ep 忠義
第一章:全25話(各4000文字程度)
第二章:全20話(各2000文字程度)
完結済みのため、安定更新
からんからんという軽い鐘の音に混じって、ガシャリガシャリと金属の擦れあう重い音が響く。
扉を開けて入ってきたのは大柄な甲冑に身を包んだお客様。
兜にさえぎられその表情はわからない。
「いらっしゃいませ」
夢の中でまでそんな恰好をしているということはよほど身に沁みついた装いか、はたまたそういう格好をしてみたいという欲求か。
身のこなしや雰囲気から察するに、前者のようではありますが。
「差し支えなければ、お召しの装備は外していただいても構いませんよ。最高の一杯を味わっていただくのに、兜をお召しのままでは支障がございましょう」
「…」
「もちろん、無理にとは言いませんが」
「……いえ、お気遣い感謝する」
特徴的な足音を立ててカウンターへとやってきたお客様は少しの沈黙ののちに、そっと兜を脱いだ。
「しかし、他の装備に関してはこのままで頼む。私は護衛騎士。いかなる時も万全の状態でありたいのだ。たとえ守るべき人がいない夢の中でも」
「かしこまりました」
大柄な甲冑からは想像しづらい、すこし線の細い素朴な顔立ちの青年。
外した兜を手持ち無沙汰に抱えているのを、そっと手で示しカウンターの上へと誘導する。
彼は敷かれたタオルの上にそっと兜を置き、油断ない佇まいでカウンター席へ浅く腰掛ける。
「店主」
「はい。いかがなさいましたか?」
「ここは…、夢の中、なのだな」
「ええ」
「それは私の夢。つまり、店主もまた私の夢が作り出したもの、なのだろうか」
控えめな問いに頭を振って返す。
「いいえ。ここはあなたの夢であり、あまたの夢の混在する場所。わたくしは夢の住人ですが、たしかにここに在り、それにあなたの意思や想像のおよぶ儚さはありません」
ミルクパンに牛乳を注ぎ、細かく砕かれた紅茶を煮出す。
「つまるところ、ここは夢という道でつながった現実にない場所なのです」
ミルクパンからティーカップへと、茶葉を濾しながら注ぎ、ソーサーにのせて提供する。
彼が動揺したように瞳を揺らし、そっと慎重な手つきでカップを持つ。その仕草は案外手馴れていて、誰かと共にお茶を飲むという習慣があることを示していた。
「…」
「お好みで砂糖もご用意しておりますが」
「いや。このままで。…姫は、濃く煮出したミルクティーにたくさん砂糖を入れて飲むのがお好きな方で…」
少し目を伏せ、まろやかな紅茶を飲む。
甘味の足されていないそれは、彼の言う姫には物足りないのだろうけれど、彼には十分なようだった。
「店主」
「はい」
強い光に満ちた目がこちらを射抜く。
「ここは私の想像上のものではない、と言ったな」
「はい」
「であれば…、入口で見た案内は本当なのだろうか。その、記憶を買い取る、という…」
「はい。さようでございます」
目をそらさず強く言い切れば、そうか、と小さく言葉が漏れる。
「…私も、依頼できるだろうか」
「もちろん。お客様が望むゆえに、ここへと導かれるのです」
にっこりと微笑む。
手元のカップに力が入り、伽羅色の水面が揺れる。
彼は少しばかりぼんやりと波紋を眺め、そうしてゆっくりと口を開いた。
「…私のお仕えする姫は王国でも有数の伯爵家の末にあたる方で、私とは5つ程年の離れている」
「さようでございますか」
「曾祖母にあたる方が王家から降嫁された姫君で、それもあって隔世遺伝というのか、王家特有の輝く様な見事な金の御髪をしておられる」
「ああ、では…」
「おそらく店主の想像した通り。姫には物心つく前から婚約者がいる。我が国の第2王子殿下だ。皇太子殿下は隣国の姫との婚姻が決まっているのでな」
自国の王家の血を引く由緒ある貴族筋の姫君。
兄王子が国外の有力な王家との縁を結ぶなら、弟王子は国内の貴族間の結びつきや民衆へのアピールもあるのだろう。
王家と伯爵家だと格の差が大きいような気もしますが、そこはまあ、王家の血が濃く出た姫、という外的要因が強いのでしょうね。
「喜ばしいことだ。殿下は物腰穏やかで頭もよく、皇太子殿下を支えるべく遊学もされて見識深く人脈もある。姫とも長く文通をされており、順風満帆で…」
「であるとすれば、問題となるのは主である姫君のことではないのでしょうか」
「…ああ。お仕えする姫が幸せになれることは間違いない。相手も当然申し分なく、悪いうわさもない誠実な方だ」
問題なのは、自分の方。
「私は愚かしくも、分不相応な思いを抱いてしまった」
つらつらと並べ立てはしたものの。
そうしてとうとう、彼の抱える本当の気持ちがあふれ出る。
それは、抱いてはならぬ思い。ゆえに。
「恐れ多くも筆頭騎士の家系として、性別は違えども長く使えてきた。恐れ多くも妹のように大切に、何より尊んできたのだ。その、はずだったのに…」
ガシャリと金属がこすれる。
握りしめられた手が罰するように膝を打つ。
