第一王子
何をもって彼が我儘だと言ったかは分からない。だがそれよりも彼の言葉が衝撃的すぎて、その真相を確かめる余裕はなかった。
「・・・魔力に恵まれなかった・・・?」
「そ・・・んなはずないだろ?純血種のアステリア族が、そんなこと・・・」
ルナにとっても、それは信じられないことだった。純血種だとはあまり公表はしていないが、ほんのひと握りの者しか扱えないという、かの有名な高等魔法、精神干渉の魔法を得意とする一族。その中でも歴代トップクラスの強さを誇るという現第一王子が、魔力に恵まれない?
ふざけたことを。
何の嫌味かと思ったが、アリスの表情からしても、あながちからかっている訳ではなさそうだ。
「もちろん、魔力が皆無なわけじゃないよ。多少の魔法は問題ない。純血種なのも間違いない。ただ、俺じゃ生贄の同行者としては役不足なんだよ」
では一体何が悪いのか。なかなか答えに辿り着かないような言い回しに、気持ちばかりが逸る。
「じゃあ一体何が恵まれていないんですか?」
「元々魔法とは自分の魔力をどれだけエネルギーとして変換できるかだ。魔力の保有量も然り、その変換率で魔法の大きさはほぼ決まると言っていい」
ランはアリスから離れ、脚を組み替えてソファの背もたれに肘をかける。
「俺はその変換率が悪すぎるんだよ、研究者くん?」
言葉とは裏腹な試すような目が、ルナに向けられる。ランがあまりに予想外なことを言い出したことに、問い詰めたい衝動を抑えているのが分かっているとでも言うようだ。
「じゃああんたがここまで有名になっているのは・・・」
「まあ、一国の第一王子なら有名にもなるでしょ」
「そうじゃない。ただ名が通ってるだけじゃないのは自分だって分かってるはずだ」
国を跨いでまで知れ渡るその名は、人々が畏れ、尊敬し、恐怖さえ抱く、ラン=ルヴィン=アステリア。
人の噂はどこでどう屈折するか分からない。それでも、信じて疑わない何かが根源にあるから、それは広まっていくのだ。
「俺の噂なんて、何が正しく広まってんのか分かんないけど、別に訂正するような事はないと思うよ?」
「なん・・・、」
「だって俺が魔法得意だって、誰か言ってる訳じゃないし。仮に言ってたとしても別に苦手ではないし」
そんなの屁理屈だ、とは柚葉もルナも言えずにいた。
「苦手ではないんですか?得意ではないだけ?」
「そう。言えばアリスに比べて、強いてはアステリア一族に比べてってこと」
言っている意味がだんだん分かってきた。
アステリア一族は武術も去ることながら、純血種であることも手伝って、魔法に関してもその絶対的な地位を確立させた力の一つである。そのアステリア一族の中では、どんなに魔法が得意とする者でも、その実力はかけ離れてしまう。
「アステリア一族が生贄の同行者の役を背負わなければならない理由、これで分かるだろ?」
「・・・・・・、魔力の供給に、 高い魔力と技術を要するから」
「────正解」
ランは諦めたような、悟ったような曖昧な笑みで視線をアリスが座る反対側の斜め下に滑らした。
普通に魔法を使うだけなら何の問題もない。むしろ民間人に比べたら目を剥くような魔法だって使える。
ただ、世界を救うには少々力が足りないのだ。
「ランが恐れられるほどの強さで知られているというのなら、それは魔法ではない。ほぼ剣の腕だ」
「あれ、珍しい。アリスが褒めてくれるなんて」
「別に褒めてるんじゃないだろ。単に事実を言ってるだけだ」
黙って聞いていたアリスが、久々に口を開く。ランからは言いそうにもない情報を補足してくれるらしかった。
「剣・・・」
「というか、武術全般だな。身体を直に使うもの、全て右に出る者はいない」
「・・・国王様も?」
「親父?・・・ああ、親父は腰が悪いからな。使いものにならん」
そんな。
寄る年波には勝てないというかとか。ちなみに国王は武術より魔法が得意らしい。
「ま、そういう訳で、俺には生贄の同行者はできなくてね。アリスには悪いけど、俺は隠居生活」
「隠居してないじゃん」
