強襲と罠
「さぁさ、ご来賓の皆様!遠路はるばるようこそおいで下さいました!本日は、我らが皇帝イェルダ・ディフ・エンデュミオンの結婚式、並びに披露宴にご参列賜りまして、誠にありがとうございます!司会は私、内務大臣のコルネオが勤めさせて頂きます。宜しくお願い申し上げます!」
やけに軽いノリの内務大臣による挨拶だが、参列している人々は特に気にも留めていないようだ。太陽が燦々と輝く最中、新郎新婦はにこやかに笑みを浮かべ、参列者達は二人の門出を少し困惑しながら祝福していた。
午後三時に始まった結婚式は、月を信仰の対象とするこの星では異例の時間帯である。永遠の愛を神に誓うのであれば、大三連月が浮かぶ夜に行うべきなのだが、今回に限って昼に行われるということで、人々はこれが斬新な式であると考えているからだろう。
「また、本日の披露宴では、我らがイェルダ陛下より直々に催し物がございます!皆様におかれましては、必ず最後までご参列頂き、よく目に焼き付けて頂きますことを!」
コルネオが頭を下げると、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が上がり、客席の盛り上がり具合は最高潮となった。披露宴はともかく結婚式の時点でここまで盛り上がるのは珍しい。それだけ期待が高いのだろうが、披露宴で行われる催し物という言葉に、会場の隅で聞いていたライナスは言い知れぬ不快感を覚えていた。
それでも結婚式自体は淡々と、つつがなく進んでいく。この星では、結婚式に誓いのキスというものはない。本来は夜間に行われる式の間、たっぷりと月の光を浴びた酒を盃に湛え、互いに飲み干すのが儀礼だ。今回はそれを昼に行うものであるが、イェルダたっての希望で順番を大きく変更し、式の途中で披露宴を行い、最後の締めにそれらの儀礼を行うこととなっている。
ソロとイェルダの入場から始まり、両家の挨拶や月に奉納する舞、そして、月に捧げる祝詞の読み上げ……それらが終わると二人は一旦高砂へと移動した。同時に、二人が座る席の奥に大きな杭のような棒が建てられた。それはかなりの高さがあり、会場の最後方からでもしっかりと見える大きさだ。その棒の先端には何かがあるようだが、そこには布が掛けられており、傍目にはそれが何か窺い知ることは出来ない。
すると、イェルダはソロと視線を交わしてから満足気に席を立ち、その棒の前へと移動した。そして、魔力を使って自らの声を拡声し、高らかに話し始めた。
「ご出席の皆様!この度は私共の新たな門出を祝う場にお集まりいただき、感謝の言葉もございません!私が皇帝の座に就いてから早五年……この日をずっと待ちわびておりました。私は本日より、最愛の夫と共に夫婦となってこの国をより良き国へと盛り立てて参る所存でございます。つきましては、私から皆様に、余興をお見せしたいと存じます。それでは、ご覧くださいませ!」
イェルダが指を鳴らすと、棒に掛けられていた布が勢いよく外され、中身が露わになる。そこには、意識を失って磔にされたジャンヌの姿があった。参列者の多くは、その異様な光景に動揺し、静まり返った。そんな異常な状況を見て、イェルダはにこやかに笑みを浮かべて言葉を続けた。
「この女は、私の最愛の夫バーソロミューを攫い、五年もの間逃げ続けた罪人でございます!この女の為に、私とバーソロミューは引き裂かれ、どれほどの心痛を味わったか……それはまさに筆舌に尽くし難い時間でございました。しかし、私の弛まぬ努力と尽きぬ愛情により、罪人はこの通り捕らえられ、バーソロミューをこの手に取り戻す事ができました。何とめでたいことでしょう。……本日、皆様にご覧頂く余興とは、この罪人の処刑でございます!」
静かだった会場がにわかにざわつく。だが、そのざわめきの波を追うようにイェルダの言葉が色を持って場内を包み、誰もが目の色を変えた。これは、五年前のパーティで起きたイェルダによる人々への洗脳、その再現だ。……イェルダは、披露宴でジャンヌを処刑するという衝撃的な行いをすることで、この場に集まり、まだ心奪の影響下に無い人間達を一気に支配下に置こうと企んでいたのだ。
「あれは、お姉様?………………そう、処刑されるのね。あの人に相応しい、似合いの末路だわ」
