万華鏡の影
音がこもる世界。
コポコポコポ、と全身から空気が抜けていく音だけがよく聞こえる。
のしかかる圧力が強すぎて、身体が異常に重い。
動かすことも億劫で、ただ揺蕩うままに光指す水面をぼーっと見つめていた。万華鏡を見ているみたいで、幻想の世界に連れてこられたようだ。
視界が狭くなっていくにつれて、不思議と息は苦しくなくなってきた。
呼吸が出来ているわけではない。
だがその状態があまりにも楽で、そのうち身体が水の中に溶けてしまうんじゃないかと思えてきた。
だんだんと遠くなっていく水面。
光も届かなくなってきたのに、身体は一向に地面に辿り着かない。
底が、ないみたいだ。
(―――――・・・・あ、れ・・・・)
あと僅か。
あと僅かしかない視界の遠くで、動く影を見た。
多分魚だろう。
こちらに向かって姿を大きくしてくる。
もしかして、鮫かもしれない。
ああ、食われるのか。
また、食われるのか。
―――――違った。
ミノリユズハが食われるのは初めてだ。
ま、どっちでもいいや。
こんな肉付きの悪い身体、食っても美味しくないだろうけど、腹の足しにくらいにはなるんじゃないだろうか。水に溶けてなくなってしまうくらいなら、魚の生命活動に貢献してやるのもいいだろう。
こちらに向かって腕を伸ばしてくるような影を、柚葉はその身を差し出すように右手をそこへ彷徨わせた。
魚に手なんかあったかは忘れてしまったが、それは柚葉の手をしっかり掴むと、水の抵抗も虚しくぐっと自分の方へ引き寄せた。
もう意識を手放してしまって、夢の中なのか。
だって、柚葉の好きな、あの紅茶の香りがするんだ。
水の中で息をすることなんて出来るはずもないのに、柚葉の小さな身体を包んで離さないその影からは、彼の匂いがする。
霞む視界を遮るように、それは目の前いっぱいに広がって、だらしなく半開きだった口を塞いだ。
(・・・・何・・・・?)
ふっと口元から空気が差し込まれる。
それは全身を巡り、少しだけ意識をはっきりさせてくれた。
重い身体はそのままだが、柚葉の身体を包む影が何なのか理解するには十分で。
(―――――・・・・ア、リスさん・・・・?)
暗い水中でも分かる、目を溶かしてしまいそうな綺麗な顔が、そこにある。
彼は柚葉の目が自分を捉えたのを確認すると、光指す方へ昇っていった。




