3 魔槍と魔犬
魔影騎士シデイン。
タルスに文字通りの秒殺にされてしまったこの「大幹部」は、確かに尋常ならざる膨大な魔力の持ち主。それがタルスの『理解』である。
だが、それだけだ。こと戦闘力に関してはまさに「雑魚」と言わざるを得ない。
「まあいいか、倒したんだし」
もはや、タルスにとってはどうでもいい事だ。
「それよりさあ、なんかこの槍ヤバイかも」
壁に立て掛けられた、シデインの物と思われる一本の槍を指さすタルス。
一見、みすぼらしく見えるその黒い槍。しかしタルスの『理解』は「この槍はヤバイ」である。
「これは、魔槍『ツキカゲ』といって、魔王がシデインに托した闇の神器のひとつさ……」
ツキカゲをまじまじと見つめるネイジス。
神器の存在は魔王軍の中でもトップシークレットであり、その詳細に関しては貴族であるネイジスでも知る由のないことだ。
「いやぁ、神器をこんなに間近で見たのははじめてだよ!」
若干、興奮気味のネイジス。魔族であるネイジスにとって、闇の神器とはまさに至宝なのだ。
「神器か、やっぱそうなんだ……。よし、これ持って帰ろう!」
「えっ!?」
「え、だめなの?」
「…………」
ツキカゲを見つめ、しばし黙り込むネイジス。
「ま、まあいいいか。私はもう魔王を見限ると決めたのだ。今更、神器がどうなろうと私には関係無い!」
何かを振り切ったネイジスである。
「じゃあさ、おっさんが槍持っていってよ」
自分の手は剣でふさがっていると示すタルス。
「あ、ああそうだね……」
神器を前に戸惑いを隠せ無いネイジスは、意を決するように魔槍ツキカゲへと手を伸ばす。
「ん? おお?」
魔槍を手に持ったその瞬間、ネイジスは力の抜けるような感覚を覚え、その場に膝をついてしまった。
「おい、おっさん大丈夫か?」
「平気だ、問題無い。めまいがしただけだ」
異変を感じたのは、一瞬だけである。
―― 神器なのだ、このくらいの事は起こる。
ネイジスはそう割り切った。
「ところで君はコレを持ち帰ってどうするんだい?」
「んー、姉ちゃんのお土産にしようかと思って。姉ちゃん、喜んでくれるかなぁ?」
「……ど、どうだろうか。私は人間の趣向には明るくないが、若い女性が欲しがるものでは無い気はするかな……。神器だけどね」
「そうかなぁ? でも、この槍マジでヤバイんだぜ」
槍の価値を『理解』するタルスにとっては、上等なプレゼントに思えたのだ。
「まあ、武器だしね。うん、それなら売っちゃおう!」
「…………」
―― もしかしたら、弟は喜んでくれるかもしれないな!
タルスとネイジスは魔槍を拝借し、さらに先を急ぐ。
◇◇◇ ◇◇◇
「魔王様と儂ら幹部、まとめて相手をしてもらおうか!」
更なる戦力の増強を予告し、余裕の薄ら笑いを見せるランチャス。
「父上……」
ジランがランチャスの前に膝を突く。
「申し訳ありません。父上の兵を、大勢失ってしまいました」
謝罪と共に、戦況を報告するジラン。
「構わん。そんなモノはまた補充すればいいだけだ」
一般兵の犠牲など歯牙にもかけないランチャス。
「勇者との決戦においては、大して役にも立たん連中だ。捨て置けばよい」
魔王も同様である。魔王なら兵たちを守ることも出来たはずだ。
「……分かりました」
ジランは、感情を押し殺す。
「そんなことより、ジランよ。こうしてお前と共に戦場へ赴くのは、いつぞやの魔獣退治以来だな」
フルウースに着任する少し前、親子は魔界の森での魔獣討伐の任に就いた。
魔獣討伐が行われたのは、神樹海と呼ばれる場所。神性な魔力に覆われた、魔界屈指の魔境だ。
「あの時、貴様は儂の期待を裏切ったな……」
神樹海の神秘の中で育った魔獣は、巨大なトカゲの様相で、その強さはまさに別格だった。
この討伐で、ランチャスは魔獣の対応をジランに托したのだが、健闘こそしたものの、ジランは魔獣を倒す事が出来なかった。
