第5話:真昼間に灯火を掲げて「人間」を探していたら、街中が「カボチャ人間」だらけだと判明して絶望した
春の曙。アテナイの空が紫だちゆく頃、俺はすでに「仕事」に取り掛かっていた。
仕事と言っても、樽を転がして広場の中心へ移動するだけだが、今日の俺には「相棒」がいる。
どこから持ってきたのかとパンタシアが震える指で指し示した、不気味なほどにオレンジ色をした巨大な瓜――。
俺はその中身を「身も蓋もない」手つきで抉り出し、目と口の形に穴を開け、中に太い蝋燭をぶち込んだ。
「和尚……その、悪魔の果実のようなものは何?」
「あ? 提灯だよ。時代が追いついてねぇ? 固いこと言いなさんな。この街の連中を照らし出すには、これくらい歪んだ光が必要なんだよ」
日が昇り、広場が人々で溢れ返る。アテナイの賢者気取りどもが、今日も「羽のない二本足」を堂々と晒して歩いている。
俺は真昼間の直射日光の下、あえてそのカボチャに火を灯した。
「いない。……いないぞ。パンタシア、この街は欠品か? 『人間』の蓄えがどこにも見当たらねぇ」
俺は火を灯したカボチャを高く掲げ、通りゆく連中の顔面を至近距離から覗き込んで歩き出す。
「おい、そこの髭面! お前、人間か?」
「な、何を失礼な! 私は高名な修辞学者だぞ!」
「あ? 知るかよ。お前の顔、このカボチャの光で透かしてみりゃ、中身はただの★◎§※じゃねぇか。言葉を詰め込んだつもりだろうが、ただの空洞だ」
俺がカボチャを突きつけるたびに、アテナイのエリートたちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
髑髏の杖が、彼らの「外面」を叩き割るように激しく共鳴し、広場には言語を絶する記号の波動が吹き荒れる。
「お前も、お前もだ! 二本足で歩いてりゃ人間だなんて、プラトンの旦那もナメられたもんだな。お前さんらは、誰かが火を灯してくれなきゃ自分じゃ光れねぇ、中身をくり抜かれた『カボチャの提灯』と同じだ。他人の目という『油』で燃えてるだけの、動く肉塊だろ!」
「ひぃぃ! 狂人だ! 樽の中の狂犬が吠えてるぞ!」
「カカッ! 吠えてるのはどっちだ? 自分が空っぽだと指摘されて、慌てて皮を繕おうとしてるお前らの方じゃねぇのか!」
パンタシアは、その光景を呆然と眺めていた。
彼女の脳内では、これまで積み上げてきた哲学の理屈が、一休の掲げるカボチャの不気味な光によって、バラバラに解体されていく。
(……そうよ。私たちは『人間とは何か』を定義することに必死で、自分が『何者であるか』を忘れていた。形を整え、皮を飾り、中身を空っぽにしたまま、高潔なフリをしていただけ……!)
市場は混乱の極みに達し、カボチャの種と記号の飛沫が宙を舞う。
だが、夕闇がアテナイの丘を包み始める頃、喧騒は不気味な静寂へと変わった。
一休は、疲れ果てて座り込んだパンタシアの前に、静かに腰を下ろした。
カボチャの火は今にも消えそうで、その細い光が、一休の深く刻まれた皺を照らし出す。
「……お嬢ちゃん。泣くな」
その声は、昼間の狂気が嘘のように低く、澄んでいた。
一休は、髑髏の杖の頭を、まるで愛しい赤子の頭でも撫でるように優しく摩る。
「俺が探してるのはな、綺麗な言葉の定義に収まる『賢者』なんかじゃねぇんだよ」
パンタシアが、涙に濡れた顔を上げた。
一休の瞳の中には、燃えるような異郷の夕焼けが宿っているように見えた。
「明日には野ざらしになるこの肉体を抱えてな。それでも『死にとうない』と震えながら、今日を必死に笑おうとする……。そんな、不格好で生臭い、本物の『命』を探してるんだよ」
パンタシアの胸の奥で、何かが決定的に壊れ、そして再構築された。
理性の光ではなく、もっと根源的な、魂の火が一休の手によって灯された。
「和尚……私、私、今なら分かります。私の中にあったのは、偽物の光だった。私、あなたと一緒に――」
パンタシアが感極まり、その震える手を一休の汚れた手へ重ねようとした、その刹那。
「……あー、ごめん。ちょっと待て」
一休は無慈悲に手を引っ込めると、ボリボリと凄まじい音を立てて股間を掻き始めた。
「あー、痒い。さっきのデカいカボチャ、あの中に変な虫がいたな。うわ、これ絶対、ダニだわ。最悪だ。おい、パンタシア。ちょっとこれ、お前の服で拭かせろ。ダニの粉がついてる」
「…………え?」
感動で潤んでいたパンタシアの瞳が、急速に光を失い、ビー玉のように無機質なものへと変わっていく。一休は構わず、パンタシアの高級なトーガの裾を掴むと、それで鼻を「フンッ!」と景気良くかんだ。
「ふぅ、スッキリした。……あー、なんだっけ? 『命』がどうとか言ったか? 悪い、今のはただの雰囲気作りだ。適当なこと言ってパンタシアちゃんをハメて、晩飯の残り物でも分けてもらおうと思っただけだよ。カカッ!」
一休はパンタシアの硬直を無視し、中身の腐りかけたカボチャを彼女の膝元に放り出した。
「ほれ、そのカボチャ、もったいねぇから食えよ。俺はもう飽きた。……さて、明日は奴隷商にでも捕まって、タダ飯にありつくとしようかね。ポクポク、チーン」
一休は全裸のまま、軽快なステップで樽の中へと消えていった。
暗闇の中、パンタシアの手元には、ぬるりとしたカボチャの残骸と、一休がなすりつけた鼻水の感触だけが残された。
救いも、真理も、そこには何一つ存在しなかった。
【今回の狂歌】
「悟り面 語る言葉の 裏側に 潜むはダニと 食い意地ばかり」
【あとがき】
カボチャ(瓜)をくり抜いて火を灯すなんて、変態の極みですが、中身が空っぽなのはお互い様。
せめてその「空っぽ」を自覚して、必死に燃えてやろうじゃねぇか。
【次話予告】
次回:『海賊に捕まって奴隷市場に出された俺、客に向かって「誰か俺に飼われたい奴はいるか?」と逆面接を始める』
アテナイの日常が、突如として海賊の略奪に塗りつぶされる!
だが一休、鎖に繋がれても態度は相変わらず。「俺をいくらで買う? 損はさせねぇ、人生の虚しさをタダで教えてやるぜ!」
次回、一休ディオゲネス。奴隷市場に「逆求人」の嵐を巻き起こす!




