03-2. 婚約破棄と仲裁する兄王子
一方的かつ圧倒的にベリリント伯爵家の嫡男が悪い。
償金という名目は、端的にそれがわかる言葉。
金貨百枚というのは平民なら一生かかっても稼げない額であるけれど、王族なら盛装のドレス一枚分程度の金額にしかならない。
そして…………貴族が和解する場合の最低額でもあった。
「それはさすがにベリリント伯爵が不憫だ。不適当なまでの金額では、吝嗇と思われるか、家の内情が厳しいと見られるだろう。どちらに非があるかわかるようにするだけでなく、面子も守ってやってくれないか」
流石に見ていられなかったのか、第二王子が口を挟んだ。
「罪を減じよと?」
「『贖金』では復帰しても社交界での居場所がなくなる。王女の身に何もなかった。それに今までも干渉したり迷惑をかけたりはしなかっただろう? そこを評価してくれないだろうか」
苦しい言い訳だけど、事実ではあった。
王女宮に押し掛けてきたことは何度もあったけど、それは仕える王子に付き従ってのことであり、パイロンが積極的に行動したことは一度もない。
情に訴えただけだけど、存外悪くない提案だった。
「確かに、それは一理ありますね」
お母様が同意した。
「王女が納得するなら、それで良いでしょう。しかし『贖金』相当の補償をするのが条件です」
「私もそれで構いません。でも爵位は欲しくありません」
ベリリント伯爵が保有している男爵領は、王都からかなり距離があって管理をするためには現地に赴かなくてはいけない。正直言って面倒な代物だった。
「分割にはなるが、男爵領相当の金貨を支払おう」
最初からかなりの大金を積んできた。
定期収入があり、貴族として低い地位とは言え王宮に出入りする資格を持つのだから、決して安い金額にはならない。王女の面子を慮るのに十分だった。
だけど頷く気はない。
「額面は少なくて良いのです。一括でお支払いくださいませ」
できるだけ早く縁を切りたいと言外ににじませた。
「では荘園を用意しましょう。側妃どのの実家に隣接する場所に男爵領相当の大きさを用意いたします」
「それは悪くない提案です。しかし王女を実家の養女とした後に、隣国に嫁がせるのもアリかと思っていますの。娘の評判が色々と……。わかりますでしょう?」
ちらりと冷めた目で第二王子を一瞥したのが、風の動きでわかった。
積極的に私のありもしない悪行を吹聴した結果だった。
父である国王に存在を無視された王女。第一王子は父王に倣い、第二王子は積極的に貶める方向に動いた。
そんな微妙な立場だから、さっさと国外に出てしまうのもアリかなと思っている。悪評が付いて回るなら、お母様の実家であるスターリング伯爵家の養女になれば良い。
国の事を考えるなら、留まるべきなのだろうけれど。
ベリリント伯爵と第二王子の顔色が同時に悪くなった。金銭的負担と名誉、その両方を差し出さなければ納得しないと理解したらしい。
「そういう訳で、土地は要りません。もちろん爵位も。それで男爵位相当の金銭的な贖いは可能なのかしら?」
無理なら和解が成立しないけど、こちらはまったく困らない。
わかるからこそ相手は焦る。
「領地の割譲、もしくは家宝か……」
第二王子が誰に聞かせる訳でもなく呟いた。
「それくらいしか、差し出せるものはないでしょうか……」
ベリリント伯爵が喉の奥から絞り出すように声を出す。
「しかし家宝は、初代国王より賜った物。家名を示すものでもあり我が家の象徴そのもので、差し出せるものではありません」
家宝を差し出すのは家門を差し出すのと同義とまで言いきった。
由緒あるどころか、拠り所となるようなものだから当然なのだろうけれど。
では領地を、とならないのは、既に断られているから。
双方、金に困っておらず名誉を守りたいからこそ、衝突が止まらず落としどころが見えない。
――別にこのまま和解せずに物別れでも、こちらは困らない。
一方的にベリリント伯爵が困るだけ。
「他国への婚姻は国王陛下が許されない。国内での婚姻を考えるべきだろう」
第二王子がお母様に折れるよう諭してきた。
――クフェニックの癖に生意気だわ。
年上どころか、異母兄でもある存在だけれど、無能な母を持つ無能王子を立てる気は毛頭ない。
「陛下が王女の婚姻に口を挟むことはできません。私との婚姻契約にて決まっております。本来、私か伯爵家に決定権があるとしておりましたの。殿下が勝手に決めて発表まで済ますから、こちらが一方的に折れるしかありませんでしたけれど……」
ほぅと溜息交じりの嫌味に、第二王子は言葉をなくした。
「国王夫婦は決定しない、という部分に抵触しないからと突っぱねられましたけれど、煮え湯を飲まされた気分でしたわ」
おっとりとした口調で追い詰める。
何も言わないから怒っていなかったのではない。本気で怒っていたから行動に出なかったというのを知るべきだ。
パイロンとの婚約に形ばかり異を唱えたのも、自分たちの意志ではないことを示しただけ。
「遠方の領地は管理に困るから、いただいても正直迷惑です。それと実家に隣接するような土地で、購入できるような荘園はございませんわ」
既に押さえているから、今更ベリリント伯爵が取引できるような土地は無い。
「さすがに家門の象徴たる家宝もいただけませんし、困りましたわね……」
全然、困っているようには思えない口調だった。