結局、魔獣はランチャスが仕留めることとなったのだ。
「あー。あの任務か」
暴炎親子の会話に聞き耳を立てていたラールが膝を打つ。
「知っているのか?」
サイラードが聞いた。
サイラードとラールは、なるべくジランの傍にいようと動いた結果、魔王の傍まで来てしまったのだ。
「魔獣討伐には俺も参加していたんだ。あの魔獣は本当に強かったぞ、俺も殺されかけた」
ラールがジランに命を救われた一度目もこの時だ。
「ランチャス様はああ言うが、あの時だって、坊ちゃんは強くて格好良かったんだぞ!」
ラールは声を潜め、サイラードにだけ聞こえるように言った。そしてラールはふと思い出す。
「そういえば、ジラン坊ちゃんはあの時――」
「あの時?」
「……いや、何でもない」
ラールは口止めされていたことも思い出した。
魔獣討伐後、ジランは巣穴の奥で小さな子犬のような魔獣を見つけ連れ帰ったのだ。
ランチャスをはじめ、討伐隊のほとんどがすでに撤収していた為、その事実を知るのは、常にジランの後を付いて回っていたラールだけである。
◆◆◆ ◆◆◆
「タルス君、時間の無いところで悪いんだが、少し寄り道をさせてくれないか?」
食料庫のある地下へ続く階段の少し手前、扉の前でネイジスは立ち止まる。
「この部屋に私のペットがいるんだ。できれば一緒に連れて行ってやりたい……」
「ペット?」
扉の向こうから「ワン!」と、ひとつ鳴き声がした。
「犬?」
「ああ、犬だ、魔犬だよ」
この屋敷の主、ランチャスの息子が魔界から連れてきた魔犬だ。誰も世話をしないので、いつの間にかネイジスが面倒を見ている。
「私にしか懐いていないし、もう私の愛犬のようなものなんだ、情も移っているしね。置いて行くには忍びない」
「分かったよ、そいうことなら連れてってやろうぜ。それに、妹が犬好きなんだ。その魔犬ってのを見せてやりたいしな」
「すまない、助かるよ」
ネイジスは扉のノブに手をかける。
「今から扉を開けるけど、何と言っても魔犬だ、私には懐いてはいるが何をするか分からない。一応そのつもりで警戒はしておいてくれ」
「なるほど、了解」
そして、ネイジスはドアノブを回し扉を押し開けた。
「ガガウ、迎えに来たよ――」
「ワン! ワン! ワォン!!」
扉が開いたその刹那、魔犬「ガガウ」は勢いよく飛び掛かる。
「タルス君!」
焦るネイジス。
ガガウはネイジスの横をすり抜け、タルスへ襲い掛かった。
「うお!?」
タルスはガガウの勢いに負け、押し倒されてしまう。
「がっ…………」
魔犬の巨体がタルスの上に馬乗りになる。
「ハァハァハァハァ……」
タルスの顔面にむしゃぶりつくガガウ。
「おい、くすぐったいぞ」
「ワンッ」
そのしっぽがブンブンと勢いよく左右に揺れる。
「……ず、随分と懐かれているじゃないか」
今、ネイジスの心情にあるものは、何事もなかったことへの安堵と、若干の嫉妬である。
「おっさん、こいつヤバイよ!」
「ヤバイとは?」
ガガウの腹をワシャワシャと撫でながらタルスは言葉を探す。
「なんて言えばいいのかなぁ……。そう、すっげぇ『神々しい』んだよこいつ!」
タルスの目にはガガウから放たれる尋常ならざるオーラが見えているのだ。
その『理解』は、魔犬などという名称ではとても収まるものではなかった。
「おっさん、こいつ何なの?」
「さあ、私に聞かれても……。こいつは、坊ちゃん……ジランと言う男が魔界のどこかの森で拾ってきたんだそうだ。最初は子犬で今よりずっと小さかったんだけどね、あっという間にでかくなったよ」
ネイジスは少し懐かしむように目を閉じた。
「おまえ、何者だよ?」
「ワン?」
「そっか、分かんないか。俺達と一緒に行くか?」
「ワンッ!」
更に勢いを増し、しっぽを振るガガウ。
食料庫を目指す一行に、「魔犬ガガウ」が加わった。




