やっぱりモテ期
まずい。
非常にまずい。
人々の足がムカデのように通り過ぎる中、柚葉は衝撃的な状況に地べたにペタリと座り込んでしまった。髪飾りを死守した結果、ルナとはぐれてしまうという大失態を犯してしまってる。行き交う人々が柚葉を物珍しそうに見ているが、そんなものはどうでもいい。というか、呆然としているいたいけな少女に誰か声を掛けてくれるという優しい心遣いをするものはいないのか。冷たくなってしまった世の中、寂しいものだ。
いや、今世の中のこと嘆いている場合ではないのだ。こんな異世界で、しかも生贄という物騒な身で、一人はぐれてしまったということは、つまり、そういうことなのだ。
(アリスさんに怒られる・・・・っ!!!)
ドライアイスのような目が想像に容易い。一瞬で周りを雪山にしてしまうだろう。
だがその前に、もっと重要な問題がある。
(宿に帰れない・・・・)
宿に帰ればアリスも戻ってくるから会えると踏んでいたのは、ルナがいてこそ成立するものだ。ここまでルナやアリスに引っ張られてきただけの柚葉では、一人で宿に帰れるわけがないのだ。アリスに怒られるどころか、会えないかもしれない。
ここから動かなければルナが見つけてくれるかもしれない。とりあえずは立って、見つけてもらう努力をしなければならない。
「お嬢さん、どうした?」
やっと心配して声を掛けてくれる人が現れた。アリスのイケメン具合と、ルナのタレ目具合を事細かに説明できる自信はある。もしかして見かけてるかもしれないし、そうでなくても宿までの道を教えてくれるかもしれない。
「あっ、実は、連れとはぐれちゃっ・・・・あ・・・」
地獄で仏に会ったように顔を上げた柚葉は、声をかけてきた人物と目を合わせた途端にスクリーンを下ろしたように残念な顔になった。
「一人?暇なら俺たちとそこでちょっとお茶しようよ」
「あー・・・・」
顔は確かに中の上くらいの男たちが三人。だが普段上の上の上を見ていて耐性のついた柚葉ではこんな奴ら何とも思わない。というか、基本的にナンパしてくる男にはマイナス興味だ。
「かわいいじゃん。あ、それ髪飾り?つけてあげようか?」
「触んないでください」
「いって!」
柚葉が胸に抱きしめる髪飾りに伸ばされた男の手をぱしりと払った。無駄な抵抗は相手を挑発するだけだと分かっていたから、そんなことするつもりはなかったのだが、何だか身体が勝手に動いたのだ。そんなに強く払ったつもりはないのだが、何てひ弱な男だ。
「何すんだよ。優しくしてりゃ調子乗りやがって」
「そっちこそ、もう少し気の利いたナンパの仕方ないんですか。マニュアル通りの台詞お疲れ様です。あ、ついでにわたしが泊まる宿知りませんか」
「ふざけてんのかこの女!もういい、連れてくぞ!」
「ちょっ・・・」
一人の男が柚葉の腕を引っ張る。力だけは一人前で、全く歯が立たない。恐らくお茶しようと誘っていた店ヘ連れていく気だが、そこはどう見てもお茶が出てくるような店ではない。どちらかといえば出てくるのは仲睦まじい男女だ。日本でいう所謂ラブホ。
「私はこんな宿じゃなくて泊まってる宿に行きたいんです!離してー!」
「騒ぐな!」
ずるずると引っ張られていく柚葉をぜったい誰か見ているはずなのに、関わりたくないと止めるものはいない。おのれ、今スルーしたやつ、明日ハゲろ。
「やーめーてぇぇぇ。私未成年ー!!!」
「うーるせえよ!黙ってついてこ───・・・」
意外にも柚葉の抵抗力が強かったのか、店の中に連れ込むのに四苦八苦していると、女性のような、たが女性にしては大きすぎる手が男の柚葉を掴む手に重ねられた。
掴むというよりただ触れているだけ。
それだけなのに、
この背筋に感じる張り詰めたものはなんだろう。
「その子、俺の連れだから、離してもらえるかな?」
その美しい手の主は、そう言って男三人にニコリと微笑んだ。
まあ、なんという整った顔立ちをしている青年だろうか。色素が薄めの茶色い髪、深海の色の瞳、女も嫉妬する程白くてキメの細かい肌。身長は180センチを越したくらいだろうか。すらりと伸びる足がやけに長い。
耐性のついている柚葉でも文句なしの上の上の上だ。
「連れって・・・、誰だてめぇ」
「連れだって言ってんじゃん。聞こえなかったか?」
「聞こえなかったなあ!先程からこいつは俺たちの連れになったんだ。諦めな」
