第6話:海賊に捕まって奴隷市場に出された俺、客に向かって「誰か俺に飼われたい奴はいるか?」と逆面接を始める
人生、何が起こるか分からない。
つい昨日までアテナイの路上で真昼間からカボチャを灯し、「本物の人間」を探すという変態の極みみたいな真似をしていた俺だが、気がつけば海賊の船倉に放り込まれ、暗闇の中で激しく揺られていた。
どうやらアテナイの治安は、俺の羞恥心と同じくらい崩壊していたらしい。
だが、ただでさえ狭くて不潔な船倉だ、移動中はどうにもひまだった。
だから俺は、手首に嵌められた頑丈な鉄の鎖をジャラジャラと打ち鳴らし、なかなか良いリズムを作ってやることにした。
「ちーん。なむあみだーぶ、なむあみだーぶ……。ポクポクポク、ちーん」
暗闇の船倉に響き渡る、全裸のジジィの朗々とした念仏と、無駄にキレのある鉄鎖のパーカッション。
「おい、頼むからやめてくれ生臭ジジィ! 呪うなら船長にしてくれ!」
「耳の奥からあの『ちーん』が離れねぇんだよ! 飯ならお前の分までやるから黙れ!」
むさ苦しい海賊たちが頭を抱えてのたうち回るが、俺からすれば笑止千万だ。
自分で歩く必要もなく、タダで船旅をさせてもらい、おまけに特等席でセッションを楽しめる。これを「不幸」だの「絶望」だのと呼ぶ奴は、構造を理解していない想像力の欠如というやつだ。
船がコリントスに着く頃には、海賊たちは寝不足で全員ビー玉のような目になっていた。彼らは「早く、一刻も早くこいつを売り払うんだ……!」と涙目で俺の首輪を引っ張り、パンタシアと共に奴隷市場の競売台へと立たせた。
隣のパンタシアは「もうお終いですわ……私の気高きお嬢様ライフが、こんな不潔な場所で値踏みされるなんて……!」と泣き崩れている。彼女は隙を見てマッハで逃げ出そうとしたが、当然のごとく海賊たちに首根っこを掴まれ、余計に絶望を深めていた。
そんな彼女を横目に、俺は市場に集まった金持ちどもをじろじろと見回した。右手の【髑髏杖】が、彼らの頭上に薄汚い赤字を浮かび上がらせる。どいつもこいつも、服の上からでも分かる肥満体型か、あるいは「自分がどれだけ偉いか」を誇示するためだけの、カボチャの中身並みに空っぽな面面だ。
「さあさあ、次はこの未知の最果てから流れてきた、奇妙な全裸の老人だ! 骨と皮ばかりのヨボヨボのジジィだが、醸し出す気配は一丁前に怪しげな祈祷師、口だけは達者だぞ! 誰か買う奴はいないか!」
睡眠不足で半狂乱の海賊が声を張り上げた瞬間、俺は競売台の一歩前に出て、値踏みする客たちを堂々と指差した。
「おい、そこにいる贅肉の塊。お前、俺を飼いたいのか?」
市場が一瞬で静まり返った。腹の出た大富豪の旦那が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「なんだと、この奴隷風情が! 誰に向かって口を利いて――」
「お前だよ、脂肪の塊。勘違いするな。俺が売られているんじゃない。お前らが、俺という『主人』に飼われるための面接を受けにきてるんだ。誰か、俺に真っ当に飼われたい奴はいるか? 条件は毎日タダ飯を出すことと、俺の説法を拝聴することだ」
あまりの身も蓋もない言い草に、大富豪は泡を吹いてその場に卒倒し、周りの客たちも「関わったらあかんやつだ」と蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
それを見たパンタシアが、またしても自分の頭を抱えて呟き始める。
「……嘘でしょ。拘束され、値踏みされるという絶対的な受動(奴隷)の立場にありながら、言葉一つで相手を『選考される側』へと引きずり下ろしたわ。これは、環境に支配されず自ら律するストア派の『主客逆転の論理』の先取り……ッ! って、私なんで奴隷市場の営業妨害を全力でアカデミックに全肯定してるのよ!? もう嫌、この男といると社会的な常識が更地になっていくわ……っ!!」
買い手がいなくなり、商売を完全に「中止」に追い込まれた海賊が、「お前、営業妨害で泣くぞ!?」と涙目で叫んだが、ひま潰しのセッションに付き合ってやったんだ、感謝してほしいもんだぜ。
ポクポク、チーン。
【今日の狂歌】
買われても 飼い主選ぶ 野良犬の
首輪の裏に 牙を隠して
【あとがき】
自分の値段を他人に決めさせて一喜一憂するなんて、奴隷以下の暇つぶしですが、どいつもこいつも「自分」を高く売りつけることに必死なのはお互い様。
せめて値札の裏側の「生臭さ」くらいは、忘れずに持っておこうじゃねぇか。
【次回予告】
次話:『大富豪に買われたはずが、いつの間にか俺が一家の主人になっていた~教育という名のマインドコントロール~』




