告げられた罪
――パルテレミー邸。帝都に程近い場所にある、伯爵領としては小さな領地パルテレミー領。その中央に位置する領都パルテノに、その屋敷は存在する。
「パルテノ、か……家を飛び出して以来だわ」
ジャンヌはポツリと呟きながら故郷の街並みを見つめていた。だが、街の中を歩いたのは五年前に家を出たあの日だけである。生まれてから十五年間はこの街にいたはずなのに、ジャンヌには街の中を歩いた記憶がないのだ。当時はそれについて何も思っていなかったが、あれから五年間、ソロと共に旅をしてきた中で、それが異常な事だったと気付かされた。今更あの頃の暮らしについて文句を言うつもりはないが、あの時、もっときちんと不満を口に出せていたら、或いは違う人生もあったのではないか?そんな風に思うことはあるようだ。
前を歩くソロは、思い詰めた表情で街の中を進んでいた。伯爵邸があるにも関わらず、この街はどこまでも平和で、メタノイアがあれほど暴れていることなど微塵も感じさせない穏やかな空気が流れている。エンデュミオン皇国内でも貴族の屋敷がない村や街は襲撃の対象になっていない為、こうした平和そのものな場所も少なくないのだが、パルテレミー伯爵の屋敷があるというのに平和でいられるのは、やはり異常だ。ソロはジャンヌの見立て通り、パルテレミー家とメタノイアの間には何らかの繋がりがあるのは間違いないと感じていた。
「ここが、パルテレミー家の屋敷か。確かに大きいな」
しばらく歩いて辿り着いたパルテレミー邸は、まさに白亜の豪邸と表現して差し支えない屋敷であった。流石に歴代皇帝から重用されてきただけあって、その威容と歴史を感じさせる佇まいは圧倒的である。貴族の屋敷はどれも立派なものだが、これは別格だ。伯爵よりも爵位が上な、公爵の邸宅に匹敵するほどの大きさと立派さである。大きな門の前には私兵が二人立っていて、門の向こうには背筋を伸ばした中年のメイド、メイド長のスーラが立ち、ソロ達を出迎えている。
「ようこそおいで下さいました、バーソロミュー・サマーヘイズ様。主がお待ちでございます。」
恭しく頭を下げたスーラは、チラリと視線を二人に投げた。ソロはともかく、後ろにいるジャンヌが何者か疑問を抱いているのだろう。ジャンヌは拒絶されないよう、姿隠しの効果を持ったローブを着ているので、それがジャンヌだとは気付かれなかったようだ。とはいえ、表立って咎める事もなく、二人はスーラの案内で屋敷の中へと通された。
玄関へ入る直前、ジャンヌはふと、かつて自分が暮らしていた飼育小屋の方を見た。しかし、飼育小屋は既に取り壊されてしまったのか、影も形もない。改めて、ジャンヌはここにもう自分の居場所はないのだと感じ、苦笑しながら玄関を通った。
そのまま手入れの行き届いた廊下を通り、案内されたのは、大きな応接室である。応接室といっても、その部屋は格段に大きく、城の大臣達が集う会議室のような広さだ。これだけの部屋を用意できるのであれば、わざわざアネットの為にジャンヌから部屋を取り上げる必要などなかっただろう。つまり、ジャンヌが飼育小屋へと追いやられたのは、彼女を虐げるためだけの行いだったということだ。ソロはそれに思い至り、歯噛みするような憤りを胸に抑えつつ礼をして部屋の中へと足を踏み入れた。
「失礼致します。パルテレミー伯爵、並びに伯爵夫人、本日は貴重なお時間を作って頂き誠にありがとうございます」
「ようこそ、サマーヘイズ君。いつぞやのパーティ以来かな?まさか、君ほど優秀だった男が、魔法師団長を辞めて国を飛び出してしまうとは思わなかったよ。しかも、連れて行ったのが、アレとは……天才の考えることは理解し難いものだね」
「……私が国を出たのは、当時皇女だったイェルダ陛下の洗脳から逃れる為でした。それと、ジャンヌをアレなどと呼ぶのは止めて頂きたい。彼女は私の相棒であり、個人としても強く立派な女性です。いくら両親といえど、みだりに卑下して罵ってよい事はありません!」
(ソロ……)
ソロの後ろでその言葉を聞いていたジャンヌは、少しむず痒い思い感じつつも彼の言葉に感謝した。ずっと虐待されていた相手であるせいか、今でも両親に対して引いてしまう自分がいるのは事実だ。だが、こうしてジャンヌを庇い、認めてくれる相手が傍にいると思うと心の底から勇気が湧いて来る。もう、たった一人で立ち向かわなければならない相手ではないのだ。そんな風にジャンヌが感動していると、ジャンゴは鼻を鳴らして答えた。