「このままではいけない。幸いにして姫は私の思いに気づいておらず、私がこの気持ちを殺せばそれで済む」
「…そうですね」
「だから、頼む。どうかこの想いを、姫を主以上に見る記憶を、買い取ってほしい」
例えばこれが物語ならば、姫と騎士が結ばれることもあったかもしれない。
けれど現実はそうでなく。
姫は王子と結ばれ、騎士はただ騎士としてあり続ける。
この場合、自分は悪役なのか。それとも親切な魔法使いなのか。
そんなことを考えて、くだらないと切り捨てた。
「かしこまりました。ええ、もちろん、そう望むなら、わたくしは応えましょう」
「…感謝する」
「さあ、これを」
いつも通りに、エプロンから取り出した本を彼の方へ差し出す。
握らせて、開かせる。
「しかと持ち、そして開いてください」
「…」
彼は大事そうに本の表紙を撫で、そして目を閉じて、ゆっくりと開いた。
その指の先に込められていた思いを知るものはいなくなると分かっていても。
『Anoixis』
ゆっくりとめくられた本からあふれんばかりの眩さが店を染め上げた。
◇
「カイル」
「は。いかがなさいましたか」
普段は厳格でこちらにはめったに声をかけることのない父が、私の名を呼んだ。
家と言えども普段から染みついた言動は変えられず、すこし硬い声で返事を返す。
「明日は…。いや、体調は万全か。少しでもつらいと思うならお前の役目を変えてもいいのだぞ」
その伺うような声に、呆気に取られてしまう。
よほど変な顔をしていたのか、父はごまかすように咳払いをして目をそらした。
「いや、何もないならいい。気にするな」
「はあ」
「ともかく、明日は殿下とお嬢様の婚約の儀だ。気を引き締めるように」
「はい」
話はそれだけだとそそくさと去っていく父の背を目で追いながら、首をかしげる。
「なんだったんだ…?」
まあ兎にも角にも、明日の為に今日は早く休もう。
明日は姫の大切な日。万全の状態で臨み、祝福しなければ!
そう意気込んで、普段よりも早く眠りについた。
◇
どこかの星、どこかの国で。
穏やかで優しい王子と美しい姫の婚約が正式に発表された。婚約の儀はつつがなく終わり、2人は暖かな祝福に包まれたそうだ。
姫の傍らにはかわらず騎士が控え、その生涯を捧げたという。
「めでたしめでたし」
これぞ現実的なハッピーエンド。三方よしとはまさにこのことでしょう。
そんな風に得意満面とグラスを拭いていると、出勤してきたバイトくんがまあるい目を細める。
「マスター、また何かしちゃったんですう?」
じとーっとした目が斜め下から覗き込んでくる。
「…さて、なんのことでしょう。わたくしにはさっぱり」
「もう!お人よし!」
「ははは」
いや、まったくそんなことありませんけどね。
ぽこぽこおこるバイトくんに背を向けてマシンの清掃をしながら、心の中でごちる。
「も~!しょうがないなあ!」
「ああそういえば、バイトくん」
「はい?なんですかあ?」
「以前言っていたアレ、都合がついたので行きますか?」
「えっ!アレって、アレですか!?」
「はい」
おもむろにポケットから取り出したチケットをバイトくんの目の高さに掲げる。
「クリスタルパレスのチョコレート三昧チケット…!」
金色に燦然と輝くチケット。
美食と絶景の国、その中でも特に首都ガーデンにあるクリスタルパレス。その美しい宮殿には日々様々なスイーツが生まれ、職人たちが鎬を削っている。
常に多くの観光客や業界人であふれているが、特にこの時期になるとその勢いはさらに加速する。
チョコレート。
その昔、クリスタルパレスで常に1番の人気を誇ったとある天才が起こした熱狂。
1週間という短い期間の中で、その年最高のチョコレートを決めるという祭典。
「ショコラトル・パレード!」
爛々と輝く瞳が、行きたい!と主張している。
ごきゅりとのどが鳴る。
「この期間に入れるのは出店者と限られた招待客だけ!…つ、つまり…!」
「以前バイトくんが行ってみたいと言っていたので…、コネで貰ってきました」
「マスター…!!!」
ぎゅっとチケットを持つ手を重ねるように握られる。
もはや言葉も出ないほど興奮しきった様子のバイトくんに少し笑い、期待された言葉を紡ぐ。
「行っちゃいましょうか、ショコラトル・パレード!」
「っやった~!!!!!」
嬉しさが爆発して小躍りするバイトくんに、忘れずに声をかける。
「泊りがけの研修ということで向こうでの宿泊先は手配してもらっていますが、必要な物があれば忘れないように」
「はい!!!」
「出発は明後日、いつも通りの時間に来てください」
「はい!!!」
「…チョコレート」
「はい!!!」
楽しみすぎて頭の中がいっぱいになってしまったのか、元気よく返事をするだけの人形のようになってしまったバイトくんに嬉しいやらあきれるやら。
「まあ、いいか」
喜んでいることには間違いないと自分を納得させ、開店以来初めてとなる休業に、お知らせでも貼っておくべきかと思考をずらした。