皆勝手言いやがる。誰の連れでもないが、ここは助けてくらようとしているこのイケメンの話に合わせるべきだろう。
「わ、私の連れはこっちのイケメンです!マニュアルナンパ男なんて興味ありません!」
「こいつ・・・っ!」
顔を赤くした中の上男達は顔を赤くして柚葉に殴りかかろうとしてきた。女の子を殴るなんて、ナンパ男の風上にも置けないなんて思いながら、襲ってくる衝撃を待ちながら目を瞑った。
だが、それはいつまで経っても訪れなかった。
「・・・・・・?」
おそるおそる目を開けると、拳を作ったナンパ男の手首は、イケメンが涼しい顔で捕まえられていたのだ。拳を震わせるくらい力が入っているはずなのに、イケメンはイケメンのまま、子どもの手でも握っているかのようだった。
「・・・っ、くそ・・・っ」
「分かんないんなら分かりやすく言ってやろうか?」
イケメンの目が、少しだけ据わる。
「消えろっつったんだ」
「─────!!」
数秒前までの穏やかな表情は見る影もなく消え失せていた。声さえも奪われ、呼吸さえも凍らせてしまうような、氷点下の瞳の光。
ナンパ男達も、柚葉も、その目に射竦められたように動けない。固まってしまうほど恐ろしいのに、そこから目を離せない。
「・・・こ、の・・・っ!!!」
全力を振り絞って手首を掴まれていた男は手を振り払い、腰にさしていた剣に手をかけた。まさかこんなことくらいで刃物が出てくるなんて思ってもいなかった柚葉は、光る金属にひゅっと息を吸った。
「くたばれ────!!!!」
ご丁寧に最初から最後までマニュアルに沿った気合いを込めてくれたナンパ男達は、いつの間にか後の二人も剣を抜いて、三人がかりで振り下ろしてきたのだ。
前、後ろ、柚葉がいる方と逆の左。
ほぼ同時に襲われてしまっては、防ぎようも逃げようもないではないか。喧嘩は一対一が基本ではないか。そんなのってずるい。
「危な───・・・っ!」
思わずそう声を出してしまった柚葉を、イケメンは気づかない程自然に押して距離を取らせる。
守ってくれたのだろうが、人のことを気にしてる場合なのか。襲われてるのは柚葉ではなく自分だと分かっているのだろうか。
キィィイン!!!という甲高い音が、そこらじゅうに響き渡った。
時でも止まったようにほんの一瞬の静寂が過ぎり、すぐに再び人々のざわめきが戻る。
時間が進んでも、ナンパ男とイケメンの身体は動かなかった。否、動けなかった。
「───なっ・・・!!」
柚葉は思わず瞑っていた目を開けると、そこには三人の男の剣をたった一本の短剣で受け止めるイケメンの姿があった。
バラバラの場所から振るわれた刃が、一点に集まったその位置で、恐ろしいほど簡単に。
「あーあー、だめだよ。慣れない人が剣なんて持っちゃ」
「っんだと!俺たちは幼い頃から競技戦で何回も優勝している!」
「あ、そうなの。ごめんごめん」
とてつもなく軽く謝るイケメンは、間の抜けた表情だが、その手はびくともしない。腕だけ別のコントローラーでもあるのだろうか。
「─────でも・・・、」
「!!」
低くなった声とともに、ヘラヘラと笑っていた口元が、別の笑みを浮かべた。
にやりとした、鼻で笑うような仕草。
次の瞬間には、イケメンが男たちの剣を受け止めていた手を緩めたために、三人とも前のめりに倒れかかった。三つの刃が交差したその場所を、イケメンが短剣で上から弾くと、剣は僅かに跳ねた後、カランと音を立てて虚しく地面に横たわった。
「そんなウチの弟にも勝てない腕じゃ慣れてないって思われて当然だよ」
短剣の柄の穴に指を入れてくるくると回して遊びながら、ため息混じりにイケメンはそう言った。
「・・・弟・・・?」
妙に気になったワードが柚葉の口から漏れると、イケメンは不思議そうな顔をして柚葉に目を向けた。
「あれ?あいつから聞いてない?キミ、例の役目の子だろ?」
人前でそのことを言うのを避けてくれたのだろうか。それはきっと生贄のことだ。だが、何故知っている?柚葉はそんなことを口にした覚えはない。
「あいつって誰ですか?」
「え?あいつって・・・・・・・・・あいつ」
イケメンの目線を辿った先には、人混みに混じって、今駆けつけてきたような顔でこちらを驚いて見ている男がいた。
「・・・・・・アリスさん・・・?」




