すれ違った時、
部屋を出た後、アリスはグレンと一緒に取ってある部屋の方へ戻ってきた。珍しく大きな音を立てて入ってきたアリスに、グレンはびくっと身を揺らしたが、長年の勘が今話しかけてはいけないと叫んでいたのだろう。ベランダに出るまでその姿を目で追うだけだった。
「・・・・何があったのやら」
どうせ聞いても答えてはくれないのだろうし、こういう時の彼は放っておいた方が身の為だ。気にならなくはないが、グレンは久々にゆっくりできる時間を削られまいと昼寝の(といってももう夕方だが)続きをした。
「ここにいたのか」
アリスがベランダに出て数刻もしないうちに、もう聞き慣れてしまった声が後ろから掛けられる。仕事も非番だからか、いつもポンパドールにしている眺めの前髪を下ろし、両サイドに分けたルナは、少し雰囲気が違う。
「何だ」
「何にも?柚葉ちゃんが気にしてそうだったから様子見に来ただけ、が半分。あと半分はどんな顔してんのかなって、俺の研究者としての探求心」
「はた迷惑な探求心だな」
「いやぁ、人間の恋愛感情はどんだけ調べても理屈が通らないことが多いからね」
「んなもん、答えがあるわけないだろ」
「あれ、恋愛感情のことは否定しないんだ?」
ルナの探るような目を、鬱陶しそうに見た後、アリスは海の方へ視線を戻す。もう太陽は沈み始めて、深い青だった水面は橙色に染められている。
「何、怒ったの?」
「怒るか、あれくらいで」
「だよね。じゃないとユズハちゃんには付き合っていけなさそうだしね」
ルナは柵に背を預け、夕焼けの空を見上げる。朱に照らす光に眩しそうに垂れ目を細めながら、困ったように笑う。柚葉のところには今、グレンが付いている。昼寝中だと言っていたが、アリスのところとどっちがいいと聞いたら迷わず柚葉のところを選んでいた。
「悪かったな。変なことに巻き込んで」
「俺は別に?ユズハちゃんに言ってやんなよ。驚いてたよ、彼女」
「ちゃんと後で言っとくよ」
頬杖をつくアリスは、つまらなそうに出港していく船を見つめた。水面に当たった夕日が、宝石を散りばめたようにキラキラと輝いて見える。そんな見入ってしまうような景色も、アリスは興味はなさそうだ。
「俺は何故ユズハを助けたのかと思ってな。一瞬、分からなくなった」
ブォーと船の汽笛の音に混じって、アリスはぽつりと漏らした。ルナに向けて言ったというより、独り言のような、自分に問うているような、そんな音量。
ルナは気付いてながらも気付かない振りをする。だけど、返事はしてやった。
「何で助けたの?」
「ユズハだから助けた」
「なんだ、即答じゃん」
「疑われたら自信がない」
ルナは、何の、と聞き返そうとしてやめた。
何となく、分かってしまったからだ。
「ユズハちゃんが生贄だからって、疑う奴がいると?」
「・・・さあ。それはどうだか知らんが、俺の気持ちの問題だ。何より、ユズハ本人がそう思った時に俺は何も言い返せない」
「真面目だねぇ」
柚葉を助けたのは、生贄だからではない。そんなことグレンも、出逢ってまだ日の浅いルナだって分かっていること。だがそれは恐らく当事者じゃないからそう言えるのだろう。助けた方も助けられた方も、行動の理由のすれ違いの歯痒さは、本人達でしか分からない。
「一瞬でも理由がぶれてんだ。今はそんなことないと言えるが、少しでも揺さぶられたら”ミノリユズハは世界を救う人物だから命が絶たれることはあってはならないからだ”とすり替わるかもしれない」
アリスのその表情は気の抜けたままで何の熱も感じないが、その言葉には恐れと苦痛と悔しさが痛みを感じる程に混じっていた。
「別にそれでもいいんじゃない?」
ルナの晩御飯の相談の返事のような返答に、アリスが初めて彼の方を向く。ついた頬杖を思わず離し、虚を突かれたような、少しだけ切れ長の目を丸くさせている。
「仮に、あんたがユズハちゃんを助けた理由が生贄だからだとして、彼女はそれでどうにかなるのか?」
「・・・・・・・」
ショックを受ける?いや、想像できない。
落ち込む?いや、想像できない。
投げやりになる?いや、想像できない。
怒ってしまう?
いや、
想像できない。
それでも彼女は『ありがとう』と言うだろう。
「・・・・な?ただのお前のエゴだ。そんなに好きなら、ちゃんと伝えとけよ」
彼女がそれくらいで駄目になってしまうなら、生贄なんて役目、背負っていない。
転生者の事実を受け止められていない。




