第2話:『自称「神の代理人」が豪華な馬車で煽ってきたので、神の全裸について説法してメンタルを物理で折ってやった』
アテナイの広場は、朝から喧騒に包まれていた。
だが、その中心には、まるでそこだけ時間が止まったような、あるいは「無」が口を開けているような空間がある。
――神殿からくすねてきた巨大な甕。
その中に、俺、一休ディオゲネスは全裸で収まっていた。
「カカッ、この曲線、なかなかに禅的じゃないか」
樽の縁に足をかけ、髑髏の杖の穴に詰まった砂を、フーフーと吹き飛ばしていると、広場を割るように豪華な馬車が近づいてきた。
金糸の刺繍が施されたトガを纏い、脂ぎった顔に傲慢を貼り付けた男――ゼウス神殿の筆頭神官、メニッポスだ。
すかさず、俺の右手の髑髏がカタカタと震え、男の頭上に赤い文字を映し出す。
【煩悩:九八〇(神を利用した自己顕示、強欲、成金趣味)】
「……まあ、どこの世界も坊主の皮を被った生臭は変わらねぇな」
そこへ、顔を真っ赤にしたパンタシアが駆け寄ってきた。
「ちょっと、あなた! 早くその不潔な甕から出て跪きなさい! あの人はメニッポス様。アテナイの祭祀を司る、神に最も近い御方なのよ!?」
「神に近い、ねぇ……」
メニッポスが馬車の上から、憐れみと軽蔑の混じった視線を投げかけてくる。
「不潔な野良犬よ。神聖なる広場をその醜い肉体で汚すとは、神への冒涜。死してなお冥府で焼かれる罪だと知れ。神は、秩序と美を尊ぶのだ!」
神官の説法。アテナイ市民が畏怖して静まり返る中、俺はあえてメニッポスからプイと背を向けた。
そして、樽の中でよっこらしょと腰を浮かせ、溜まっていた「生命の熱気」を一気に解放した。
――ブッ!!!
静寂を切り裂く、乾いた、しかし重厚な一音。
「なっ……!?」
メニッポスが絶句する。パンタシアが「ひっ……!」と短く悲鳴を上げ、自分の鼻を押さえた。
「おい、神官さんよ。そんなに驚くな。神が創ったこの体から、神が創った食い物が消化されて、神が創った風となって出てきただけだ。これこそが宇宙の呼吸、神の摂理ってもんだろ?」
「き、貴様……っ! 私の高潔な説法の最中に、屁などと……!!」
「高潔だぁ? お前さんの着ているその服、その馬車、その地位。全部人間が勝手に作った『偽金』じゃねぇか。神が人間を産み落とした時、そんなモン一つでも持たせてくれたか?」
俺は樽の中で寝返りを打ち、今度は鼻をほじりながらメニッポスを薄目で見上げた。
「神は何も持たず、何も欲さない。神に近づきたいなら、まずその服を脱いで俺と一緒にこの樽に入れよ。それとも何かい? お前さんの『神』は、布切れ一枚で隠れてしまうほど、ひ弱なモンなのか? ポクポク、チーン」
「う……ううう……っ!」
完璧な正論――いや、身も蓋もない真理。
自らの権威が、全裸の男の屁と同じ次元にまで「更地」にされた衝撃に、メニッポスは泡を吹いて馬車の床に崩れ落ちた。
「メニッポス様!?」
パンタシアが慌てて駆け寄る。だが、彼女の明晰な頭脳は、今の一休の暴挙を無視できなかった。
「……待って。今のは、人間が後天的に作った『恥』という概念を、生命本来の『自然』によって撃ち抜く……つまり、キュニコス派の提唱する『自然に従って生きる』を、これ以上なく直截的に表現した、新時代の弁証法だわ……!」
ハッと我に返り、自分の口を押さえる才女。
「……って、私なんであんな不潔な放屁を全力でアカデミックに全肯定してるのよ!? もう嫌、もうこの街の知性が更地になっていくわ……っ!!」
赤面し、泣きそうになりながら馬車を追って逃げ去るパンタシア。
俺は髑髏杖をコツリと鳴らし、再び樽の中に深く沈み込んだ。
「カカッ、お嬢ちゃん。屁の音の中に真理を聞くとは、いい修行ができてるぜ。……さて、日光の邪魔がいなくなった。一眠りするか」
【今日の狂歌】
花散れど 屁の香は残る 樽の中
これぞ真の 仏の教え
(あとがき)
どうも、一休です。神官の説法を屁で返す。これぞ「不立文字」の極致です。
綺麗な言葉で着飾るよりも、一発の屁の方がよっぽど神の摂理に近い。
次話:『アテナイの権威が「人間とは羽のない二本足の動物である」と定義したので、毛を抜いた鶏を叩きつけて「人間(笑)」を納品してやった』
……まあ、そのせいで才女パンタシアの知性は絶賛大崩壊中ですがね。




