第2話 坂口拓洋
小岩剣のレースは見方によっては最悪かもしれないが、初めてにしては手応えを感じていた。
(どこかのバカはライツも経験しねえでスーパーフォーミュラに上がって来て、テメエの下手くそで最下位になった挙句スピンして立ち往生したのをマシンのせいにして、他人のマシンに向かってハンドルぶん投げて来やがったな。おまけに逆ギレして相手チームの監督殴り合いのケンカ。久しぶりの乱闘レースになっちまった。その点、あいつは変な事せず、自分の順位を維持することに専念し、相手を過度に妨害したり、ぶつけたりせず、最後まで無事に走り切れた。それも、25番手。順位を5つ上げてな。)
思いながら、白字に青のラインを入れたレーシングスーツを身に纏う坂口拓洋は、Bパドックに戻り、後片付け中の小岩剣に歩み寄る。
小岩剣の周りには、TCRJに参加するため、群馬からやって来た東郷三姉妹の姿があった。
「ゲホッ」と、小岩剣が咳払いしながら、坂口拓洋の元へ駆けて来た。
「まぁまぁだな。」
と、坂口拓洋は言った後、
「どうだ?初めての国際サーキットであるFSWで、いきなりレースした感想は?」
と聞く。
「コースを把握しきれなかったと言う点もありますが、エンジンや吸排気系、ミッション系に手を加えたマシンには、まるで歯が立ちませんでした。先ほど見せていただいたのですが、あの、スカイブルーに黒いカーボンボンネットの128号車の足回りには驚きました。そして、自分はCVTですが、MT車の27番グリッドスタートの61号車と最終コーナー立ち上がりからTGR突入までのゼロヨン勝負では、僅かにあちらの方が上で―。」
小岩剣はそこで一旦止まった後、
「今後、自分自身のテクニックの向上と、車自体の戦闘力の増強が必要であろうと考えられます。」
と言う。
「でっ?お前、赤城で自分の目指していた奴がとんでもない馬鹿垂れだったと知って、「自分がやって来たのは全部無駄だった」とかふざけた事言ってくれたよなぁ?」
「それ、は―。」
「今、同じ事言えるか?」
「-。いいえ。その、あの時は、失礼な事を言ってしまいました。申し訳ございません。今後とも、ご指導いただきたいです。」
「残念だ。」
と、坂口拓洋は言うと、自分のピットへ向かった。
坂口拓洋が言った「残念だ」と言う言葉の意味は、今、目の前にあるスーパーGTマシンと、それと同じ立ち位置のレースにあった。
坂口拓洋。
埼玉県秩父市を拠点に活動するレーシングチーム「ホワイトレーシングプロジェクト」所属のレーシングドライバー。
走り屋である小岩剣の師匠にして、今日、この富士スピードウェイに来いと言った超本人。
出身地不明。
16でカートライセンス取得後、関東地方戦で活躍。19でFIA‐F4に参戦し始めると共に、S660で地方戦やJAF公道レースに参戦。20でFIA‐F4初優勝。22でHONDAよりスーパー耐久での経験を経て、スーパーGTのGT300クラスへ登り詰めた。そして、来シーズンからは、HONDAからスーパーGT最高峰であるGT500にシビックタイプRでスポット出場する予定である。
本拠地は埼玉県秩父市なのだが、スーパーGT参戦に伴い、より実践的な訓練環境を求める他、スポンサー企業の兼ね合いから、ホワイトレーシングプロジェクトは箱根支部を設立。
坂口拓洋は箱根支部へ行くため、秩父を離れる。
坂口拓洋が小岩剣に「残念だ」と言ったのは、そのためだった。




