#33 アリス
不思議なものが目の前に聳え立っていた。
レンドがふわりと地上に降り立つと、セイレンが言った。「氷?」
「氷? これを氷と言うのか?」
カイアムにより魔界に産み落とされたレンドは氷を見たことが無かった。レンドの前の前に氷の壁が立ちふさがっていた。魔界の荒野に、巨大な正方形をした氷の塊が転がっていた。
「触ってみて」とセイレンが言うので、レンドが手を触れる。
「何だ! この感触は? 寒い?」
魔界には水でさえほとんどない。
「冷たいって言うのよ」とセイレンが教える。
「冷たい・・・」
レンドが自分の手を見ながら呟いた。
「何故、ここにこんな大きな氷があるのだ?」とヴァンサン。
当然の疑問だ。
「分からない。分からないが、気になる」
レンドが斬魔剣を抜いた。斬魔剣で斬られた悪魔は浄化してしまう。
「ふぬっ!」とレンドが斬魔剣で氷に斬りつけた。すると、斬りつけられた氷にひびが入った。斬魔剣がつけた僅かなひび割れは、ビシビシと巨大な氷の壁に広がって行った。
「流石は斬魔剣。魔のものは何でも斬ることができるらしい」
ヴァンサンが感心する。
ひび割れは氷の壁一面に広がると、やがて、ぼろぼろと崩れ始めた。
「おっと、危ない」
レンドはふわりと宙に舞い上がり、ヴァンサンはセイレンを抱えて、氷の壁から遠のいた。
ばらばらと氷の壁は崩壊を続けた。
やがて、氷の壁の中から、氷の城が現れた。氷の壁は氷の城を守る為に築かれたようだ。
「うわあ~綺麗」とセイレンが目を輝かせる。
「城があるということは、誰かが中にいるということだろう」
「ねえ、行ってみましょう」とセイレンがヴァンサンの手を引っ張る。
「うむ・・・」
意外に力強い。猛獣の様なヴァンサンがセイレンに引っ張られた。
宙からレンドが降りて来て、三人で氷の城に入って行った。
氷の門が立ちふさがる。ヴァンサンが力を込めて押すと、するりと開いた。見た目は重そうだが、氷だけに滑りが良いようだ。
門の向こうには見上げる程、天井の高い玄関ホールがあった。
「誰か~いませんか~」とセイレンが声をかける。
セイレンの声は澄んでいてよく通る。ホールを反射しながら、奥へと消えて行った。
「誰もいないの~」
セイレンが叫んでいると、「あなたの声は頭に響く」と言って、城の主が姿を現した。細身の女性だ。まつ毛と眉毛、それに長くてしなやかな髪が真っ白だ。だが、老女ではない。若々しい顔だ。
「この城に住んでいるの?」とセイレンが聞く。
「ここから出て行きなさい。さもないと――」
「どうなるの?」とセイレンが無邪気に聞く。
「あなたたちを凍らせて喰らいます」
女の言葉に「残念だが、私を喰らうと、お前は浄化してしまう」とレンドが言った。
「では、そちらの二人を先に喰らってあげましょう」
「それは無理だな」とレンドが斬魔剣を構えた。
「その刀は?」
「斬魔剣だ」
「悪魔を浄化させる力を持つという刀ですね。ああ、それで、この城に入って来ることが出来たという訳ですか」
「お前の魔力もこの刀の前では無力だと言うことだ」
「では、喰らうのは止めにしましょう。だから、ここから出て行ってく――」と女が言いかけるのを遮って、セイレンが尋ねた。「ねえ、お姉さん。名前は? 名前は何て言うの?」
女は一瞬、面食らった様子だった。
「私はセイレン。あなたの名前を教えて」とセイレンが無邪気に尋ねる。
「魔界で子供の悪魔は珍しい。私の名前はアリス」
「アリス!」
セイレンの目が輝く。セイレンが駆け出す。
「ま、待て!」
レンドが慌てて制止しようとしたが、セイレンはするりとレンドの手をすり抜けて、アリスのもとへ駆けて行った。
「それ以上、近寄ると――」
アリスが身構えた。セイレンを凍らせてしまおうと言うのだ。だが、セイレンは無邪気な笑顔で駆け寄って来る。躊躇っている内に、セイレンがアリスに抱き着いて来た。
「ねえ、アリス。私と一緒にいて。ボニーがいなくなってから寂しいの」
「ボニー?」
「うん。優しい人だった。お母さんみたい」
「お母さん・・・」
「ねえ、アリス。私と一緒にいて」とセイレンが繰り返す。
「止せ! セイレン。そいつがどんなやつなのか、分からないぞ」
レンドが叫ぶと、「得体の知れないのはお前たちだ。喰らえば浄化する悪魔に狼の化け物ではないか。私は・・・」と言いかけて、アリスが言葉に詰まった。




