エルドレッドの悪意
「不変……だと!?それに、狂王が父親?そうか、コイツは500年前から……っ!」
ソロはその答えに辿り着くと、すぐさまアーデを拘束している捕獲する魔法を解き、ジャンヌを眠らせる魔法を解除した。しばらくすればジャンヌは目覚め、アーデも動き出すだろうがそんな事を気にしている状況ではない。エルドレッドの加護が本当に不変という永久不滅の存在であるならば、彼は文字通り500年もの昔から生きる不死身の怪物だ。ジャンヌのような超再生回復力とは違う、究極の不死性を持っている事になる。そんなものを相手に、魔力のリソースを他に使っていては勝てるはずもないだろう。
ソロは隣で腰を抜かしているイェルダを右手で抱え上げると、左手に槍杖を呼び出して構えた。エルドレッドの狙いは、王侯貴族を滅ぼすことであり、その後に自分が王として君臨する事のようだ。ならば、真っ先に狙われるのはイェルダだろう。彼女を死なせる訳にはいかなかった。
「……ほう。君は確か、バーソロミュー君だったかな?中々に判断が速いね。なるほど、君は確かに優秀なようだ。だが、その足手まといを抱えた状態で、僕に太刀打ちできるかな?」
「出来るかどうかじゃない。やるしかないんだ。……飛行魔法」
ふわりとソロの身体が宙に浮かび、とても手や足では届かない高さまで移動すると、ソロは槍杖に魔力を集中してそこから無数の稲妻を発生させた。一瞬にして5つの稲妻が、エルドレッドを狙う。
エルドレッドはニヤリと笑みを浮かべたまま、それらの落雷を素早く躱していった。稲妻の速さは途轍もないスピードで、常人には回避する事など不可能なはずだ。だが、彼はそれを苦も無く躱し続けている。対するソロは、躱されても決して動揺することなく、次々に稲妻を繰り出していく。一方的に見える攻防だが、それでもエルドレッドは表情を崩さない。
「ふ、炎や氷ではなく稲妻を使うのは、その速さだけでなく、当たれば僕を無力化出来ると踏んでのことかな?不死身の僕を止めるにはマヒでも狙うしかないと。……面白い判断だ、だけどね」
高砂の檀上が無惨な変化を遂げる中、エルドレッドは魔力を込めたムラクモを構えて一発の稲妻を受け止め、逸らした。すると、弾かれた稲妻は参列者の席へ飛び、戦いを見守る人達の中に直撃する。
「っ!?」
「ふっ、やはり、観客を巻き込む事を嫌って、影響の少ない魔法に留めていたか。君ほどの魔法使い、いや、魔法兵ならば、もっと激しく威力のある魔法をいくらでも使えるはず。だが、君は周囲を気にするあまり、手加減をしていた。……そこが君の愚かさと弱さだよ、バーソロミュー君。所詮、君も先程のギリアムと同じだ。言っただろう?格上相手に手加減するなど、愚の骨頂だと。だから、隙を衝かれるんだよ。こんな風に、ねっ!」
大上段に構えたムラクモが怪しい光を湛えると、エルドレッドは勢いよくそれを振り下ろした。斬撃は波となって空中にいるソロを襲い、次の瞬間、ソロの右腕は呆気なく切断されてしまった。
「ぐあっ!?バカなっ……!」
「天霊刃……とは、天のハバキリの技だが、僕とムラクモも同じ事が出来る。こちらは地のムラクモだから、地霊刃と呼ぶべきかな。刀と使い手が精神と肉体を集中させて放つこの技が、天地の霊刃第二形態さ」
「きゃあああっ!?あぐぅっ!」
ソロの右腕で抱えられていたイェルダは、そのまま落下し、激しく身体を打ち付けていた。彼女は身体を鍛える事を特別にやっていた訳ではない為、相当なダメージになったのだろう。痛みのあまり動けなくなり、そのまま震えている。それでも、ソロは傷ついた身体を槍杖で支えて立ち上がり、イェルダを庇うようにしてエルドレッドの前に立った。
「その傷でまだやるつもりかい?多少の治癒魔法では、出血は抑えられても、切断された腕は元に戻らないだろう。勝ち目のない戦いをしなければならないほどの相手かな?イェルダ君は」
「当たり、前だ!俺は、彼女の……彼女を守る者として、ここに、いる!」
「操られているとはいえ、その精神は立派だね。寝ていても誰も君を責めやしないというのに。……君という人間が、元々そういう人間だということか。僕としては、王侯貴族ではない人間をあえて殺す気はないんだが、まぁ、邪魔をするというなら仕方ない。君にもここで死んでもらうとしよう」
再びムラクモに魔力を込めて、エルドレッドはゆっくりと歩を進める。ソロは抵抗しようと考えているようだが、大量の脂汗と痛みに歪む表情を見るからに、まともな反撃は出来そうにない。攻撃範囲に入ってしまえば、そこでおしまいだ。ソロもイェルダも殺されてしまうのは疑いようもない。それを阻止すべく、立ち上がったのは、アーデだった。
