星ヶ丘ユウキ-2
俺はバッテリーが半分を切ったスマホを手に取ると、星ヶ丘ユウキ宛にメールを書いた。内容は無論、手伝いの断りだ。あいつのことだからどうせ明日には俺の事なんか忘れてるだろうさ。
しかし、何の因果か俺が送信ボタンをタップしようとしたまさにその瞬間に件のやつから電話が掛かってきた。そしてその拍子に俺はついそれに応答してしまった。
『……ちゃんとスリーコール以内に出ることくらいは出来たのね。褒めてあげるわ』
「お前に褒められても嬉しくねぇよ」
『あら、何かご機嫌ナナメだったかしら?また掛け直すわ』
気味悪いな、こいつが俺には気を使えるなんて。偽者か?
『馬鹿言わないで。そう、元気なのならいいわ。さっそくだけど明日は……』
「それついてだがな……」
俺はあえてユウキの言葉を遮るようにして言った。
「俺にはお前の事を手伝えそうにない。手伝いたいのはやまやまなんだ。本当だぜ?だがな、俺にはお前の手伝いを出来るような頭も力もないんだ。多分だが足でまといにしかならないさ」
俺は最後に「すまんな」と付け加えた。
しかし、ユウキはやはりと言うべきか俺の話など聞いていないようだった。しっかりと断りを入れたつもりなんだがな。少しの沈黙の後、
『……そんな事知ってるわよ。別にあなたに最初から期待なんてしてないわ。何もかも出来るだなんて思ってない』
「なら尚更だろ。残念ながら俺には正確に調査する能力も、怪しいヤツをお前に告げ口する勇気もないんだ」
『あら、あなたってば意外と優しいのね。生温いわ』
ユウキは褒め言葉に見せかけた一言多い侮辱に加えてこんなことを言った。
『でもね、あなたのそれは大いなる勘違いよ。それも、消しゴムを拾ってくれた隣の席の女の子が自分に好意を持っているんじゃないかと思うレベルの恥ずかしいやつよ』
えらそうに腕を組む姿がうかんで来るようなふっ、という含み笑いの後「いいかしら」と前置きをして、
『安心しなさい。あなたは私が持っていないものをひとつだけ持ってるわ』
……慰めるつもりがあるなら手を抜くな。ひとつだけかよ。それもどうせ「NO」と言わないとかそんなんだろ。
しかし、どうやらユウキは本当に俺自信が気がついていない俺のいい所というやつを知っているようで、またしてもふふんと長い黒髪を払う姿が浮かんできそうな笑いを零すと、まるでそれが自慢出来ることのように言った。
『だって、私には友達がいないもの』
「……。」
唖然。
『各個人には興味ないのよ』
「……。」
言葉を無くすってのはこういう事だろうな。なんて返そうか言葉が浮かんでこない。だが、こいつの言いたいことはつまるところこうだろう。
あなたには友達がいるのだからなんとか出来るでしょう、だ。
『そもそもあなた一人だけにやってもらうつもりなんてなかったわよ。あなたが一人で突っ走って無茶する前に電話をかけといてよかったわ。一人で出来ないなら誰かに頼るべきよ』
ユウキは『私のようにね』と付け加えた後、
『一人で出来そうにないことを一人でしようとするのは馬鹿のする事よ。確かに努力は必要よ?それは最低限。でもそんなのは効率悪いし、実際、世の中なんて努力とか根性でもどうしようも無いことばかりなの。というか、多分そっちの方が多いわ』
ひとしきり話終えると、「分かったかしら?」と念を押すように言った。
俺はユウキの言った言葉を反芻しながら、何か反論出来るところはないかと無意識に考えてしまっていた。
結局のところ、俺は逃げる口実が欲しかったのだ。一年前と同じ失敗をしないために。社会でハブられないように、常識人になるために、大人になるために、誰かを手伝ったり助けたりすることなんてせず、周りの人間同様に自分の事だけを考えて、それで山も谷もない平凡な生活を送っていくために。
普通の日常。それが俺の唯一の望みだったから。
しかし、未だ煮え切らない俺に、ユウキは言った。ひどく当たり前の事なのに、ずっと忘れていたかのように思える一言。
『困っている人を助けるのは当然の事でしょ?』
その規模が違うだけのことよ、と付け加えたユウキは電話越しでもわかるほど論破してやったとばかりに荒い鼻息を吐いた。
『一人を助けるのが数千人に増えただけの事じゃない』
言われればそうではあるが。
『あら、見込み違いだったかしら』
……いや、言い返す言葉が見つからん。見つかるはずもないな。
なのに俺はそれを差し置いて自分の、普通の日常を取り戻そうとした。
こいつは確かに言った。助けるのは当然の事だと。
つくづく俺が思ってきたことじゃあないか。
「……おかしいのはこの世界の方。それで間違ってないよな?」
自分の事しか考えないのが常識的?
馬鹿言え。そんなわけあるか。
我ながらまた馬鹿な方向に突き進もうとしているのは自覚してる。今ユウキを強く断ればクレイジーでアメイジングな生活からは程遠い普通の日常に戻れるのも分かっている。
分かっているんだけどなぁ。
「……一人頼りになりそうなやつに心当たりがある」
こいつに絆されたと思うと無性に腹が立ってくるが、仕方あるまい。俺だっていつまでもをしている訳にはいかんのだ。
『……ふふっ、そう。手伝えて貰えそうでよかったわ。もちろん、危険は承知よね?』
なんだその悪徳業者みたいな確認は。だがそうだ、承知済みだぜ。今のうちに遺書を書いておいても遅いということは無いだろう。
しかし、俺のそんな心配なんてよそにユウキは『大丈夫よ』という枕詞を添えて、
『本当に辞めたいのならご自由に』
でも、と。
『安心しなさい。あなたは私が護るから』




