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全裸論破録:身も蓋もない一休さん、古代ギリシャの常識を更地にする  作者: フェデリコ・九鬼・マテウス


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第8話:世界を征服した最強の覇王が「何でも望みを言え」とドヤ顔するので、とりあえず「邪魔だからどけ」と言ってみた

~最強の覇王vs全裸のジジィ、ここに開幕~


 その日、コリントスの街は地響きと共に恐怖で凍りついていた。

 ギリシャを統一し、ペルシアすら平らげんとする若き無敵の覇王――アレクサンドロス大王が、何百もの完全武装した鉄血の軍勢を引き連れて行進してきたからだ。

 歩くだけで大地を揺らす軍靴の音、陽光を反射してぎらぎらと輝く青銅の盾。逆らう者はすべて物理的に消滅させる、圧倒的な「暴力」そのものが街を埋め尽くしていく。


「ひぃっ、終わりましたわ……! 今度こそ私たちの命(お嬢様ライフ)は完全に終了ですわ! 和尚、早く服を着て土下座しなさい! 死にます、私たち本当に首をハネられて死にますってぇぇぇ!!」


 隣でパンタシアが涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺の腕をマッハで引っ張って叫んでいるが、俺からすればひたすらに五月蝿いだけだ。

 そんな周囲の阿鼻叫喚を完全に無視して、俺はいつも通り、路傍の樽の横に全裸でゴロリと寝そべっていた。

 やがて、軍勢がピタリと止まった。

 黄金の兜を戴き、神の如き威風を纏ったアレクサンドロス大王が、馬から降りて俺の前に立つ。大王の頭上に浮かび上がる【髑髏杖】の文字は、見たこともない金色混じりの赤光を放っていた。


【煩悩:一〇〇〇(世界制覇の野望、永遠のイデア、神話になろうとする虚栄心)】


「……ふん、世界を半分手に入れた割には、頭の中身は随分と重たそうな荷物でいっぱいじゃねぇか」


 大王は腰の剣の柄に手をかけ、威風堂々と俺を見下ろした。その鋭い眼光だけで、パンタシアは白目を剥いて卒倒しかけている。


「お前が樽の中の狂犬ディオゲネスか。万人たる市民が余の前に跪く中、全裸で寝そべるとは面白い。余は努力する者が好きだ。世界を統べる余の権力に免じて、何でも望むものを一つ叶えてやろう。富か? 地位か? 言ってみよ」


 大王の傲慢極まるドヤ顔。誰もが息を呑む中、俺はよっこらしょと、骨と皮ばかりの老体を少しだけ小突き、大王を薄目で見上げた。

 そして、鼻の穴をほじりながら、身も蓋もない一言を放った。


「あー……。邪魔だから、そこ、どけよ」


「……は?」


 大王の思考が停止した。親衛隊の剣がシャキィィンと一斉に抜かれ、パンタシアの魂が口から半分飛び出す。


「貴様……今、何と言った? 余は世界を征服した覇王だぞ? 余の力があれば、お前の欲しいものなど何でも手に入れてやれる。太陽が欲しいか? それすら余が奪ってやろう!」


 大王の尊大な啖呵。だが俺は欠伸を一つして、薄目のまま答えた。


「ほう。どうやって?」


「……な、に?」


「だから、どうやって太陽を奪うんだ、と聞いてるんだよ。マケドニアの小僧」


 大王の口が開いたまま止まった。親衛隊が顔を見合わせる。パンタシアが息を呑む。

 世界を征服した男が、全裸のジジィの「どうやって?」の一言の前で、初めて言葉を失った。


「……」


「言えねぇだろ。神でも創れねぇものを、人間風情が奪えるか。お前さんが征服できるのは、人間が勝手に『価値がある』と思い込んだ偽金だけだ。俺の太陽には指一本触れられねぇ」


 俺は骨と皮ばかりの老体をゆっくりと起こし、大王を正面から見据えた。


「俺はな、天がタダで恵んでくれた最高の『日光』を浴びて、今日という命を100%貪り尽くすために生きてんだよ。『死にとうない』って叫んで死んだくらいだ、生きたいに決まってんだろ。……だからよ、お前がどれだけ世界を奪おうが関係ねぇ。今お前は、俺が生きるために必要な、世界で一番価値のある『光』を、その無駄に分厚い鎧で遮ってんだよ。富も地位もいらねぇから、さっさとそこをどいて、俺に命を味あわせろ」


 完璧な、あまりにも身も蓋もない「生の肯定」。

 大王は、自らが血を流して手に入れた「世界の富」が、全裸のジジィの日向ぼっこ以下の「コスパ最悪のゴミ」にまで更地にされた衝撃に、ガタガタと全身の鎧を震わせた。

 その背後で、魂を半分飛ばしたパンタシアが、涙目でブツブツと壊れた人形のように呟き始める。


「……嘘でしょ。世界の全てを所有する覇王に対し、『太陽の光』という誰のものでもない自然を対置することで、所有という概念そのものを精神的敗北へと追い込んだわ。しかも『どうやって?』の一言で覇王自身に矛盾を証明させるという……これは一休の『生への執着(死にとうない)』とディオゲネスの『自足』が、覇王の存在価値を更地にする究極のドッグ・ゼン(野良犬の境地)……! って、私なんで世界最強の軍隊の前で命乞いも忘れてアカデミックに大絶賛してるのよ!? もうダメ、常識と一緒に私の命の灯火まで更地になっちゃうぅぅぅ!!」


 大王はゆっくりと剣を鞘に収めると、天を仰いで呆然と呟いた。


「……余がもしアレクサンドロスでなかったら、ディオゲネスになりたかった……」


「カカッ! お前が誰だろうが知ったこっちゃねぇよ。ほれ、影がズレた。早くどけって」


 ポクポク、チーン。


【今日の狂歌】

王が持つ 世界の富より 暖かき

タダの日光 遮るなかれ


【あとがき】

いくら領土を広げたところで、人間が最後に持っていけるのは自分のむき出しの命(肉体)だけ。

世界を征服するなんて大層な暇つぶしをする前に、せめて足元のひなたぼっこの心地よさくらい、気づける心の余裕を持っておきたいもんですな、覇王さん。


【次回予告】

次話:『覇王アレクサンドロス、俺の「どけ」の一言で悟りを開き、危うく世界征服を辞めそうになる』

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