「ヴェールショコラ」
計算され尽くした、でも機械じゃなく人の作るもの。
時・場所・人を問わない、あるひとつの答え。
「ああ、どうも」
やってきたのは玉髄さんのブース。
一目見てわかる、きっちりと整えられた清潔で硬質な雰囲気のブース。
テーブルにかかるクロスはシンプルなホワイト、一点の染みもない純白の上に銀のバットが置かれている。
「どうぞ、お召し上がりください」
そう言って先ほどはかけていなかったメガネを指の腹で直し、テーブルに並べられたチョコレートを手で示す。
パッと見て、置かれているチョコレートは5種類。それぞれ色合いの濃度が違うこと、バットがそれぞれ分けられていることから見ても間違いないだろう。
しかし、それにしても色合い以外にまったく差がないというか、まるで機械で作ったかのように同じ形、同じ艶。
こちらの違和感を感じ取ったのか、お嬢さんがそっと補足情報を口にする。
「これまでそれぞれのショコラティエの特徴というか、運営側の付けたキャッチコピーのようなものを紹介してきましたけれど…」
サペさんの超攻撃的チョコレート。
セレスさんの森のチョコレート屋さん。
それぞれに特徴的なチョコレートだった。彼らにしか作れない、オリジナリティとでもいうような。
「玉髄さまのチョコレートはまったく違います。基本に忠実、確実で正確。超機械的ですべてにおいて狂いなく、いつ作っても何度作ってもそのチョコレートは0.001グラムの違いもない。人の手でつくられるとは思えない完璧なチョコレート」
「ヴェールショコラ」
「まるで薄いガラス細工のように繊細な作業だとして付けられました。けれどこうして実物を見るとまた印象が違うというか…」
ヴェールショコラ。ガラス細工のショコラティエ。
「それは…、とんでもないですね」
「まさにお菓子職人!ってかんじですねえ!」
お菓子作りにおいて、温度管理と並んで重要なのが計量、そして手順の正確さだ。
一般的に、料理よりもお菓子作りの方が科学的だとする声もある。製菓においてほんの数度の差、数グラムの差が明確に出来を左右する。
「ありがとうございます。俺はすべきことをすべき様にしているだけですが、評価していただけることは嬉しく思います」
硬質な声。しかし、その内容からはそこまで機械のようにきっちりと厳しい方ではないのかもしれないと思わせられた。
「では、さっそく…」
「いただきます!」
「あむ」
まずテーブルの端、もっとも色の濃いチョコレートを1粒。真四角のそれを口に含めば、舌に感じる苦みと奥深い甘味。滑らかな舌触りが心地よい。
「これは…ビターチョコレート、ですね。月並みですが、とても美味しいです」
「わたしの方はミルクです!おいしい!」
「私はその中間、といった感じでしょうか」
それぞれ食べたチョコレートの色合いと味から察するに、玉髄さんの作るチョコレートはビターからミルクへ濃度の変わるチョコレート。
その口当たりの良さと視覚にもわかりやすい段階的なチョコレート。
これは老若男女問わず手を出しやすい、大衆受けのいいチョコレートだと言えそうだ。
「…俺は、チョコレート自体が特別である必要はないと思っています。あくまで持論ですし、他のショコラティエを否定する意図はありませんが」
そう言って、またメガネを直す仕草をする。
その声色と髪に隠れた耳の赤さがなんだか彼の人間性を表しているようで微笑ましく可愛らしい。
外見や雰囲気的な印象から思っていたよりも若い方なのかもしれませんね。なんて思いながらもぐもぐチョコを頬張る2人をよそに少し話す。
「なので俺の作るチョコレートは端からよりビターが濃くなるように設計されています。シンプルだからこそ、場所や人間を問わず、いつでも楽しんでいただけます」
「まさしく。特徴のある、それをメインとするチョコレートももちろんいいですが、いつどこで誰が食べても良いチョコレートというのはたしかに原点と言いますか、真理ですね」
「ありがとうございます」
耳を赤くした彼からお返しとばかりにプレートにのせられていくチョコレートをありがたくいただいて、一応玉髄さんにも訊ねておく。
「これはショコラティエのみなさまにお伺いしていることなのですが」
「なんでしょう」
「玉髄さんの思う、ご自身のチョコレートに合う飲み物を教えてください」
その言葉に少し考えるように目を伏せ、そしてぽつりと言った。
「み、水、でしょうか…。いえ、俺は紅茶に詳しくなく…、コーヒーも、苦くてあまり……」
気まずそうにぽそぽそと小声で答える姿に、なんだかお嬢さんが興奮している。
「まあ!そうなのですね!シンプル故にお水ですら合う!素晴らしいです!!」
「い、いえ、べつに…」
「玉髄さんはお可愛らしい方ですねえ」
「ええ!とっても!」
「ぅ…」
「まあまあ、そのへんにしておいた方が良いですよう、2人とも」
バイトくんの静止の声が入り、耳だけでなく首元も真っ赤に染めた玉髄さんが逃げるように後ずさる。顔が赤くならないのはなにか鍛錬とかしているのだろうか、なんて頭の端で思考を回しつつ、こちらも1歩下がる。
「す、すみません!私ったら…!」
「申し訳ございません」
揃って頭を下げる。
「…あの、もう、他の方も来るので…」
「そうですね。では、また」
「ありがとうございました」
「失礼いたします」
「はい。…また?」
たしかに少々人の流れも出来てきたのでここは玉髄さんの言葉に従い、離れることに。
どうせまた時間か日を空けてくることになるので。
さて。
「休憩所に行きましょうか」
「はい!」
「ベストペアリングを探しましょう!」
とりあえずは人の波に逆らって、階下へ降りることにした。




