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王女の陰謀 ~側妃の娘は最後に嗤う~  作者: 紫月 由良


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03-1. 婚約破棄と仲裁する兄王子

 朝早いにも拘わらず、関係者は揃っていた。


 側妃宮――王女宮とは同じ建屋というか、側妃宮が小さすぎたため増築した部分を王女宮と呼んでいるだけだ。

 パイロンは父ベリリント伯爵と一緒だった。成人した一人前の男であるとはいえ、政略結婚なのだから家長が出席するのは妥当だろう。


 ほかにこの婚約を纏めた第二王子クファニック。半分だけとはいえ血が繋がっている事実も、世間でいうところの兄であるというのも嫌な相手。顔は見たくないけれど仲介した者としての責任から、この場にいるのは仕方がなかった。


「この度は……。息子にはよく言って聞かせましょう」

 ベリリント伯爵の言葉の裏には、たかが一度や二度の浮気ぐらいでという気持ちが透けて見えた。傲慢だというわけではなく、この国は割と恋愛に寛容で、家族を蔑ろにしなければ少々の交際は許されるべきという風潮なのだ。


 独身の令嬢こそ、跡取りの問題があるため処女性が尊ばれるとはいえ、結婚して跡取りを産んだ後であれば、愛人とそういった関係になっても許される。


 むしろ男女問わず悋気を起こして相手を責める方が、心が狭いと後ろ指を指される。

 パイロンは独身とはいえ嫡男だから、婚姻前に婚約者以外を妊娠させたところで、後継者問題は発生しない。これが婿入りする立場であれば話が変わってくるけれど。


 今回は私が嫁入りする立場だから、目こぼしされるべきというのが、ベリリント伯爵の意見なのだった。

 だからお母様の言葉に、反発を覚えても仕方がないことだった。


(わたくし)はこの婚約の破棄を考えております。パイロン殿の有責で」

「――!!」


 王族らしく凛としたというより、格の違いを見せつけるような一言。

 厳しい表情は一歩も引くようには見えない。当然だけれど。

 今回はパイロンに一方的に非があり、私には一切の瑕疵がない。


「たかが一度や二度で目くじらを立てずとも良いでしょうに」

 ベリリント伯爵の言葉は、どこか莫迦にしたところがある。表に出てこない側妃は、これだから世間知らずで困ると言いたげ。


「半年はたかが一度や二度ではありませんけれど……。回数の問題ではない、女遊びくらい許容して当然とおっしゃりたいのかしら?」

 横に座るお母様の表情はわからない。でも一切の感情を消した声は、向けられた相手にとって恐怖を与えるほど冷たい。


「……それは確かに多いかもしれません。ですがパイロンは既に成人しており、王女は未成年だった。どうしても欲を抑えられないときもあるのですよ。特に若いうちは」

 婚約者の母とはいえ側妃の立場にある女性の言葉を、否定する愚はおかさないようだ。


 しかしまだ自分が有利だとは思っているみたい。

 滑稽すぎて笑いそうになるのを我慢する。自分が道化だと気付かないのはいっそ哀れだ。


「相性も悪いようですし、この場で円満に関係を解消するのも良いと思ったのですけれどね」

 頭を下げ自分の非を認めて引くのなら、大事にはしないと言外に滲ませる。一度は引き下がれるように逃げ道を用意してあげたらしい。


 ――お母様は案外、優しいところもあるのね。でもきっと引き下がらない。


 陞爵(しょうしゃく)が懸かっているのだから。

 欲の皮を突っ張らせた結果、息子が破滅するのに気づいていないから。


 側妃が生んだ王女は、国王と正妃に疎まれている。ベリリント伯爵の嫡男との婚約を取り持った第二王子からも()(りゃく)に扱われている。結婚と同時に領地の片隅に押し込んで好き勝手しても許される相手でもある。実に使い勝手の良い駒なのだ。

