赤を想って
この港町では、食料品にしても生活用品にしても武器類にしても、数多くの品数が揃っている。ここで必要品の買い出しをし、もう一泊してから出発することになった。ここに何度も足を運んでいるルナが案内役を買って出てくれ、商店街を柚葉とアリスとルナの三人で歩いていた。ちなみにグレンはアステリアで抱えていた仕事の残りがガザサダに関係あるとかで、別行動をしている。
「・・・・で?何してんの、あんたたち。運命の赤い糸?」
結構な人々が行き交う中で、ルナを先頭にアリス、柚葉の順で歩いていたのだが、ルナがふと立ち止まって後ろを振り返る。そこにはアリスと柚葉が赤いリボンで繋がれていた。というより、アリスに柚葉が繋がれていた。
「はぐれないように」
「前にもこんな感じでアリスさんについて行ってたんです!」
「ユズハちゃんには人としてのプライドはないのかな?」
アリスの手に握られているリボンは柚葉の手首に結ばれている。どう見てもペットだ。アステリアの城下町ではアリスと柚葉が逆になっていてキレられた気がする。
「んなことしなくても手繋いでいればいいのに」
「いや、変な噂が立ったらアリスさんに迷惑かけちゃうから」
「今は今で変な噂立ちそうだけどね」
アステリア国の第二王子が人間のペットを連れている、と。
「じゃあ俺と繋ぐ?」
「え?」
ルナはタレ目を向けて右手を柚葉に差し出す。思わず噛みつきたくなる綺麗な手だが、何の違和感もなく出された手に、柚葉は面食らってしまった。ルナとアリスの顔を交互に見るが、どちらも逆ナンされそうだということだけは分かった。
「・・・・繋いでもらえば?」
「え、でも」
「俺はアリス程の知名度はないから誰とどんな噂が立ったって大丈夫」
両手に花、というより柚葉にとっては両手にメインディッシュといった感じだ。お腹いっぱいになって胸やけしかねない。だが普通に考えてアリスもルナも勧めているのだから、ルナに繋いでもらえばいい。答えは決まっているのだが、柚葉はしばらく黙った後、申し訳なさそうに小さくつぶやいた。
「あ・・・じゃあ・・・」
「え?」
「え?」
ルナの手に自分の手をそっと重ねると、何故かルナが少し驚いた顔をした。手汗が酷かっただろうか。一応スカートに擦りつけておいたのだが。
「あ、いや何でもないよ。・・・・そうか・・・、これはアリス、いたたまれない」
「何か言ったか」
「いや何でも」
アリスが手に残ったただのリボンになった物を握りしめ、ルナをギロリと睨んだ。柚葉には何の話か理解できなかったが、二人が仲良くなってよかったとだけ思っていた。
人がひしめき合っていて、並列出来る程の広さはなかったので、しばらくはルナ、柚葉、アリスの順で一列にならんでいた。たまに空いているところに出るとルナと柚葉は並ぶが、アリスは常に後ろからついてきている状態で、横に並ぶことはなかった。
「あっ、見てくださいアリスさん!」
通りかかった店で、柚葉は並べられていたアクセサリーが目に留まり、足を止めた。覗き込んだそれは、小さな赤い花のモチーフのペンダント。花びら一つ一つが赤いガラス細工でできていて、光を丸く反射させていた。他にも違ったデザインのものや、髪飾りなども売られていた。
「綺麗です、ね・・・って・・・アリスさん?」
「あ?・・・あ、ああ」
屈んだ拍子に顔にかかってきた髪を耳に掛けながら見上げると、アリスは通ってきた道をじっと見つめていた。名前を呼ばれて返事はしたが、柚葉の話を聞いている雰囲気ではなかった。
「どうかしました?」
「・・・いや・・・・・。それより、何だって?」
「あ、このペンダント綺麗ですねって、それだけ・・・」
睨むような視線を一旦オフし、アリスは柚葉の隣で腰を曲げてペンダントを見る。一瞬僅かに目を細めたが、反射した光でも眩しかったのだろう。黙ってそれを見つめた後、一言、そうだなと小さく呟いた。
「これ、ユズハちゃんがしているペンダントに似てるね?」
「え?」
ルナも横から顔を出してペンダントを見、手に取って目線まで持ち上げた。
柚葉もアクセサリーは嫌いではないが、身に付ける趣味はない。なくしてしまうのがオチだと自分をよく分かっているからだ。
「私、ペンダントなんてしてな・・・・あ、してる」
そんな馬鹿な。
自分の首元を見ると、同じく赤い飾りのついたペンダントが架かっている。いつの間に。
目を瞑って再び開けたら首に架けられていたというサプライズプレゼントをされた気分だった。
「え、してること忘れてたの?」
「あ、はい。でも、これどうしたんだっけ・・・?」
「・・・・・城でイヴァンから預かっただろ」
「あ・・・・ああ!!」
呆れた声のアリスに言われて思い出した。
そういえばアステリアの城から出発するとき、国王からイヴァンを通して渡されたのだ。お守りにと渡されたそれは、宝石のような多角形のペンダントトップが綺麗だ。確かアリスが宝石ではなくてただのガラスだと言っていた気がする。
