並ぶ兄弟
再びアリス会えた喜びとナンパ男たちが剣も拾わずに立ち尽くしている面白さとイケメンが弟と言った衝撃と、いろいろな感情が一気に湧き上がって、頭が処理しきれない。
まず何から表現するべきか。柚葉は熟考して、とりあえずアリスに駆け寄った。
「アリスさん!っとととと!」
「っと・・・お前、何してんだ」
アリスは少し混乱した様子で躓いた柚葉の両腕を支えた。鼻を掠める紅茶の香りは健在で、思わずその胸に飛びついて嗅いでしまいそうなのを堪え、代わりにその服を握りしめた。
「アリスさんこそ!迷子にならないでください!」
「誰が迷子か!」
「え、違う?」
「違うわ。ちょっと・・・・・・・・・・・・連れ去られた」
「!?」
そんなまさか。
もうすぐ成人しようとする青年を誘拐?王子様だから身代金を要求するにはうってつけだろうが、こんなバカ強いイケメンを攫うなんてどうかしてる。返り討ちに会うのがオチだ。
「連れ去られたって・・・誰に・・」
「ん」
「ん?」
アリスが顎で指す方向を見ると、あっちのイケメンがこっちのイケメンに向かってにこやかに手を振っている。交互に見比べてみると、その瞳の色はよく似ている。
受けるイメージは正反対のものだが、なんだろう。纏う雰囲気というか、オーラというか、彼らを色に例えるなら、大きくまとめて青だと感じた。
「あの人、アリスさんを弟だって・・・」
「ああ、弟だからな」
「え?」
「アステリア国第一王子、ラン=ルヴィン=アステリア。紛れもなく俺の兄貴だ」
未だこちらに手を振り続けている第一王子を、アリスは少し鬱陶しそうに眺めていた。
「大体お前、ルナはどうした」
「あ、いや・・・なんかはぐれたみたいで・・・」
「はぐれた?手を繋いでいたのにか?」
「うう・・すみません・・・」
何でそうなるのか分からないとアリスは額を片手で覆う。ランが助けてくれたからよかったようなものの、もう少しで柚葉は色んなものを失うところだった。
「あの、危ないところをありがとうございました、えーと・・・・お兄さん」
「はは、いいっていいって。・・・と、挨拶がまだだったな。俺はラン=ルヴィン。宜しくね」
「ミノリユズハです」
ランを何の躊躇いもなくお兄さん呼ばわりする柚葉をぎょっとした目で見ていたアリスは、ランに肩を叩かれて無言で宥められていた。不服そうにしながらも黙るアリスはちょっと珍しい。
「それで、こいつらは友達か?ラン」
「そう見えるかい?そしてお兄様を呼び捨てにするなと言ってんだろ弟。お兄ちゃんと呼びなさい」
「ふざけろよ」
成すすべなく立ち尽くしているナンパ男たちをアリスとランは微笑を浮かべながら、決して笑っていない目で見据えている。顔が整っている分、威圧が凄い。
「お前のユズハに手を出そうとしてたから、代わりに相手してやってただけだよ」
「ああ、そりゃどーも」
「ひいっ!!」
その凄みを増した重圧に耐えられなくなったナンパ男たちは、飛び上がり、『覚えてろよ!』と名台詞を吐き捨てて逃げていった。尻尾巻いて逃げていくという言葉があんなに似合う姿を初めて目にした。
一目散にかけていく三人の後ろ姿を可哀そうな目で見送ってやっていると、人ごみの中から柚葉を呼ぶ声がした。
「ユズハちゃーん!あっいたいた!!」
「ルナさん!」
捜してくれていたのであろう。柚葉の姿を見つけると、ルナは安心した表情で人混みを分けてこちらへ駆けてきた。
「ごめんなさい。私、はぐれてしまって」
「いや、こちらこそ手離しちゃったから・・・・あ、アリスおかえり」
「ただいま」
柚葉とはぐれたときは冷や汗をかいたと安堵のため息をつきながら、アリスに対してはそこいいたのかとばかりの対応だった。返事をするアリスもそれでいいらしい。
「で?このイケメンは?」
「お兄さんです」
「そうなの?あ、妹さんにはいつもお世話になってますー」
「アリスさんの」
「先に言ってくれる?」
頭を下げてしまったではないか、とルナはちょっと不平気味に言った。
「アリスのお兄さんってことはアステリアの第一王子ってこと?」
「一応な」
「自分で一応とか言っちゃう辺り、あんまり仕事してなさそうだね」
「あんまりね」
突然現れたルナに対してもランは人当たりの良い笑顔を向けている。こうして見ても無愛想なアリスと兄弟と言われてもあまり似ているところがないようにも感じる。ルナも全然似てない、と零しているくらいだ。
「アリスさんとランさん、似てますね」
「え?」「は?」
唐突な柚葉の言葉に、アリスとランの声が重なる。目を丸くした二人の顔は意外そうに柚葉に向けられた。ランは小首を傾げてアリスの顔も見る。
「似てる?俺三十年間生きてきて言われたの初めてだよ?」
「似てますよ。例えば、んーと・・・・ほら、瞳の色とか!」
「お、ちょっ・・・・、」
胸元当たりの服を掴んで下から覗き込んできた柚葉に、ランは思わず仰け反る。確認しているのだから顔を逸らさないでほしいとランが背ける方向に合わせて首を傾ける。
アリスの瞳は紺色に紫を一滴垂らしたような殆ど紺色、ランの瞳は紺というよりは濃い藍色がくすんだような色をしていた。どちらも銀が散りばめられた、宝珠のような瞳だ。
「よく見ると違いますけど、でもやっぱり同じ瞳をしてます。冷たいのに温かい、人をちゃんと想うことのできる瞳」
「おおっつ・・・ユ、ユズハ?分かったけどちょっと近いな」
「気を付けてお兄さん。基本ユズハちゃんは距離感近いから」
仰け反った身体を踏ん張りながら耐えるランからやんわり柚葉を引き剥がして、ルナが同情の目を向けた。ちょっとだけ二人の距離が縮まったようで良かった。
「それから声も」
アリスの紫がかった黒髪に対してランは暗めの茶髪、身長もランの方が少しだけ高く、体格も少しだけいい。カジュアルなイケメンのアリスと美形よりのイケメンのランは、顔もお世辞にも似ているとは言えなかった。だが、こうして話していると、二人が兄弟だという要素もたくさんある。
「声も似てます」
「そうか?俺もそれは言われたことないな」
アリスも身に覚えがないと首を傾げるが、そもそも自分の声なんて自分の耳には違って聞こえるものだし、アリスとランでは喋り方も口調も違う。気付かないのは当たり前と言っていいだろう。
「アリスさん、私の名前呼んでください」
「・・・?ユズハ」
「ランさんも」
「ユズハ」
「あ、一緒だ」
ルナが気が付いたように納得した。
柚葉も最初は気付かなかったが、同じ言葉を同じように言えば気付く。呼ばれた名前はどちらも鼓膜をゆったりと揺らす、ゆりかごのような声。自然と耳に残って、また聞きたい、酔ってしまいたいと思ってしまうような、中毒性のある音。
「ね?」
アリスとランにも同意を求めるように、柚葉は口元を緩めて頭をこてん、と倒す。
笑ったのは、何だかアリスの”王子”ではないところを見れて嬉しかったからだ。
「今回の生贄は面白い子だね、アリス」
「ああ、見ていて飽きさせてはくれないな」
「ありがとうございます」
兄弟の会話に柚葉は頭を下げた。
「そして何故かよく褒められていると思っている」
「そのようだね」