「ええ~?ジャンヌちゃん、処刑されちゃうの~?マズいよ~、エルドレッド様が怒っちゃう。……………………けど、まぁいいかぁ」
既に心奪は、会場内のほとんどの人々の心を掴んでいた。誰もその異様な宣言を否定するものはおらず、ジャンヌの妹アネットも、彼女の護衛として傍に控え、ジャンヌに執着していたヴィヴィアンさえも既に虜になってしまっている。
「私を、ひいてはこの国そのものを苦境に追い詰めたこの女を許す訳にはまいりません……さぁ皆様、その目にお焼き付け下さいませ!哀れな罪人の首が落ちる、その瞬間を!」
イェルダが高砂の脇に置かれていた剣を手に取ると、高く磔にされているジャンヌの身体まで届く階段が現れた。その一段一段を、イェルダが足音を響かせながら登っていく。この様子は、魔法によって帝都全体に配信されていて、全ての人々が固唾を呑んでその終幕を見つめていた。ごくわずかの人間を除いて。
イェルダが剣を振り上げたその時、どこからか悲鳴のような声で叫ぶ者がいた。上空から現れたその人物は、凄まじい速さでジャンヌの元へと飛び込んできた。
「やめてええええええっっ!」
「っ!?」
現れた人物、それは巨大化したアーデの爪に握られていたジーナだった。ジーナは、捕らえられたジャンヌが姿を見せるこの瞬間を待っていたのだ。傷を負ったライナスとジーナ、それにアーデだけでは、ジャンヌを探し出して救うのは不可能に近い。だが、ライナスはイェルダが予てからジャンヌの命を狙っていたことを思い出し、余興と称して彼女を大々的に処刑するつもりだと予測し、この作戦を思いついたのである。
(ジャンヌさんの身体を私が掴んで、そのままアーデにこの場から連れていってもらえば……!)
それは戦う力を持たないジーナにとって、まさに乾坤一擲の作戦であった。上空から高速で舞い降りるアーデを防ぐ手段などあるはずもない。ましてや、ジャンヌの隣に立つのは身体的に常人である女帝イェルダなのだ。彼女を守ろうとするメイヴァはライナスが相手をすれば、ジャンヌを連れ去る隙くらいは作れる……はずだった。
「捕獲する魔法っ……!」
「えっ!きゃあっ!?」
突如、魔法で出来た鎖が高砂から伸びて、アーデの身体を雁字搦めに縛り付けた。ジャンヌの身体を掴もうと手を伸ばしていたジーナは急激な制動によって身体が前に引っ張られる。そして、咄嗟にアーデが爪を開いたことで、ジーナの身体は投げ出されて、階段を転がり落ちてしまった。
「う、ううっ!ゲホッゲホッ……な、なに、が……」
「フフフ、やっぱり来たわね、子ネズミが。あなたとその使い魔の事は聞いていたわ。私に歯向かう愚か者を一網打尽にするにはちょうどいい余興よね。つくづく、我が夫は優秀だわ」
イェルダが邪悪な笑みを浮かべて高砂へ視線を向ければ、魔法の鎖はそこに座るソロの足元から伸びていた。アーデを縛るその鎖はぎっちりと食い込み、いくらアーデがもがいても緩みすらしていない。アーデは自分の身体を小さくしようと試みているようだが、それすらも出来ないようだ。
「そんな……ソロさんっ、どうして!?」
「私の加護に逆らえるものなんていなくってよ?ネズミさん。貴女も支配してあげてもよかったけれど……その目が気に入らないわ。私の夫に色目をつかうような女は、排除しなくてはね!」
「ヒッ!?」
切っ先をジーナに向け、イェルダが前に出る。既に誰もが心奪の影響下にあるせいで、罪もないジーナが殺されようとしていても、誰も声を上げる者はいなかった。イェルダは勝利を確信し、一歩ずつ噛み締めてジーナに向かっていく。
(間に合った……ようやくだわ、やっとこの時が来たのね。私の邪魔をするものを全て排除し、全てが私を守ってくれる最高の布陣が完成する……!これで、これで私は!)
「あ、ああ……」
「終わりよ。……いえ、私にとってはこれが始まりね。さようなら!」
恐怖で動けないジーナへ、イェルダの剣が容赦なく振り下ろされる。真っ直ぐに刃が近づいてくる瞬間、ジーナは目をつぶり、激しい金属音が会場に響き渡った。
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