「ふん、あんな出来損ないが相棒とは、元とはいえ魔法師団長の名が無くというものだ。アレは我が家の汚点……全く持って嘆かわしい娘だった。あのようなものを産んで、先祖に申し訳が立たぬ。代わりに妹のアネットは非の打ち所の無い素晴らしい娘だがね。サマーヘイズ君も人を見る目がないな、いかに才能があってもやはり田舎者の出か」
「っ!」
あまりの言い種に、ソロが反論しようとした時、後ろに控えていたジャンヌが前に出てソロを制した。それがジャンヌであると気付いていないジャンゴは、訝し気な顔でジャンヌを見つめている。
「いい加減にしてください。私を悪く言うのは構いませんが、彼を悪し様に罵る権利など、あなた方にはないでしょう?」
「従者風情が何を突然……お、お前はっ?!」
ジャンヌがフードを脱ぎ、それにかけられていた魔法の効果が切れると、ジャンゴとアメーリアはすぐにそれがジャンヌだと気付き絶句した。会いたくなかったのはジャンヌだけではなく、ジャンゴ達も同じだったようで、騙し討ちのように現れたジャンヌに最初こそ驚いたものの、二人はすぐにいつもの調子を取り戻していった。
「ジャンヌ……っ!ずいぶんと偉そうな口を利くようになったではないか。才能もなければ、育てて貰った恩も忘れて親に歯向かう生意気ぶり、やはりお前はどうしようもない失敗作だったな!」
「育ててもらった?あんないつ死んでもいいようないい加減な扱いをしておいて……!失敗作?出来損ない?産まれてきた子供が本当に自分の子か見抜けなかったあなた達に、そこまで言われる筋合いは、ないわっ!」
「な、なんだとっ!どういう意味だ!?」
「そのままの意味です。私は先日、旧アクシア領にあったという古い産院跡に行ってきました。そこで、かつて働いていたという産科医の方に話を聞いたんです。お母様、あなたは20年前、私を産んだ時に、生死の境をさまよったそうですね?」
「どうしてあなたがそれを……いえ、そ、それが何だというの?!」
「あの時、あなたが産んだ子供は、私じゃありませんでした。……あの時生まれた子供、本当のジャンヌは、産院の医療ミスで亡くなっていたんです。私はあの日に生まれていたもう一人の子供……アクシア家の長女、ジュリエット・アクシアです!」
ガタッと大きな音を立て、ジャンゴが立ち上がる。アメーリアもまた顔面を蒼白にし、座ったまま大きく口を開けて絶句していた。その反応からして、二人にはどこかで思い当たるフシがあったのかも知れない。しかし、それを信じたくないという気持ちが立っている。ソロはそんな風に感じていた。
「バカな、そんなバカな……お前が、あの、アクシアの……」
「そんなはずはないわ……いえ、だとしたら、私達の、本当のジャンヌは……?」
「……私が聞いた話では、死なせてしまった子供は、美しい銀髪をしていたそうです。あなた達がもう少し、いえ、もっと真実に向き合っていれば……今からでも、ちゃんと弔ってあげる事も出来るはず。今更、私に謝ってほしいだなんて思っていません。ただ、しっかりと真実を見極めて向き合って下さい」
己の罪を突き付けられた二人は、項垂れて力無く座り込んでしまった。彼らがもし、初めからきちんとジャンヌに向き合っていれば、彼女が本当の子供ではないともっと早く気付けたはずだ。しかし、彼らはジャンヌと向き合う事をせず、ただ相手に非を擦り付けて罵り合うことしかしなかった。そして、臭い物に蓋をするかの如くジャンヌを虐げ、家と社会の隅へと追いやってきたのだ。それは明らかな彼らの罪であり、取り返しのつかない過ちだろう。
静まり返る室内とは対照的に、外からは鮮やかな陽の光が差し込んでいる。ジャンヌの耳には、ゆらめくカーテンのこすり合う音だけが聞こえていた。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら
下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。
宜しくお願いします。