 手放す訳がない。


「そう――。ではそちらの有責で、こちらが婚約を破棄するしかありませんね」

「たかが浮気如きで?」


 恋におおらかな国だからこそ、パイロンの行動はそれほどでもないと誰もが寛容になる。

 たとえこれが逆で私が浮気したとしても、処女を守りさえしていれば、関係継続が普通の対応だから。

 でも私には切り札がある。きっとお母様もご存じだから強気になれるのだ。


「穏便に……。できるだけ互いに傷つかないように関係を解消したかったのですが」

 まったく残念に思わない声色だった。


「浮気だけなら『仕方ない』で済ますしかありませんけれど、不妊は十分、有責になりましてよ」

「――!!」


 場をひっくり返すほどの衝撃が走った。

 子を為せないと謗られるのは妻。

 だからこそ夫が原因の不妊が結婚前にわかっているなら、告知するのが筋というもの。


 もっともパイロン本人も、父親のベリリント伯爵も寝耳に水の衝撃だったのは、その顔でわかった。

 両家の結びつきは、王女(わたし)が降嫁するだけで十分とはいえ、王女の血を引く子というのは政略上、重要な駒であり、生まれるのが前提なのは、暗黙の了解だ。


 ――お母様もご存じだったのね。

 娘が仕掛けたあれこれを知っていて当然かもしれないけれど、さすがだと思う。


「子ができないなど、言いがかり甚だしい! 半年の浮気で隠し子ができなかったからと言って、種無しとはあんまりではないか!!」


 ベリリント伯爵の激昂は当然だ。

 男女を問わず、不妊というのは大変な不名誉なのだから。

 大袈裟なまでの怒り。

 不名誉に断固抗議すると言いたいのは誰の目にも明らかだった。


「――性病に罹患してますもの。男女に拘わらず不妊の原因になるような種の」

 ベリリント伯爵の荒い鼻息が収まるのを待って報告書を差し出した。


「昨夜、娘がパイロン殿が臥所を共にしているところを見て、相手の女性の妊娠有無を確かめようとしたみたいです。そして病気が見つかりましたわ」

「……それは相手の女性に感染させられたのだろう。治療すれば治る筈だ」


 冷や水を浴びせられたように一気に興奮が冷め、今までとは真逆の焦りと媚びるような態度に変わる。

 現金で……とても醜悪に見えた。


「可能性は低いようですね。医師の診断では感染から随分経っているようですから。複数の性病に罹患し、子を為すのは絶望的だと断定できるほどではないものの、諦めた方がいい確率が高いとの事でした。昨夜のお相手は、ご子息から感染したのかもしれません。二人の症状の進行具合から見て……」


「そんな……」

 ベリリント伯爵の顔が驚愕に彩られた。


「完治する可能性は高いようですが、不妊の後遺症まで治るか微妙といったところのようです。病気は少なくとも半年以上、経過しているとか」

 お母様が淡々と医師の見解を告げた。

 ベリリント伯爵の拳がプルプル震える。激昂して机を叩いたその手が乗ったままだった。


「なぜそんなにも長い間、気付かなかったのだ!」

 怒りの矛先が息子に向かう。


「ともかく、そちらの有責で婚約を破棄いたします。よろしいですね?」

 確認の体を取っているが、決定だった。

 ちらりと上座に座るクファニックを見ると、やはり驚愕のまま口を半開きにした間抜け顔を晒していた。


 ――役立たずなようで何よりだわ。

 正気に返ったとしても、適当にあしらえる程度の雑魚ではあるけれど、口出しをされないのは楽で良い。


「それでは『パイロンの身体的理由により子を為す可能性が非常に低いため、婚約を破棄する』でよろしいかしら?」

 お母様の言葉を書記が書き写す。


「それで……」

 ――かまわないと続けたかったのかしら?


 言葉が少ない。『性病による不妊』という不名誉極まりない言葉がなかった影響か、少しだけ顔色が戻った。

 でも続く言葉を、ベリリント伯爵は看過できなかった。


贖金(しょっきん)として金貨百枚を支払うものとする」

「それは……!」


 相場より遥かに安い金額。あくまで形式上、どちらに非があるのかわからせるため、という言い訳が立つようでありながら、ベリリント伯爵が吝嗇なのか、貧窮しているのではと邪推されかねない。

 もっとも金額以上に『贖金』という和解に伴いやりとりされる金銭の言葉として、最も強い言葉に反発したのだろうけれど。


「重すぎる!」

 ベリリント伯爵が抗議の声を上げる。


 ――当然よね。言葉が強すぎるもの。


 和解のために支払われる金銭の名称は強い順に「贖金」「償金」「和解金」「見舞金」となる。見舞金はほんのちょっとした軽い損害程度に使われるから不適当としても、「贖金」は家門そのものに大きな打撃を与えたり、意図して嫡男を殺したような、重い罪に対して使われるのだから。


 今回のように「不妊を隠して婚約を結んだ。もしくは結婚前の浮気により不妊になった」という理由からすると「和解金」が妥当、とはいえ王女と一介の貴族の嫡男という立場からすれば一段か二段重い扱いになるのも、またおかしい話ではなかった。


「不妊が理由ですよ。当然ではありませんか」

 お母様は一歩も引かない。

 責任の所在がはっきりしているから、どこまでも強気でいられる。


「本来、『贖金』が妥当ではあるが、伯爵家の体面のためにも、ここは『償金』か『和解金』に下げてはもらえないだろうか。これからパイロンは闘病のために、王宮から下がる身であるし、結婚も不利になる。側妃殿下の手を汚さずとも罪を償うのだ。少々目こぼしをしてやってほしい」


 ようやく正気に戻ったらしい第二王子がお母様に温情を訴えた。

 ――どうせなら、話が終わるまで呆けていれば良かったのに。


「なるほど、クファニック殿下は王家が侮られる方が良い、そうおっしゃるのね」

「侮られるなど……」


「ではなぜ相応以下の言葉を提案されるのかしら?」

「それは……」

 あっという間に言葉に詰まる。底の浅さを露呈しただけだった。

 少し考える余裕ができたベリリント伯爵が静かに口を開いた。


「領地はどうだろうか、従属爵位として男爵位を持っている。それを王女殿下に――」

 爵位を譲るというのは、同時に付随する領地も寄越すことだから、かなり思い切った提案だ。

 でも――無用な長物でしかない。


「遠方の領地など、管理ができずに困りますもの。邪魔と言ってはなんですけれど、欲しいとは思えません」

 二人の会話に口を挟んだ。受け取るのは私だけど、欲しくない物を押し付けられても困るだけなのだ。


「ではどうしたら……?」

「正直、お金には困っていませんから、形だけどちらが悪いかわかれば良いのです。それと罪の配分がどちらにあるのか。(わたくし)の提案は理に適っているでしょう?」


 駄々をこねる子供を諭すようなお母様の声は、どこまでも凪いでいた。

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