「いえいえ。本当に今来たところですよ」
スポンサーな2人の名前は宝石のカットから。
なんだか衝撃的すぎる一幕があったような気がするけれど。
何はともあれ一通り回り味わいきって、大満足の1日だった。
放心状態のバイトくんを連れ、また馬車でホテルまで帰る。
帰り道は行きと違いクリスタルパレスの外周を回ることがなかったために思いの外早かった。
何とかバイトくんを隣の部屋へ入れ、外から扉を閉める。
良いホテルは自動でロックもかかるし、安全面で心配もいらないでしょう。
何かあれば隣室なので直ぐ駆け付けられるし気づける。
「…なかなか、興味深い方たちばかりでした」
店にいらっしゃることがなさそうなのは残念ですが、それはまあ、仕方ありません。
「少し休憩して、準備しますか」
◇
というわけで、晩餐会。
どうにか正気に戻ったバイトくんを連れて、今度は下ではなく上へ。
上層階、展望エリア。
「お、おお~!」
少しずつ薄暗くなっていく空と隣接するクリスタルパレスが一望できる展望デッキで、絶景を楽しむ。
少し肌寒そうなバイトくんにストールをかけ、赤くなった鼻先に笑う。
「ここにハートさんとファセットさんがいらっしゃるとのことでしたが…」
すこし目線を泳がせれば、視界の端にその姿を捉える。
「マスターさま、バイトさま。お待たせいたしました…!」
「ああ、いえいえ。本当に今来たところですよ」
「はい!めっちゃ景色綺麗です!」
「ふふ、ならよかった!」
こちらです。と案内されたのは展望エリアの奥、ガラス張りの一角。
入口のスタッフが扉を開けると、温かい空気がいい香りと共に流れてくる。
「お待ちしておりました。さあ、こちらへ」
案内された席に着けば、大きなテーブルにたくさんのごちそう。
「本日はたくさん歩いてお疲れでしょう。食べ物も飲み物も、もちろんデザートもたくさん用意させていただきました。チョコレートはあえて外しておりますが、その方がよろしいでしょう?」
「ええ。お気遣いありがとうございます」
「期間中の滞在ということなのでね。チョコレートは会場で」
「そうですね、今日一日だけでもかなりたくさんいただきました」
「そうでしょうそうでしょう。堅苦しいコースではありません。どうぞ自由に召し上がって下さいね」
労うように話すお嬢さんと鷹揚な態度で笑うファセットさんに頷きを返し、バイトくんもつられてぺこりと小さく頭を下げる。
緊張が抜けないバイトくんにお嬢さんがせっせと世話を焼き、食事が始まればどんどん意識をそちらに持っていかれて打ち解けはじめる。
「ん~!このお魚のムニエル、バターが濃厚で美味しいですう!」
「よかった!私も好物なんです、そのムニエル!」
「どれどれ…、うん、美味しいです。程よい塩味と身のふっくら加減がたまりませんね」
「はっはっは。そう言っていただけるとシェフも喜ぶ。なにせ私直々に各地から引き抜いてきた逸材。本当に舌がいいのでね」
わいわいと今日初めてあったとは思えないほど仲良く食事を楽しみ、そのままデザートまでいただくバイトくんとお嬢さんをほほえましく見つつ、ファセットさんのお気に入りというワインを楽しむ。
「明日も会場へ?」
「はい。日や時間を改めて複数のチョコレートを用意されている方もいらっしゃるようで。バイトくんも楽しみにしているようですし」
「なるほど、それはいい。ぜひゆっくり楽しんでくれ。…キミにこうして差し出せるものがあって私は感無量だ」
「おやおや」
「出来れば本当に私が一緒したいのだが…」
「あなたは主催ですから。また機会があれば、ということで」
「期待しても?」
「どうでしょう」
「ふふふ」
「ははは」
「…なんか、こわ…」
「…放っておきましょう。それより!今日一番印象的だったのはどなたのチョコレートでした?ルチルさま以外で」
「もちろんルチルさん以外でね。…う~ん、わたしはオーラさんかなあ」
「まあ、どうして?」
「基本的に甘党っていうのもありますけどお、やっぱり特定の誰かを思って作り続けたひとつ、っていうのが強くて…」
「たしかに、他のショコラティエの皆様はそれぞれ創意工夫されていらっしゃいましたけど、オーラさんはそれを一歩超えて捧げるべき誰かがいるような感じでした」
興味深い話が聞こえて、少し耳を澄ませる。
ファセットさんは気分よく笑ってワインを飲んでいる。
「ハートさんは?」
「ハートでいいですよ?もしくはハートちゃん、とか!話し方も自由にして下さい。あ、私はこれが癖なのでお気になさらず」
「じゃあ、はーちゃんって呼ぶね!はーちゃんは誰が気になったの?」
「私は断然ジェットさまです!」
「ああ…」
順調に親交を深めていると思ったら、なんだか脱線したような。
「チョコよりなにより、私はあの方をコーディネート出来て大変満足です!やっぱりなんというか、私はビジネス的な目線でしか見れないタイプでして…。チョコレートも正直、美味しさよりも売り方を考えてしまって」
もちろん美味しかったですよ?と手を振る。
たしかに、お嬢さんは常々目線や発言の端々に漏れ出ていた。
「他のショコラティエの皆様はそれぞれキャラクター性も作る品と合致していて大きくいじるようなところもなくて…。その点、ジェットさまは手のかけがいがありますっ!」
「おお~、燃えてるう~」
「今後のご本人の売り方も含めて相談させていただく予定で…」
うん。
なんだか別方向に話が進んでいったので、もういいやと意識を切り替える。
「孫もバイトくんと意気投合しているようだ。どうかな、バーで飲みなおしでも…」
「ああ、いいですね。ですが…」
バイトくんを一人にするのも流石に、と言いよどむとどこから聞いていたのか、お嬢さんが私の部屋でお泊り会しますからどうぞと声をかけてくる。
「バイトくんは…」
「いってらっしゃいですマスター!わたしははーちゃんとおしゃべりするので!あ、でも寝る時は部屋に戻ります!」
「そうしてください」
ともあれ、バイトくんも新しい友人との話に夢中なようですし、邪魔はしない方が良いでしょう。
たまには自由に過ごしてもらうのも必要でしょうし。
「では…」
話がまとまったので席を立ち、お互いに目的地へと別れた。




