その理由
ルナと柚葉の後ろを歩いていたアリスは、読んで字のごとく、ランに後ろから首を絞められ攫われたらしい。何もそんな人さらいのようなことをしなくても、堂々と会えばいいのにと柚葉は不思議に思ったが、アリスが素直に会ってくれないと思ったとランは言っていた。ランは柚葉に髪飾りをつけてやっていた一部始終を見ていたらしく、散々アリスをからかった後で、柚葉とナンパ男の騒ぎに”ちょっとちゃんと顔見てくる!”とアリスよりも早く駆けていったのだ。
ランを連れて宿に戻った柚葉たちは、疲れた様子のアリスからそのことを聞いた。ランはそれを機嫌よさそうに微笑んで見ていた。
「で、ランは何でこんなところにいるんだよ?」
「お兄ちゃんだろ、弟。何でも何も、ただ立ち寄っただけだよ。特に理由はない」
「嘘つけ。海の上で、どさくさに紛れて海賊船からこっちの船に乗り移っただろ」
「あ、バレてた?」
煩わしそうなアリスの目を気にも留めず、ランはアハハと頬杖をつきながら笑っていた。
「えっ、じゃあランさん元々海賊だったんですか!?」
柚葉は初耳だと驚くと、ラン本人も初耳だと軽く否定された。
どうやら海を渡るのにちょうどいい客船がなかったようで、仕方なく海賊船に潜り込んだという。本人は潜り込んだというより、堂々と正面からお邪魔したのに全く気付かれなかったから歓迎されているのかと思った、とネジが取れたようなことを言っていたが。
「なんかおっぱじめたと思ったらアリス達がいたからさ。いやー、なんか柄の悪い海賊たちだったから助かった!」
「何言ってんの。あの海賊はこの辺をうろつく奴らでも特に大きな海賊だ。三百人近くいるはずなのに、こっちの船に百人程しか乗り込んで来なかったのは、あんたの仕業だろ」
「あ、それもバレてた?」
ルナはつまらなそうに垂れ目をランに向けていた。あの戦いが終わってからずっと疑問ではあったようなのだが、まさかこの男が乗っていたとは思ってもみなかったらしい。
「いやぁ、あの海賊には乗せてもらっておいて悪いとは思ったけど・・・」
相変わらず呑気に笑っているランは、口元を緩めたままふと目を伏せる。
「人に手出しちゃだめでしょ」
表情は全く変わらない、花でも飛び交ってそうな穏やかなものだが、その仕草にだけ妙な威圧感を感じる。それが何なのか柚葉には分からなかったが、横に目を向けるとルナも柚葉と同じようなことを思っているような顔をしていた。
「俺は海賊の仲間になったんじゃないし、君たちの姿見かけたから、あ、こいつら敵なんだって思ってちょっとご挨拶をね」
「ご挨拶レベルなの?あれ。真っ二つにされた海賊船が転覆してたって聞いたけど」
その粉々になった海賊船の近くにはそこに乗っていた船員たちが大量に浮かんでいたらしい。殆どは虫の息だったが、死んでいる者はいなかった。ただ、その後に助かった者がいるかは不明だ。
即死させるよりよっぽど残酷だ。助けるものがいなければ、死ぬまで苦しむことになる。助けるものがいれば、他人の手を煩わせて死ぬか、生き残ってもその醜態を晒しながら生きていかなければならない。
「剣は抜かないでやったんだ。随分優しい対応だと思うけど?」
「あー・・・はいはい、優しい優しい」
「あ、信じてない!ユズハ、俺こいつ嫌いだ」
「私に言われても」
馬鹿らしくなったとあしらうルナを指さして、何故かランは柚葉に訴える。弟いるんだからまず弟に言ってほしい。
「それで、お前はいつから気付いてた?アリス」
「は?・・・だから船に乗ってる時だって・・・」
「じゃなくて、あの商店街で俺が近くにいたこと」
ランの探るような目。
不敵に笑うその表情は、どこかアリスにも似ていて。
「宿を出た時から」
「ああ、やっぱりか!」
宿を出た時から近くにいたのか。アリスが時々人混みの中を意味ありげに見ていた理由が今更分かった。
「優秀になったな、お前も!」
「・・・試すなよ」
アリスはガシガシと頭を撫でるランの手を煩そうに押しのけた。なんか兄弟というより親子に見えてきた。だが、十歳も離れていればそんなものなのかもしれない。ランはアリスが可愛くて仕方ないのだろう。
────では何故大事な弟に生贄の同行者の役目を負わせた?
