夜を待って
「あんたは、あの時のっ……!アネット、どうして」
どうしてこの女と一緒にいるのか?そう問い質そうとして、ジャンヌはその質問に意味がないことに気が付いた。レイモンドとの戦いで彼にトドメを刺そうとしたあの時、彼を救う為にこのヴィヴィアンとエルドレッド、そして、もう一人の大柄な男が割って入ってきた。その際、エルドレッドはレイモンドを友人と呼んでいたはずだ。つまり、彼らは元より仲間だったのだ。そのヴィヴィアンとアネットが一緒にいるのは、レイモンドとの繋がりだろう。それは、今更聞くまでもなく解り切ったことだった。
「あら、ヴィヴィアンを知っているの?それに、ヴィヴィアンもお姉様を探していたって、どういうこと?」
「まぁ、色々あってね~。うちらもジャンヌちゃんに用があったんだよ~。ここで会えるとは思ってなかったけどね~」
ヴィヴィアンは詳しく説明する気がないのか、アネットの質問を受け流すように答えた。ここで困ったのはジャンヌの方だ。あの時の借りを返したいところではあるが、最優先はソロの救出である。ここで暴れて騎士団や魔法兵が出て来るような事態になれば、城に忍び込むどころではなくなってしまう。だが、ジャンヌを探していたというヴィヴィアンがジャンヌをやすやすと逃がしてくれるだろうか。
だが、そんなジャンヌに助け舟を出す事になったのは、意外にもアネットの方であった。
「ふん。こんな人に何の用があるのだから知らないけれど、今日のあなたは私の護衛なんですからね。勝手な真似はしないで頂戴。いくわよ、ヴィヴィアン」
「……は~い。それじゃ、ジャンヌちゃん、また近い内にね~」
「へ?」
ヴィヴィアンはアネットに命じられ、あっさりと身を引いた。とはいえ、ジャンヌを逃がすつもりはないと言わんばかりの捨て台詞だ。考えてみれば、女帝の結婚披露宴へ参加するつもりのアネットにしてみれば、ここで騒ぎを起こされて困るのは彼女の方なのだろう。そして、今の口振りからすると、アネットはヴィヴィアン達とそれほど深い付き合いがある訳ではなさそうだ。やはり、彼らの繋がりはレイモンドからの流れと見るべきだ。
去っていく二人の背中を見つめ、深く溜め息を吐いて肩の力を抜いたジャンヌに、ダルクが近寄って声をかけた。
「……大丈夫か?何者か知らんが、ここでやり合うつもりかとヒヤヒヤしたぞ」
「前にちょっと、色々ね。それより、いきなりな事が多すぎて頭の中がぐちゃぐちゃだわ……ジーナも休ませたいし、どこか落ち着ける場所はないかしら?」
気絶してしまったジーナほどではないが、突然な事が多すぎて、ジャンヌも思考や感情がガタガタである。何よりも、潜入行動には集中力が必要不可欠だ。一先ず、心と体を落ち着ける時間と場所が欲しいと考えるのは当然である。
「…………なら、こっち、だ。良い場所が、ある」
ライナスはそう言うと、周囲に少しだけ注意を向けてからスタスタと歩き出す。彼はあまり主体的に行動するタイプではないと思っていたが、よほど良い場所に心当たりがあるのだろう。ダルクとジャンヌはジーナを抱えたまま、慌てて後を追っていった。
「ここ、だ……」
「ええ?……こ、ここって」
案内されて辿り着いたのは、繁華街の裏通りにあるうらぶれた廃墟のような店だった。どうやらバーのようだが、こんな昼間では客がいるはずもなく、そもそも営業しているようには見えない。ポカンとするジャンヌ達を尻目に、ライナスは臆する事無く錆びついたドアを開け中へ入っていく。ジャンヌ達も恐る恐る中へ入ると、そこには外観からは想像もつかないような美しい店内が広がっていた。
緩やかに下る階段状の床は薄い灯りで照らされており、両脇の壁は水槽になっていて、その中を色鮮やかな魚達が自由に泳いでいる。全体的に薄暗いのはバーだからなのだろうが、それがかえって深海に迷い込んだような、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「すごく綺麗ね。……でも」
