#35 真っ二つ
「うぬっ!足が動かぬ!」
ラスプーチンの下半身が凍りつき、床に張り付いてしまった。
「そこの女。今、直ぐ氷を溶かせ」と命じるが、アリスは「凍らせることは出来ても溶かすことはできません」と冷たく答えた。
「うぬっ! この役立たずめが」と今度はヴァンサンに命じる。「そこの獣。お前だ。お前が何とかしろ」
ヴァンサンはラスプーチンに近づくと、上半身を抱えて、ぐいぐいと床から体を引きはがそうとした。
「待て、待て。痛い! 無理矢理、引きはがそうとするな。優しく扱え」
ラスプーチンの下半身は床に張り付いていて、なかなか剝がせない。
「うぐぐぐぐっ!」ヴァンサンが力を込める。
「待て、止めろ。いたたたた! そんなに力を入れると――」とラスプーチンが悲鳴を上げた時、めりめりと音がしてラスプーチンの体が真っ二つになった。上半身が下半身から引きちぎられた。ヘソの辺りで二つになったのだ。
「優しく扱えと言っただろう。この馬鹿者が! 早く元に戻せ!」
悪魔は二つに引き裂かれても死にはしない。上半身だけになったラスプーチンはヴァンサンの腕に抱えられながら怒鳴った。
ヴァンサンはラスプーチンの上半身を下半身にくっつけようとした。ところが慌てたヴァンサンは床に凍りついたラスプーチンの下半身を蹴ってしまった。
ガラガラと音がしてラスプーチンの下半身が崩れ落ちた。
「ば、馬鹿者! 私の下半身が砕けてしまったではないか」
ヴァンサンはラスプーチンの上半身を床に投げ出すと、氷の塊になって砕け落ちたラスプーチンの下半身を拾い集めようとした。
「痛っ! 床に捨てるとは何事だ。乱暴に扱うな。あっ、ああ、お前、私の下半身を踏みつぶしているではないかっ!」
ヴァンサンは氷のかけらになったラスプーチンの下半身を拾い集めようとするのだが、巨体を持て余して、かけらを踏みつぶしていた。
「止せ! やめろ。私の上半身を拾え」
ラスプーチンが命じる。慌てたヴァンサンは、床に転がっていたラスプーチンの上半身を拾おうとして、間違って蹴飛ばしてしまった。
「あわわわわ~!」
ラスプーチンの上半身が氷の床を滑って行く。よく滑る。「私を助けるのだ~」というラスプーチン叫びが小さくなって行った。
ラスプーチンの後を追って、レンド、ヴァンサン、アリスが歩き出そうとした。
「レンド、ヴァンサン。行かないで」
セイレンがヴァンサンの手に縋りついたが、ヴァンサンはセイレンを引きずったまま、歩き出した。
「ダメ! 行っちゃあダメ」
ヴァンサンにはセイレンの声が聞こえていないようだった。ずんずん歩き続ける。セイレンは必死に腕にしがみついた。だが、ヴァンサンが腕を振るものだから、力尽きて、セイレンは床に転がった。
セイレンを残したまま、ヴァンサンは歩いて行ってしまった。
「ヴァンサン・・・」
レンド、アリスの姿も見えなくなった。セイレンは氷の城に取り残されてしまった。一人、床に転がっていたが、弾かれたように立ち上がった。
辺りを見回すとセイレンは走り出した。床が滑って転んでしまったが、直ぐに立ち上がるとまた走りだした。
隠れる場所を探しているのだ。
セイレンのように弱い悪魔は、弱肉強食の魔界では庇護者がいないと直ぐに喰らわれてしまう。レンドとヴァンサンはいなくなった今、隠れて、逃げて、誰にも見つからないことが、魔界で生きて行く為の術だった。
玄関ホールから長い階段を二階に上ると、いくつか部屋があった。中に隠れることが出来るような場所があったが、手を伸ばせばドアノブにかろうじて手が届いたが、ドアが重くて開けることが出来なかった。
二階の窓から外が見えた。
荒野に現れた氷の城は目立つ。ぽつぽつと悪魔が吸い寄せられるように歩いて来るのが見えた。
セイレンは焦った。彼らに見つかると、喰らわれてしまう。時間がない。隠れ場所を求めて、城中を走り回った。
やがて、キッチンの竈の下に、潜り込めそうな場所を見つけた。体の小さなセイレンがやっと隠れることができる狭さだった。
セイレンは体をまるめると、竈の下に潜り込んだ。
「ウガッ!」と玄関ホールから声がした。
悪魔がやって来た。間一髪だった。彼らに見つかってはならない。
氷の竈だ。冷たい。
セイレンは震えながら、膝を抱えて、竈の下に隠れ続けた。