海賊船を一隻、涼しい顔で沈めておいて。
海賊に長いこと身を置いてきたルナは、それがどんなに怪異的なことかよく分かる。
「じゃ、じゃあ、ランさんの我儘ってどういうことですか?生まれつき出来ないことを出来ないと言うことは我儘ではないでしょ?」
ランがアリスに似ているというのなら、自分に課せられた運命を皮肉って我儘だなんて言葉で表すことはない。柚葉はどこかでそう感じていて、ランの瞳を自分の目に映した。
「・・・やっぱ面白い子だね、ユズハ」
「・・・はい?」
「いや、こっちの話。・・・そうだね。アリスには申し訳ないことをさせていると思ってるけど、別に俺はこの身を疎ましく思ってる訳じゃないし、これはこれでいい」
五体満足で生きているのなら、それでいいとランは笑った。
「ただ、世間はそうは上手くできてないんだよ、ユズハ」
「!」
だが、その笑みに眠るような苦み。
「生贄の同行者はアステリア国の第一王子がその役を背負うのが通例だ。それが出来ないとなったら?出来ない王子がいるとしたら、人々はどうする?」
「・・・・・・あ・・・」
何か分かった気がして、柚葉は無意識に手を口元へやった。
今まで世界を救ってきた第一王子が、今年は救えない王子が生まれてきたと知られたら。そしてこれからもアステリア一族にそんな存在が生まれてくるかもしれないと知れ渡ったら─────。
人々は、混乱を極めるだろう。
時代が過ぎていく度に、今年は大丈夫だろうか。自分達は生きていけるのだろうか。そんな思いをさせることになる。
自分達ではどうしようもない運命を、アステリア一族に託しているのだから。
「・・・ね?無駄に混乱を招くのはよくない。まだ職務放棄するふざけた第一王子がいたもんだと思われる方が平和でしょ?」
だから、これは俺の我儘なんだよ、とランは困ったように笑ったのだ。
「そん、なこと・・・」
ない。
それはランがアステリア国第一王子として出した答えで、国を、世界を守るために講じたことだ。
だが、最後まで否定できなかったのは、否定したところで、彼はありがとうと言いながら受け入れてくれないだろうことを分かっていたから。そんな雰囲気を、図らずも出していたから。
「だから、俺の我儘に付き合ってくれるアリスには頭が上がらない」
そう言って、ランはもう一度アリスの頭に手を置いた。幼い可愛い弟を褒めるように。
アリスは頭の重石を手首を掴んで下ろし、ランを呆れた目で見やった。
「・・・馬鹿言え。だったら親父からの連絡くらい応答してやれ。俺に火の粉が飛んでくる」
「えー、だってあの親父の愛情暑苦しくて」
「鏡見て言えよ」
国王は息子たちを溺愛しているらしい。特に中々会えない長男への愛はウザさの極みとのことだ。
血筋は怖い、と柚葉はランを見て思った。
だけど、良かった。
これで良かったと胸のつかえがとれた。
「でも、ランさんが第一王子で良かったです」
「へ?」
戯れるランとアリスに突然降ってきた柚葉の声。
思わず動きを止めて2人同時に振り向いた。
「ランさんが第一王子だったから、世界は救われます。混乱せず、疑心暗鬼に染まる世の中になることなく。滞りなく、アリスさんが私を生贄にしてくれることができる」
もし、ランの選択がなかったら。
世界に混乱が広がり、アステリアの信用が失われ、世界を救うと言うことが出来なくなったら。
全部、闇に堕ちていたかもしれない。
「ランさんはなるべくして第一王子になったんですね」
「!」
今までにこにこと穏やかな笑みを絶やさなかったランが、初めて目を丸くさせていた。
声も出さず、柚葉の方を珍しいものでも見るかのように凝視して。
「・・・それに、そのお陰で私はアリスさんとも出会えました」
柚葉はそう言ってしまってから、もちろん本来ならアリスの立ち位置はランだったのだが、それが嫌だと言うわけではないと即座に否定した。
「これで良かった・・・これが良かったんだと思います」
滅びの年だとしても、町の人達は笑っていた。楽しそうだった。
それが何よりもの証拠だ。




