#34 氷の魔女
「お前は何者だ?」とレンドが聞く。
「私は・・・」とアリスは再び言いよどんだ後、「氷の魔女」と答えた。
「氷の魔女?」
「そう。私は三百人以上の人間を殺し、魔界にやって来た女」
「ほう~」とレンドが嬉しそうな顔をした。
アリス・パヴリチェンコはソビエト連邦の軍人にして狙撃手だった。十四歳で地元のスポーツ少年団の射撃部に入部、頭角を現した。その後、高校、大学と進学したが、勉学の傍らに射撃競技に励み、抜群の成績を収め続けた。
第二次世界大戦でドイツによる侵攻を受けると、アリスは入隊を志願し、特別女子志願兵として第25狙撃兵師団第54狙撃連隊に二等兵として配属された。
アリスら狙撃手は侵攻して来るドイツ軍を待ち伏せ、次々に兵士を狙撃した。アリスは二カ月半の防衛線で、実に二百名近くを射殺し、「氷の魔女」と恐れられた。
その後、戦地を変えても狙撃を続けた。
アリスの狙撃による被害に業を煮やしたドイツ軍は、アリスらがこもる地下壕に向け、千三百門を越える大砲を並べ砲撃を行った。雨あられと降り注ぐ砲弾により、アリスは地下壕と共に瓦礫の下に埋もれた。
「氷の魔女と呼ばれたからか、ここでは何でも凍らせることができる」とアリスは言う。
アリスを喰らおうとした悪魔を凍らせ、喰らうことで生き延びて来た。だが、醜い争いに飽きてしまい、氷の城を築き、そこに閉じこもってしまったのだった。
「私は静かにここで暮らしていた。誰も喰らわず、誰にも会わず、一人で生きて来たのだ。何故に、お前たちは私の静寂をかき乱そうとするのだ?」
アリスの言葉に、「ごめなさい」とセイレンが謝った。「知らなかったの。ここにあなたが住んでいるなんて。大きな氷の塊があったから、何なのか確かめたかっただけなの」
「そうか。では満足しただろう。このまま去るが良い」
「ねえ。一人で寂しくないの?」
「寂しい?」
「うん。私もずっと一人だった。寂しかった。何時、誰かに喰らわれちゃうんじゃないかと怖かった。こそこそと隠れながら生きて来たの。でも、レンドとヴァンサンと出会ってからは寂しくなくなった。ボニーがいてくれた時は、もっと楽しかったけど、ボニー、喰らわれちゃったから・・・」
「そうか。私は寂しくなんかない」
そう言うアリスの表情は、何処か寂し気に見えた。
「俺たちと一緒に来ないか。こんな城に籠らなくても、お前のことは、俺たちが守ってやろう」とレンドが声をかけると、アリスは一瞬、目を見張ったが、「いや。私はここにいる」と答えた。
「そうか」とレンドが言った時、「やあ、この城を築いたのはお前か⁉」と背後から大声がした。
「何やつ!」
レンドが振り返る。
「我が名はラスプーチン。そこなる者、我が言葉に耳を傾けよ。我がシモベとなって働くのだ。お前は強く賢そうだ。我が軍団の長となれ」とラスプーチンがレンドに命じた。
「うぐっ!」レンドは呻く。
次の瞬間、レンドはふわりと地上に降り立つと、ふらふらと覚束ない足取りで、ラスプーチンのもとに歩き始めた。
「ダメよ。レンド!」セイレンが叫ぶ。
「うぬっ!」とヴァンサンがラスプーチン目掛けて突進しようとした。
「そこなる獣よ。我が言葉に耳を傾けよ。そなたも我がシモベとなって働くが良い」
突進しかけていたヴァンサンは急に足を止めると視線を漂わせた。
ラスプーチンは言葉で人を操ることが出来る。
次はアリスだ。
「女は邪魔だが、お前は氷をつくりだすことが出来るようだな。であれば、我が軍団に加えてやろう」
「馬鹿な!」とアリスが手を上げる。
ラスプーチンの足元から凍り始めた。
「我が言葉に耳を傾けよ! 私を氷漬けにするのを止めるのだ~!」
間一髪、凍り付く前にラスプーチンが言葉を放った。
腰から下は凍り付いてしまっていたが、アリスが上げていた手をぱたり落とした。ラスプーチンは全身、凍り付くのを免れた。




