混じり合う理由
結局その日は、柚葉はアリスに会うことなく翌朝を迎えた。ちゃんと寝れたし、夢見が悪かったわけでもないのだが、なんとなくもやもやした気持ちで目を覚ますことになる。ちゃんと寝たと言っても眠りは浅かったのか、グレンが遠くから呼んで起こしに来てくれただけで、ロボットのスイッチを入れるように起きることができた。ちなみにグレンが起こしに来てくれるときは絶対に柚葉の近くには寄らないようになった。何度も殴ってしまっているからだ。
「今日どうしたの?えらく寝起きいいね」
「いや・・・なんか起きれてしまいました・・・私なんか病気でしょうか」
「寝起きいいと病気なの?」
本気で不安がる柚葉は、寝相は通常通りだったのか、髪の毛が爆発している。柔らかい髪質が絡まりやすいと本人は鬱陶しそうにしていたが、一度整えてしまえば纏まりにくいほど指通りの良い直毛になる。
「・・・アリスさん起きてました?」
「え?ああ、さっき風呂から上がってたけど」
「・・・・・・・・・よし!!」
「?」
アリスが風呂に入ったのが喜ばしかったのではない。それだと計画殺人でも企ているみたいじゃないか。ただの気合いの掛け声だが、グレンは何を意気込んでいるのかと不思議そうだった。
軽く身なりを整え、一応髪も手ぐしが通るくらいには梳かし、顔を洗った。僅か五分足らずの女子の準備に、グレンは椅子に腰掛ける暇もなかったようだ。完全に起きたら十五分(朝食付き)で学校に行っていた柚葉にとってはこんなもの掛け算九九より簡単だ。
「私、ちょっとアリスさんとこ行ってき────へぶ!!!」
あれ、ちょっとデジャヴ、なんて思ってたら、突然開いて額を強打した(させられた)ドアの間から、もはや懐かしい姿が出てくる。
「何やってんだお前」
「っつ・・・何やってんだじゃないですよアリスさん・・・いきなりドア開くから・・・!」
「ノックしたろ」
「え、気づかなかった・・・」
アリスを訪ねるよく分からない緊張と気合いで意気込み過ぎていたのか、全く聞こえなかった。さすがに文句は言えまい。
「でもちょうど良かったから大丈夫です。ちょっと来てください」
「は?何がちょうどいい・・・、分かった、分かったから引っ張るな。苦しい」
柚葉がぐいぐいと力任せにアリスの服を引っ張るなものだから、シャツの首元が肌に食い込んでいる。
引っ張っていくのはベランダだった。アリス達が泊まる部屋と横並びだから、見える風景は変わらない。
「何だよ」
「昨日、ここで見た夕焼けが凄く綺麗だったんです。思った通り、朝も綺麗ですね」
「はあ?何言って・・・」
昨日見た景色。
夕日は世界に朱を流し込んでいき、海は斜の光線を受けて光沢を纏っていた。闇に堕ちる前の断末魔だと分かっていながら、それでもその瞬間は綺麗だと感じてしまう。どうせ闇に呑まれるのなら、誰かと一緒に、アリスと一緒に見たかったと思いながらその光景を目に焼き付けていた。
「私、いつも朝起きたらほっとするんです。起きれた、目が覚めた、良かったって」
「そりゃいつか起きるだろ」
「起きなかったら?」
夜寝て、朝起きてくる。
それが普通だと思えなくなってしまったのは、和葉の死から。
それまで漠然としていた人の生死が、一気に鮮明なものになって実感させられた。ほんの些細なことに安心し、怯え、喜び、震える。当たり前だったことが当たり前ではなくなった。
「もし起きなかったらって考えると、目が覚めて良かったって思うし、アリスさんに助けてもらえて良かったって思います」
でなかったらアリスと一緒にこの風景は見れていない。
「助けてくれて、ありがとうございました」
柚葉はもう一度そう言って、頭を深く下げた。
「・・・・・・」
返事がないアリスに、不安になってしまい、顔を上げて確かめると、彼は何とも言い難い顔で柚葉を見ていた。ツチノコでも見たような、でもそれが未知なる生命体すぎて疑っているような、形容し難い表情。
「アリスさん?」
「・・・・・・いや、何でもない」
不自然に逸らした目線は、昨日の夕日に変わって朝の光をガラス細工のように反射させる海に移された。
「もしかして、まだ怒ってます?」
「怒ってない」
「怒ってますよ」
「怒ってない。最初から」
「だから違うんです!アリスさんと、その・・・、唇が触れ合うのが嫌だったとかじゃなくて!」
怒ってないと言われているのに、柚葉は構わず弁明をしていた。怒っていないとは言うが、アリスが今何を考えているかはその表情だけでは分からないからだ。
「そんな必死にならなくても、分かったっつってんだろ」
「いーや!まだ疑ってるでしょ!ちょっとアリスさん屈んで下さい!」
「ちょっ・・・、」
言うが早いか、柚葉は胸ぐらを掴むようにアリスのシャツを引っ張り、自分の身長に届くところまで彼の顔を引き寄せた。
そしてくっと顎を上げると、勢いに任せたかのように唇をアリスの頬に押し当てた。
「────・・・、」
アリスの目が、今まで見た事ないくらいに大きく見開かれる。
「・・・・・・・・・嫌じゃなかった証拠です・・・」
嫌だったらこんなことできないでしょ、と少し眉を顰めて、頬を色付かせる柚葉は、朝日にではなく夕日に照らされているかのようだ。
ほんの一時固まっていたアリスは、すぐに元の彼に戻ったようだが、やっぱり何を考えているのかは読み取れなかった。
「・・・・・・そんな説得の仕方があるかよ」
「・・・だって、アリスさんが信じてくれないから・・・」
口を尖らせた柚葉の額を指の関節で小突き、アリスは柵に両肘を乗せて手を組んだ。
「・・・・・・信じてるよ」
「え?」
「俺はお前を信じてる。ずっと味方なんだろ?」
その言葉に嘘はない。
柚葉は迷いもせず大きく頷いた。
それを見てアリスの口元は緩く弧を描く。
「今のうちに一つ言っておく」
「・・・なに、を・・・」
寝起きをどうにかしろ、腹の虫を管理しろ、飯はうまく作れ、いつもきれいでいろ、できる範囲で構わないから。要望されることなんていくらでも思いつく。
「俺はお前をユズハとして助けた。そしてこれからもそれは一緒だ。・・・生贄の存在を一ミリも感じないとは言えない。だが、ずっと一緒にいると言ったのは、王子としてではなく、アリス=ルヴィンとしてだ」
柚葉の位置からは背中しか見えないが、今彼がどんな顔をして、どんな思いでそれを言っているのかよく分かる。
不思議だ。
さっきまでは顔をあんなに近くで見ても、全く分からなかったのに。
「王子としての俺を信じろとは言わない」
それは、柚葉を生贄とするアリス。
「アリス=ルヴィンとしての俺を信じろ」
それは、柚葉をどう思っているアリスなのだろうか。
だが、柚葉にはあまり関係ない。
「大丈夫です」
「・・・?」
「どのアリスさんも全部アリスさんでしょ?」
どう思われているだとか、都合よく使われているだとか、気にならないと言ったら嘘になるが、それがアリス=ルヴィンなら。
「それだけじゃ信じる理由になりませんかね?」
だって、どんなアリスだろうが、今までもこれからも、ずっと一緒にいてやると言ってくれた外見も中身もイケメンなアリスには変わりないのだから。