「……領地を割譲しましょう」
「国内に留まることを前提に決めて欲しい」
二人同時だった。
「本当にいらないのだけど……」
私の小さな呟きに、ピクリと第二王子の頬が引き攣った。
「伯爵領の王都側の端であればいただきましょう。男爵領相当といえば四割くらいでしょうか。さすがに多すぎるので三割で構いません」
お母様が仕方ないと言いたげに提案する。譲歩したようで全然譲歩していない。例え譲渡する土地が増えたとしても、王都と反対側の方が圧倒的に負担が軽いものね。
「それは困る! 領地屋敷も領内の目ぼしい都市や町の多くが入ってしまう!!」
「さすがに多すぎる、それは……」
街道は伯爵領を縦断するように走っているから、王都側でも反対側でも大して問題にはならない。でも唯一の城塞都市と領地屋敷は王都に近い土地にある。
「王都から遠いと不便ですし、街道を含まないのでは生命線を誰かに握られた状態になってしまいますわ」
城塞都市と領地屋敷を外そうとすると不自然な形になる。管理が面倒になるから譲る気はない。
でも無理を通そうとはしていない。
ただこちら側の提案と同等の価値あるものを提案しているだけ。
「では街道を含む王都側の土地を一割と、宝石で作らせた嫁入り道具ではどうか。水晶を削りだした鏡台と、櫛、手鏡がある」
「確かにあれは素晴らしいものだった」
見たことがあるらしい第二王子が援護に入った。「娘がいれば嫁入り道具に持たせたかった」と言うほどだから、本当に良い品らしい。
「鏡は人からいただくと縁起が悪いと言いますし……」
「水晶鉱山なら実家にございます」
お母様と私が同時に否を突き付けた。
国内随一の資産家であるお母様の実家を頼れば、同等の商品は手に入る。
「それと一割は、さすがに少なすぎると思いますわ」
大きな宝石はなかなか採掘されないとはいえ、水晶が領地の二割と同等とは、些か大きく出過ぎだろう。
「領地の二割で手を打っていただきたい。不足分は宝石で……」
胸中の苦しさが出るような、苦りきった口調だった。
ギリギリだけれど領地屋敷は範囲を外れる。城塞都市は手放さなくてはいけないけれど。
「家宝の一つに星彩青玉がございます。赤子の拳ほどの大きさでございます。六条の光が石の中央にくっきりと浮かび、見事というしかありません。収める箱も青玉をくり抜いた逸品でございます。二点合わせれば、領地の一割から二割近い価値になるでしょう」
「それほどのものなら、国王陛下に献上するのが良いのではなくて?」
王家の特徴は、最上級の青玉を思わせる矢車草色の碧眼。
「母が隣国から輿入れしたときに持ってきた嫁入り道具でありますれば、家を守るために手放すことはあっても、それ以外の理由で手放す気はございません」
「さすがに誰かの嫁入り道具を貰うのは、どうなのかと思うのだけれど……」
ベリリント伯爵の年齢から、先代夫人が生きている可能性はほぼない。生者と違って反対は出ない。とはいえ故人の気持ちを無視するような行いは気が引ける。
「この国では身に着けられぬ宝石です。それに息子を可愛がっていた母の形見であれば、こういった使い方に納得するでしょう」
王家の所持する青玉より見事なものを身に付けられないから良いのだと、きっぱり言い切った。
「夜会で身に着けていただければ、和解が為されたと誰の目にも明らかになります。当方としてはそれだけをお願いしたい」
「わかりました。それで手を打ちましょう」
これ以上は無理、という限界を示した。
長引かせる気は最初からなかったみたいで、自分たちの分が悪いと悟った時点で、できる限りの条件を提示してきたのは潔い。
第二王子よりよほど大人物だ。パイロンが父に似た才覚を持っていれば、仕える相手が違っただろう。少しばかり残念だ。
翌日、地図と家宝を持ったベリリント伯爵が再び側妃宮を訪れ、正式に書類を取り交わした。
婚約破棄の理由はパイロンの胤がない可能性。かつて病気で高熱になったのを提示せず婚約したのを、悪質としたものだった。
浮気が原因で発覚したが「性病」という文言は無い。
詫びに関しては「和解金」名目で領地の二割と家宝の譲渡。
譲渡分が増えたけれど、代わりに名目がもっとも穏やかな文言に変えたのだ。
領地の正確な地名と、家宝の名称と特徴が書かれている書類を携えていた。
すべての書類への署名が終わると、同時にベリリント伯爵が大きな溜息を吐いた。無作法だと咎める気はない。身代を傾けるほどではないにしろ、大きく身を切ったのだから仕方がない。
「これを……」
宝石がちりばめられた箱をお母様に差し出した。中を確認すると、家宝だと言っていたサファイアだった。大きくはっきりとした六条の筋と、深みのある青が美しい。
「確かに」
蓋を閉じると同時にお母様が頷いた。
「では、私はこれで――」
ベリリント伯爵が席を立つのと同時に、第二王子も立ち上がった。
「クフェニック殿下は少しお待ちを。話があります」
お母様が動きを止めた。
「見送りは不要です、殿下」
微笑みを作ろうとして、表情が歪んだ。
内心、忸怩たる思いだろうけれど、頑張って取り繕おうと努力していた。
「済まぬな、伯爵」
本心、申し訳なさそうな謝罪だった。懐に入れた相手には気を配るという噂は本当だったらしい。こちらには嫌がらせばかりする不快な男だけれど。