こんな状況でなければもっと素直に楽しめたと思うが、今は状況が悪すぎた。ただでさえぐちゃぐちゃな感情が、驚きで余計に滅茶苦茶になりそうだ。しかし、不思議と嫌な気持ちにはならない。そのままライナスについて店の奥へ進むと、そこには大きなテーブルとソファが三つ並んでいて、ジャンヌ達はその一番奥に座らされた。
海底を思わせるような席に座り、ジーナを横に寝かせると、本当に海の底に沈んでしまったかのような感覚に陥った。他に客がいないせいか、店内はコポコポという水の音だけが聞こえており、あまりにも静かだ。その静けさが、いつの間にかジャンヌの心を落ち着かせてくれたようだった。
席に着いたジャンヌはソファにもたれ掛かり、目を閉じた。色々な事が頭に浮かんでは消えていく内に、段々と思考がクリアになっていく。数分ほどそうしていると、コトンとテーブルに何かが置かれる音がして、ジャンヌは目を開けた。
「落ち、着いた……か?ここ、は古い馴染みが経営……している、店だ。俺と、この店のつながり、を知っているヤツはほとんど、いない……から、安心していい」
「ありがとう、ちょっと気が休まったわ。……シーザーのことは辛いけど、頭を切り替えないとね」
「あまり無理するなよ。友人を亡くすってのは辛いもんだ。……下手に気を張ってると、ふとした時にガクンと来るぞ」
「うん、わかってるわ。けど、私はMIRAだもの。こういうことには慣れてるつもりよ。泣くのは……ソロを助けてからにする」
ジャンヌはジーナの頭を撫でながらそう呟いた。基本的に、MIRAとNeckは命の獲り合いになる職業だ。そうした斬った張ったの世界で生きている以上、昨日の友人が明日も生きているという保証はどこにもない。その為、普通の人間よりは覚悟や心構えが出来ているつもりである。とはいえ、決して悲しくないわけではない。そもそも、シーザーは王子だ。明日をも知れぬ賞金稼ぎと同じに考えることは出来ないのだが、今は優先する目的がある以上、それを引きずって足を取られるような事があってはならないだろう。
ダルクはそんなジャンヌの表情を見つめ、素直に感心した。ジャンヌは何も強がりで言っているのではないと、はっきりと伝わったからだ。ここへ来るまでの間に、ジャンヌはソロに育てられ鍛えられたのだと聞いていたが、それが何ら大袈裟に語られたものではないのがよく解る。ジャンヌを通して、ソロもまた立派に成長しているのだと気付かされたダルクは、誇らしそうにその横顔を見つめていた。
「……それで、この後はどうすればいいの?出来れば、その結婚披露宴が始まっちゃう前にソロを連れ出したいとこだけど」
「そうだな、本番が始まってしまうと、手出しするのも難しくなるだろう。俺が聞いてきた話だと、今夜は前夜祭としてパーティが行われる予定のようだ。忍び込むなら、今夜がベストだろうな」
「会場の警備はどうなってるの?」
「大半は、騎士団員達で構成されているはずだ。魔法兵の多くは国内各地の警備任務があるからな、そう多くはいないだろう。あとは、皇国の刃だが……」
「皇国の刃、も、同じだ。本来、の任務がある……以上、わざわざ、警備の為、に配備されることはない……だろう。俺の裏切り、が露呈している、ならなおさら、俺を捕まえること……を優先としている、はずだ」
「なるほど。となれば、やはり会場の警備は騎士団が主体で間違いなさそうだな。……であれば、欺くのは難しくもない」
そういうと、ダルクはテーブルに置かれたスプーンを拾い上げ、指先の上でクルクルと回してからそれを消してみせた。そのスプーンは、いつの間にかジャンヌの手の中に握られていて、ジャンヌが驚いて目を見開くと、ダルクはウィンクして笑った。ちょっとした手品のようだが、こんな風に人を欺くテクニックや魔法は、彼の得意技である。こうして、ジャンヌ達は作戦を練りながら夜を待つ事にしたのだった。
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