「ホオオオオッ!」
「む?使い魔か。邪魔だ」
鋭い爪をエルドレッドに突き刺そうと飛び掛かるアーデだったが、真っ直ぐに向かっていった所でエルドレッドに通用などしない。今のアーデはソロとの主従関係が途絶え、ジーナを仮の主とした状態である為、いつもの魔法を使う事もできないのだ。エルドレッドは、アーデに向けてムラクモを振るい、軽々と切り伏せた。大量の血飛沫がスローモーションのように飛び散る様を見たジーナは、声を震わせて呟く。
「あ、ああっ、アーデ!?……もう、やめて……誰か、誰か助けてっ」
ジーナは周囲を見回すが、誰一人助けてくれる人はいない。イェルダの心奪で操られた彼らは、イェルダを助けに来てもよさそうだが、どうやらイェルダ自身がコントロールを失ってしまっているらしい。本来は今のソロのように自立して動くはずなのだが、誰も動こうとしないのは本音の部分でイェルダを助ける気はないという意志の表れなのかもしれない。
だが、それはジーナにとってピンチであることに変わりはなく、むしろ、誰も頼れないという絶望を煽る状況であった。そして、ソロの前に立ったエルドレッドが僅かな抵抗すら許さず、一瞬にしてソロの胸にムラクモを突き立てた。
「ああ、あああっ!ソロさん……ソロさぁんっ!いやああああっ!!」
ソロの口から血が溢れ出し、倒れ行く姿を目の当たりにしたジーナが絶叫する。その叫びに呼応するように、腕に着けていた精霊樹のブレスレットから光が溢れて、そこから妖精と精霊達が姿を現し、歌声を響かせた。
精霊達の歌声はジーナの放つ光を中継し、増幅させて一気に広がった。瞬く間に茜色の光が帝都全体を覆い尽くし、奇跡が起きた。
「ん?なんだ、この力……?!っ」
まず、最初に光を浴びたアーデが何事も無かったかのように起き上がる。続けて、比較的ジーナの傍にいた参列者達が、たった今目覚めたかのようにキョロキョロと辺りを見回し始めた。更に、気付けば腕を切断され、胸を貫かれたソロの傷も癒えて元通りになっていた。
「怪我が、治った?いや、治ったというよりも、元に戻ったような………………いや、待てよ。そもそも俺は一体、何をしていた?!」
(コイツら……洗脳が解けているのか!?どういうことだ、あの娘、一体どんな力を持っているんだ?)
エルドレッドが光の中心であるジーナに目を向けると既にゆっくりと光りは消え始めていた。だが、その隙にソロは最大の一手を放っていた。
「ハッ!?しまっ……!」
「食らえっ!落ちる星々の魔法!」
ソロが使える魔法の中でも最も威力のある魔法、それが落ちる星々の魔法だ。赤鬼を相手に一度放とうとしたが、あの時はロディックを巻き込みそうになった為、使う事が出来なかった。しかし、今回は違う。効果範囲にいるのはエルドレッドだけで、他人を巻き込む心配はないし、精々高砂を破壊してしまうくらいの被害はあるだろうが、ソロが自分で望んだものでもないのだから壊れてしまっても特に問題はないだろう。
輝く魔力で出来た星がソロの頭上から落ちて、エルドレッドの身体を貫く。いかに不変と言えど、傷を負わないというものではないのか、躱しきれなかったエルドレッドは腹部の大きな風穴を開けて吹き飛ばされた。
「ぐぅっ!?こんな、この……僕が!?」
「仕留められない……やはり、不死身か!?だがっ」
エルドレッドを倒しきれない事を予想していたのか、ソロは追撃の手を緩めなかった。アーデを捕らえるのに使った捕獲する魔法の鎖が足元から生まれ、エルドレッドに絡みつこうとする。
「なめ、るなぁっ!」
エルドレッドはムラクモで自分に向かってきた鎖を斬り払うと、力を放出して動けなくなっているジーナを捕らえ、ムラクモの刃を彼女の首に押し当てた。
「ジーナっ!?」
「動くな、この娘……僕が預かる。屈辱だが、ここは退かせてもらうよ……っ。ヴィヴィアンッ!こっちへ来いっ!」
「え、あっ!?は~いっ!」
エルドレッドの命令で完全に覚醒したヴィヴィアンが、まだ呆けているアネットを抱えて跳ぶ。そのままエルドレッドの元へ着地すると、四人はペンダントのようなものを輝かせ、一瞬にしてその場から消えた。残された人々は言葉を失い、呆然とする人々の間を、ぬるい風が吹き抜けていった。
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