「魔法使いです!絶対!!」
飴細工とか、本当に食べれる芸術だと思う。
それからおよそ20分ほど過ぎ、足早にお嬢さんが戻ってきた。
「ただいま戻りました…!」
「おかえりなさい」
「で、どうだった?」
「ええ。それが…」
ファセットさんを探し、幾人かのスタッフに声をかければ彼を捕まえるのは早かったそう。
しかし、そこからが協議の内容というか、基本ルールの範囲を再定義するところ。
不可抗力的な微々たる味のばらつきはともかくとして、意図して配合を変えているのであればそれはチョコレートとしての種類のカウントに入るのではないか。
いや、だとしても「にんじんとチョコレート」というセットで考えるならカウントしないのではないか。
だとして、これは料理ではなくあくまでチョコレートの味を審査するもの。そこにわざとバラつきを出しているのはいかがなものか。
とまあ、揉めに揉め。
ひとまずは、「今回は野菜×チョコという組み合わせに対してゴーサインを出したのだから、その野菜に合う細かな調整は不問とする。ただし次回以降の審査基準にはそこも含めて協議・決定の上でルールを出す」というところで落ち着いたのだとか。
「っはあ~!助かったよ、ありがとう」
「いえいえ!私どもとしても、革新的な話でした。まだまだ発展の余地があるようで何よりです…!」
ほっと息をついたペツォッタさんと、まだまだこの祭典にブラッシュアップ出来る余地を見つけ燃えるハートさん。
2人のやりとりに外野ながら一安心。
本当にありがとう、と手を振るペツォッタさんのブースを後にして、残るは2階エリア最後のショコラティエ。ウレキさんのブースへ。
「お待ちしておりました」
深々と頭を下げる初老の紳士に、おもわずこちらも礼を返す。
さて、そんなウレキさんのブースはと言えば、これまたシンプル。
白いクロスに薄いレースを重ね、その上に手のひらに収まるほどのプレートがずらり。
「お、おお~…!!!」
「すごい…!」
「…!」
プレートには今にも羽ばたきそうな躍動感ある美しい鳥。広げた翼の一枚一枚に至るまで繊細に作られている。
命を与える、という言葉に偽りなし。そう思えるほどの絶技。
「ふわあ…!食べるのがもったいないですぅ…!」
「ははは。そう言わず、ぜひ。見た目だけでなく味にも自信がありますので」
思い切って口に淹れれば、舌に滑らかなチョコレートが広がる。
その複雑な味わいは、この鳥が単調な1つのチョコレートだけで作られていないことを伝えてくる。
「みなさまのご想像の通り。部位や羽の配置にもこだわり、チョコレートの比率をいくつも変えて口の中での調和も考えつくしておりますよ」
「す、すごいです。本当に…!はじめにあれだけの人だかりが出来ていた理由が分かりますね…!」
「恐れ入ります」
この小さな鳥に、どうやってそこまで出来るのか。
否、この小ささにそこまで詰め込んで、どうしてこの美しい小鳥を作れるのか。というべきでしょうか。
「天才、いや、魔術師!魔法使いです!絶対!!」
「ははは、いやあこそばゆい。知っている人もいますが、わたくしは以前、彫刻家をしておりまして。そこで磨いた技術なのですよ」
「へえ~!」
「すごい転身ですねえ。なにかきっかけがあったのでしょうか?」
「ええ。もう10年は前のことになりますか。店を倅に継がせた後、時間つぶしに手先の器用さを活かして孫のお菓子作りの手伝いなどをしておりましてね。そこで孫にいたく褒められたもので、もっといいところを見せようと年甲斐もなくはしゃいでいたらいつのまにやら」
だから他の方と違って店を持っているわけではないのです。と笑うウレキさん。
なんて面白い人生を送っているのだろうか。ちょっと記憶いただいてみたいなあ。
ちろりと心の中で舌を出していると、お嬢さんが思わぬ声をかける。
「繊細な彫刻の腕と舌、そしてバランス感覚もおありのようですし、これからはいっそ企業や個人ともオーダーメイドのお付き合いが出来そうですね!彫刻で形に残るものをつくり、その何分の1スケールの食べられるものを出す、とか」
「ああ、それはいいですね。個人の記念日や企業の何らかの大会の副賞など、需要はかなりありそうです」
「!」
口を小鳥チョコでいっぱいにしたバイトくんが目をきらめかせる。
わたしも頼みたいです!と言いたげだけれど、例えばウレキさんが今後そういう活動をしていく場合、金額的な意味でバイトくんには厳しそうです。流石に。
まあ、何かのご褒美にわたくしが手配してもいいのですが。
「それはそれは。そうなったら楽しそうですね。倅に彫刻させてわたくしがそのチョコレート版を作る、親子共演ですか」
「ぜひ!前向きにご検討ください!あ、祖父の名刺を渡しておきますので」
なにやら別のビジネスも生まれているようですが、良いでしょう。
ぱきり。
砕いた羽を下の上で転がすように溶かして飲みこんだ。




