「……へ?」
「おはようございますぅ!」
研修旅行という名のご褒美旅行初日。意気揚々と登場したバイトくんは、それはもう準備万端といった様子で大きなリュックを抱えていた。足元にはこれまた大きなトランク。
「…ええと、本当にその荷物で行くんですか?多すぎるのでは…」
「何言ってるんですかあ、マスター!こっちは1週間分の着替えとか必要なもの!こっちは分析ノートとかおみやげリストとか、絶対持っていくものですよう!」
「な、なるほど…」
足元のトランク、そしてリュックを見せるようにして言い切る。
まあ荷物が少し多い程度、出先で困るよりはいいのでしょう。本人が決めたことですし。
「では、行きましょうか」
「はいっ!」
元気いっぱいのバイトくんに手のひらを差し出す。
「?なんですか?」
首をかしげながら差し出された手を握って反対の手をあげる。するとどこからともなく馬車が現れ、扉を開ける。
「現地まで」
そう言ってチケットを御者らしき相手に渡せば、少しの見分ののちに頷かれ、チケットを返される。返されたチケットを受け取り、足元に置いた自分のトランクを持つ。
「さあ、乗りますよ」
「…は、はい!」
呆然としていたバイトくんに声をかけ、馬車へのせる。そして自分のトランクを渡し、最後に見るからに重そうな、そして実際に結構重いバイトくんのトランクを持って中に入る。
座るとひとりでに馬車の扉が閉まり、動き出す。
「す、すごい…!」
「遠方からの招待客はこうして馬車がついているそうですよ。もちろん、帰りも。なので集合を店にしたんです」
「なるほどぉ…!わ、景色が!」
馬車の窓から流れる幻想的な風景。
夢の道を移動すること自体は何度か経験のあるバイトくんも、夢幻馬車に乗るのは初めてだったのかはしゃいでいる。
「こないだの旅行は格安ポッドだったから、こうして見えるとまた格別ですねえ!」
「ふふ、帰りもありますよ」
「はい!楽しみですぅ!」
◇
そんなこんなで長いような短いような移動を終え、着いたのはクリスタルパレス。ではなく、隣接されたホテル。
クリスタルパレスの優美な美しさを引き立てる、シンプルながら計算されつくした外観。一歩中へ踏み込めば、広いエントランスに洗練されたスタッフが一糸乱れぬ動きで出迎える。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「す、すご…。わたし、場違いなんじゃあ…」
「まあまあ。すぐに彼が決ますし…、ああ、ほら」
雰囲気に圧倒されたバイトくんが身を隠すように縮こまり、背にしがみついてくるのをなだめる。
するとすぐに奥の方から人影が。
「やあ。待ってたぞ」
「お招きありがとうございます」
「いやいや、キミの頼みなら断らんさ。当然だとも」
はっはっは、と豊かな髭を撫でながら恰幅のいい男性が話す。
「さ、立ち話もなんだ。こちらへ」
「どうぞ」
男性の後ろにいた若い女性、バイトくんと同じような年代に見える少女が片手を広げるように招く。2人の後ろについて歩いていると、くいくいと裾を引かれる。
「あ、あのう、どちら様ですかあ…?」
「ああ、彼は…」
「着きました。さあ、中へ」
開かれたドアの向こうは落ち着いた雰囲気の、おそらくは応接室。
この国の名産でもある大きなクリスタルのテーブルに、向かい合うように椅子が4脚。導かれるままに席へ着く。
「あらためて、ようこそクリスタルホテルへ。私はここのオーナーのファセット、隣は孫のハートだ」
「よろしくお願いいたしますね」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしはまほろば異境喫茶店のマスターです。どうぞマスターとお呼びください」
「わ、私はバイトです…!マスターにはバイトくんって言われてます、バイトちゃんでもなんでも、すきに呼んでください…」
わたわた、普段の元気はどこへ行ったのか消え入りそうな声で自己紹介するバイトくんにお嬢さんが微笑み返す。
「ああそうだ、バイトくん」
「は、はいぃ…」
「彼がわたくし達を招待してくれた人であり、このショコラトル・パレードの主催者ですよ」
「バイトくんといったか。この祭典をとても楽しみにしてくれていると聞いてね。ぜひ隅々まで堪能してくれたまえ。残念ながら私は忙しくてずっと付きっきりというわけにはいかないんだが、孫に案内役を頼んである」
「一緒に楽しみましょうね」
「おや、それはそれは。お気遣いいただいてありがとうございます」
「いやあ、私がご一緒したかったのだがね。さすがに主催だから抜けられなくてね、本当に残念だ」
「ふふふ」
「ははは」
そういえばバイトくんの質問に応えられていなかったなと、彼の紹介を。
どうやら滞在中は彼の孫娘であるお嬢さんがついて案内をしてくれるようだ。
頼もしい案内人に、反応のないバイトくんをちらりと見る。
「大丈夫ですか?」
「…へ」
固まった状態のバイトくんに声をかけると、少しの間を空けて爆発した。
「ええええ~~~~!!!!!!」
キャパシティを超えてしまったらしい。
おやおやと3人顔を見合わせて笑った。