生贄の魔力を世界に供給するのは、本来ならアステリア国の第一王子の役目だ。それを放棄して、連絡もつかない地で放浪して、結局は第二王子であるアリスにその役目が回ってきた。そうなることくらい、予想できたはずだ。理由は分からないが、その事実は確かで、そのことをそれを教えてくれたアリスはもちろん、柚葉やルナだって理解している。
そして、ラン自身も。
「あの、ランさん」
「ん?」
兄弟の仲睦まじい様子に水を差すようで悪かったが、柚葉は喉まで上がってきた声を抑えることはできなかった。
「あの・・・・、ランさんは今何をしてるんですか?」
「え?愛する弟と再会の儀式」
「やめてくれ」
覆いかぶさってくるランを心底嫌そうにアリスの足が距離を取ろうと押し退けている。仲は”悪くない”とアリスは控えめに言っていたが、十分仲良さそうだ。些か一方的ではあるが。
「いえ、そうではなくて・・・なんでお城を出ちゃったんですか?」
「・・・・・・」
自分から話そうとしないデリケートな内容になりそうな事を、あれやこれや聞くのは柚葉はあまり好きではない。自分がそうだからか、話したければ話すし、話したくなければ話さない。聞けば話したいという人もいるだろうが、聞かれたくなかったのに、話す羽目になった状況にさせることの方が怖い。
ランが城を出た理由なんて聞いたところで何か変わるわけではないが、アリスがもし、この役目を重荷に感じているのなら、せめてこんなことになった理由だけでも聞いてみたかった。何故アリスが、世界の運命を背負わなければならなくなったのかと。
「・・・ユズハの言いたいことは分かるよ」
「・・・・・・・・・すみません」
「なんで謝るの。悪いのは俺だ」
柚葉は心底性格の悪い聞き方をしてしまったと思った。傷に触れないように慎重に聞いたつもりが、それはただそんなことを聞いてしまう自分が嫌で、少しでも印象を守ろうと足掻いた結果。そんな無駄な取り繕いはすぐにばれる。
こんなことなら、最初から率直にきけばよかったのだ。
何故、アリスにこの役を押し付けたのかと。
「・・・ユズハ、それは・・・」
「いいよ、アリス。俺が話す」
代わりに答えようとしたアリスを手で制止し、ランは変わらない笑顔で微笑んだ。隠そうとか話したくはないとは微塵も感じさせない雰囲気だが、本当のところは分からない。
「ご、めんなさ・・・、聞いてしまって・・・」
改めて衝動に任せて疑問を口に出してしまった責任を感じた。生贄である柚葉に聞かれたら、話さないという選択肢は、彼らには与えられていないのだ。
「話せないことだったら・・・!」
「大丈夫。大したことじゃない。ただの俺のわがままだから」
「・・・・・・わがまま・・・?」
ランはそんな顔しなくて大丈夫、ともう一度柚葉を宥めてから、彼らしい軽い口調で言った。
「うん、・・・まあ、俺は生まれつき、魔力には恵まれなかったからさ」
「・・・・・・え・・・?」
アステリア国第一王子は、歴代のアステリア王族の中でも、他の真髄を許さない圧倒的な強さに、類まれなる天賦の才を持ち合わせた、選ばれた存在とまでだと言われていた。