「すっかり忘れてました。よくなくさなかったですね、私」
「風呂に入った時とか気付きそうなものだけど」
「一緒に入浴していたと思います」
チェーンは短めのものだから、視界には入りづらい。だからと言って髪が引っかかったり服が引っかかったりして今の今まで気付かなかったのは奇跡だ。むしろ気付かなかったからなくさなかったのかもしれない。気付かなくてよかった。いや、今気付いてしまったからこれからなくすことになるのか。
「何、それ贈り物?」
「いえ、預かり物です。アリスさんパパがお守りにって貸してくれたんです」
「アリスさんパパってアステリアの国王様ってこと?」
「はい。それから肌身離さず身に付けている・・・・・みたいでした」
気が付いたらそうだっただけだ。貸してくれた国王の申し訳ない。これからも肌身離さず身に付けておきます。
ルナは柚葉のペンダントと手に持つ売り物のペンダントを見比べ、不思議そうな顔をしている。
「・・・これ、多分同じ素材だね」
「あ、はい。これはガラスだって・・・。でしたよね、アリスさん」
「ああ」
アリスは低く返事をするが、その表情はなんとなく浮かないもののような気がした。見下ろしているから陰になってそう見えただけだろうか。
「いや、これはただのガラスじゃない。この辺の地域でしかとれない貝殻を混ぜ合わせた特殊なガラスだよ」
言われて見てみると、暗い所では分からなかったが、光に翳すと粉ほどの細かな銀色のものがガラスの中に無数に散りばめられていた。銀色だけではない。青や赤、緑、黄色、紫。散りばめられた数ほどの色が乱反射しているようにも見えた。
「この貝殻を砕いて混ぜ合わせることによって、透明度は落ちるけど、一般的な着色料では出せない色が出せるらしい」
ルナによるとその貝殻は滅多に取れないので、そうとう高価なものらしい。それが使われているとなれば、このペンダント達も値が張るのだろう。店の値札を見ても、柚葉には読めないし、読めたところで相場が分からない。為替レートはドウナッテマスカ。セツメイサレテモワカラナイケド。
「そんな高価なもの、預かってよかったんですかね?一緒にお風呂入っちゃったけど」
「親父がいいっつってんだからいいんだろ。持ってろよ」
まあ、今更預かれませんといったところで、戻す術はない。この息子に渡そうにも、恐らく受け取ってはくれないだろう。一生外さない覚悟で身に付けていれば大丈夫だろう。
うん、と改めて気合いを入れていると、アリスが一つの髪飾りを手に取っていた。長めの革紐の真ん中にペンダントと同じような赤いガラスが雫型に五、六個ほどついていた。アリスの瞳にも散らばっている銀と、互いに共鳴しあうように輝いて幻想的な屈折がそこに生まれていた。絶対にアリスは使わないだろうに、何故か似合いそうだと思ってしまった。
その姿に見入ってしまっていると、アリスは店主に何やら話しかけ始める。一言二言話すと、二人は何かを交換していた。
そのやり取りが終わると、ふいにアリスが近付いてきて、柚葉の髪をすっと撫でてきた。
「アリス、さん?」
そのまま何故か無言で髪を片方の肩に寄せ、胸の前まで流した。溢れてしまった後れ毛を優しく耳にかけるのがくすぐったくて、肩を竦めてしまった。
「じっとしてろ」
「え・・・あ、はい・・・」
そうとしか言わないアリスは、先ほどまで手にとって見ていた髪飾りを柚葉の寄せていた髪に巻き付け、綺麗に纏めていった。
手早くそれを終わらせると、毛先まで掬ってから手が離れていく。
「・・・アリスさん・・・?・・・これ・・・」
低めの位置で結ばれているため、視線を下げれば柚葉自身にも髪飾りが見える。近くで見てもやはり目を奪われる美しさだ。
「よく似合いそうだと思ったからな」
「・・・え?・・・いや、・・・え?」
「なくしたら弁償な」
「・・・え?」
それだけ言って、アリスは柚葉の横を通り過ぎ、すたすたと進んでいった。
いや、だから、これをどうしろと。
困り果てていると、その様子を黙って見ていたルナがそっと耳打ちしてきた。
「ユズハちゃんにあげるって。よかったね」
「え?」
あげるって、くれるってことだろうか。
なんだ、もしかしてさっきのは購入していたということなのか。これはユズハの物としてこれから扱えると言うことだろうか。
「でも・・・・・・、私誕生日でもなんでもないけど・・・」
「ユズハちゃん・・・うん、よく似合う。綺麗だよ」
頭に手を置かれ、親が子どもを褒める時のように、ルナは腰を少し曲げて柚葉の顔を覗き込んで微笑む。
「・・・・・・あ・・・」
アリスが、柚葉の為に選んでくれたもの。
恐らくこれは高価なものだっただろう。
でもそれよりも嬉しいのは。
「アリスさんっ!」
彼が柚葉に似合うと想像してくれたこと。
「ありがとうございます!」




