう、銀の魔女都銀の騎士が揃う事を望んだ。我が一族に銀髪の子供が産まれれば、同じくどこかで対となる銀髪の子が産まれるよう仕組みを作ってな。そして、それを皇帝に伝え、そこから皇国全体に知らしめたのだ」
(ああ、そうか。それで、この人達は……)
ジャンヌはその時初めて、ジャンゴ達があれほど銀髪の子に固執していた意味を理解した。人々を救う為に、星を危険に晒す存在を創ってしまったことへの責任が、パルテレミー家に圧し掛かっているのだ。その封印を維持する為に、パルテレミー家の子供は銀髪でなければならなかった。どこかで産まれてくる、対となる子供の為にも。
そんな重石のような思いがあったのなら、ジャンヌが銀髪でないと知った時の彼らの落胆は、相当なものであっただろう。代々受け継がれてきた使命を果たす事が出来ないとなった時、どれだけショックに打ちひしがれたか想像するのは容易い。恐らくだが、ジャンゴ達にはカタストロフが生きているかどうかを知る術があるのだろう。そう考えれば、なおさら次代の銀の魔女と銀の騎士が揃わないかもしれない事態は、彼らに絶望や焦り、そして怒りをもたらしたはずだ。
現在の銀の騎士がアッシャー男爵家のレイモンドであるように、銀の騎士はアクシア公爵家だけのものではないが、最初の銀の騎士がアクシア家所縁のものであるなら、アクシア家の血を引くジャンヌも他人事ではないということだ。複雑に絡み合った因縁が一つにまとまっていくような、そんな感覚がジャンヌの中に芽生え始めていた。
一方、ソロは記憶の片隅にあったカタストロフという名が引っかかり、それを引き出そうとしていた。
(しかし、カタストロフとは、どこかで……………………そうだ。ソワレという街にいた、ポンザという男が口にしていたのも、カタストロフだった。そして、そのポンザを護衛していたのが、銀の騎士レイモンド……もしや、エルドレッド達の目的は)
「……すみません、ジャンゴ様。我々が今日伺ったのは、メタノイアという組織の情報を得る為だったのです。その組織の構成員と、アネットさんとレイモンド君が一緒に行動しているようでして、何かご存じではありませんか?」
「いや、確かに二人ならここ数日戻ってきていないが、メタノイアというものの事は何も知らん」
「え?でも、星中の貴族が狙われているのに」
「何の事だか解らんが……そのメタノイアというのが、我々貴族を狙っているというのか?」
「そうです。そして、過去にそのメタノイアと関りを持つものが、カタストロフの名を口にしていました。本当に、何もご存じないのですか?」
「バカな……!カタストロフの名を知っているのは、アクシア家亡き今では我が家と皇帝の一族のみ…………まさか、あの子達が?!」
「そのまさかかも知れません。メタノイアは、そのカタストロフを使って何かしでかそうとしているのかも…………なんだ!?」
その時、突然屋敷の外で激しい爆発音がした。慌てて窓から外を覗くと、そこには頭からすっぽりと怪しげなローブを被った人物と、エメラルド色のツインテールを揺らした女、ヴィヴィアンの姿があった。それはようやく、ジャンヌ達とメタノイアの影がぶつかり、重なり始めた瞬間であった。
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