切り落とされる火蓋
「海賊船・・・?」
徐々に近付いてくる厳つい船。
逃げられるはずもないと分かっているのに身体が反応して、柚葉は一歩後ろに下がった。
「あれが?・・・でも、普通の船かもしれないですよね?」
確かに貫禄ある年季の入った船だが、海賊だと断定できる要素は何も無い。何を見てルナが海賊だと言ったのかは不明だが、もしかして船を改造してかっこよくしたがるマニアかもしれないじゃないか。
「いや、だって俺あの海賊と闘ったことあるし」
そうだった。
彼は船医歴より海賊歴の方が長い海の上マイスターだった。
「随分昔だからメンバーは変わってるかもしれないけど、当時は相当な手練が揃ってたね」
「この船は一般人ばかりだろ?襲われる可能性は・・・」
「甘いよグレン。海賊だっつってんだろ。政府が黙認してるだけで、根はやんちゃが多いもんだ」
つまりはすれ違っただけで殴る思春期真っ盛りの集まりということだ。特に自分達がより大きな船を潰すのは、海賊の名を上げるいい機会らしい。うってつけのこの船、襲われる可能性しかない。
「とりあえず俺は闘えるヤツらを引っ張り出してくる。平和ボケして鈍ってるだろうけど、素人よりマシだろ」
「俺が行くよ。今からじゃ集まる前に乗り込まれる。海賊の相手はお前の方が慣れてんだろ」
そう言うグレンにルナは目も合わせず頷く。
「ユズハちゃんはアリスのとこ戻って・・・」
「友達でも呼んだのか」
「!」
グレンと入れ違いにいつの間にかアリスが姿を現す。呼んだわけでもないのにここへやってきたということは、海賊の気配でも察したのだろう。既に剣は抜き身でその手に握られている。
「誰の友達だって?アリス」
「お前のに決まってんだろルナ」
歩いてきたアリスは柚葉をそっと後ろに押しやると、ルナの横に並んだ。ルナは未だポケットに手を突っ込んだまま、アリスも剣を持っていない左手は同じくポケットに収めたままだ。なのに二人からは柚葉でも分かるほどピリピリとした圧迫感が伝わる。緊張か、いや、それにしては二人とも笑みを浮かべていた。
「俺はあんな下品臭いやつらと友達なんかにならないよ」
「じゃあ遠慮なくのしていいんだな?」
「友達だったら手加減してくれんの?」
「・・・それは面倒だ」
船体同士がぶつかり、獣のような雄叫びが甲板中に響き渡った。
ざっと五十人程だろうか。動くのも重そうな筋骨隆々の男達がわっと攻め入ってきた。金目のものを寄越せだの、女は連れてけだの、柚葉が思い浮かべる海賊そのものだった。これだけ多ければ一人や二人、少しばかり顔のいい男もいそうなものだが、どこを見渡してもゴリラやオラウータンやサルばかりだ。サル科にしてやっただけ有難く思って欲しい。
「ああっ?何だ?!あいつ、もしかしてルナ=メルヴィナじゃねぇか?!」
「本当だ!何でこんなところに!」
恐らく古株だろう。ルナの姿を見付けた奴らは驚き、そして面白いとでも言うようにニヤリと笑った。
「人気者だな」
「羨ましい?」
「全く」
並んだ二人は依然として同じ格好のまま、数十人の敵に囲まれていた。その状況にオロオロしているのは陰に隠れている柚葉だけで、当の本人たちは呑気な会話を繰り返していた。
「あっ、アイツも見た事あるぜ?!確かアステリア国の第二王子だ!」
「何?!じゃ、じゃああいつの首かっさらえば・・・!」
一国の王子の首をとったとなればそれはそれは海賊にとって高い知名度になることであろう。そんな未来を想像したのか、男達は興奮を抑えきらないとばかりに武器を構え、徐々に間合いを詰めていった。
それでも変わらないアリスとルナ。
そろそろ準備した方が良くないか。
「なんだ、人気者じゃん」
「羨ましいか?」
「てめぇら!!状況分かってんのかぁぁぁ!!!!」
囲まれているのに、意に介してないアリスとルナの様子に、痺れを切らした一人の男を皮切りに、わっと全員が斬りかかってきた。
剣、斧、槍、棍棒、様々な武器が二人を囲む。
「アリスさん!ルナさん・・・!!」
柚葉は思わず身を乗り出して手を伸ばした。
届くはずもなく、アリスとルナは海賊の包囲網の中へ消えていった。
「ぐわぁっ!!!」
「?!」
うおおおおぉ、と突っ込んでいった海賊達が一斉に二人に斬りかかった刹那。
威勢のいい声に混じって、1つの苦痛の叫びが聞こえた。
「─────え」
そう気付いた時にはもう遅かった。
「があぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
そこで爆発でも起こったとでもいうのか。
囲んだはずの中心から、半径二メートル内。
そこにいたはずの屈強な男達は、一気に吹き飛ばされていく。
「な、なんだ?!何が起こった?!」
まだ襲いかかるタイミングを見計らっていた男達は、一瞬の出来事に状況を把握できていない。気が付いたら仲間が吹き飛ばされて横で呻いている。そんなことが、起こっているのだ。
飛んできた中心を辿ると、一人は剣を振り抜いた王子、もう一人は脚を振り抜いた船医。
どちらも使っていない手はポケットに入れたままだ。
「人気投票でもする?」
「ほざけ」
それが合図だったのだろうか。
背中合わせに飛び出した二人は、今度は自分達から海賊の中へ突っ込んでいった。動いたアリスとルナはどちらも姿を消したかのようにどこにいるか見えなかった。かろうじて突っ立っている男達が吹き飛ばされていく弾道を辿って、あそこらへんかな、と思えるくらいだ。
「まっ、待てよ!!二人だぞ?!たった二人に・・・!ぐわぁ!!」
「嘘だろっ!!どこだ!とこから来──・・・がぁぁあっ!」
「やっ、やめ・・・だぁぁあっ!!」
攻撃どころか、防御、受け身さえとらせて貰えない。
瞬きする度、彼らはコマ送りのように瞬間瞬間、別の位置で敵を薙ぎ倒していく。
アリスは剣舞のように、ルナは道化師のように。
「・・・す、ごい・・・」
ルナのことは疎か、アリスの戦っている姿などまともに目にしたことのなかった柚葉は、その圧倒的ともいえる強さに瞠目した。ナリスの町の闘技場の一件もあって、強いとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。それに、ルナだってそうだ。話でしか聞いた事のなかった強さは、想像以上のものだった。
「む、無謀だったんだよ!あ、あのルナ=メルヴィナに挑もうなんて!!」
「何言ってんだ!アリス=ルヴィンの方が無謀だろ!」
「お前ら何の言い争いしてんだよ!仕事しろ!」
そう馬鹿な会話がされている間にも、もう半分以上の人数が床に転がっていた。グレンやルナの元海賊仲間達も反対側で戦っていることだろうし、この分だと一般人への被害もなくて済みそうだ。
柚葉が少しだけ安心して息をついたその瞬間だった。
「ユズハちゃん後ろ!!!!!」
「?!」
船尾から駆けつけてきたグレンの声にばっと顔を上げたが、それは遅すぎた。
「オラ、来い!!」
「っ!!」
あっという間に首を後ろから絡め取られ、抵抗虚しく両手も拘束される。何故後ろから近付いてくるのに気が付かなかったのか。
あ、アリスとルナがあまりにも常人離れした強さを見せつけるからじゃないか。
「痛い!痛い痛い痛い!離して!」
「いてっ!噛むなよ!歯の力強ぇよお前!」
「分厚い肉でも噛み切れるように鍛えてます!」
「馬鹿を捕まえちまった!」
だが、首を絞める腕を思いっきり噛んでやっても、その力は弱まることはなかった。逆に警戒してさらに強く絞めてくる。
「ぐっ・・・!」
「ユズハ!!」
「ユズハちゃん!!」
こちらの様子に気が付いたアリスとルナが手を止めて駆け寄ってくるが、柚葉の首元にナイフが突きつけられたのを見ると、ぐっと踏みとどまる。
「それ以上近付くなよ。こいつがどうなっても知らねぇからな・・・」
ギリギリと柚葉の首を絞めあげてくる男は、徐々に後ろに下がり、アリス達と距離をとっていく。背中が船の端、柵につくまで下がると、冷や汗を流しながらも、勝ち誇ったように高笑いを上げた。
「剣を置け!動くなよ!そのまま手を上げて、膝を床につけ!・・・あっ?!お前じゃねぇよ!」
「あれ?違った?」
「・・・ユズハちゃん・・・」
ルナのさすがに呆れた呟きが聞こえた。
「誰に言ったのか分からなかったからー。ちゃんと指名してくれないと!」
「す、すみません?」
何故か拘束している男の方が謝る事態になっているのに、グレンとルナは乾いた笑いを、アリスは片手で目を覆っていた。
「それからあんた汗臭い!女の子に近付くならちゃんとそれくらい気にしなさい!」
「俺こいつ捕まえとくのもうヤダ・・・」
相手のやる気を削げたのなら、よかった。でも本当耐えられなかったんだ。仕方ない。
「残念ながらそいつはお前の鍛え上げた筋肉もふにゃふにゃに溶かしてしまう天才だぞ」
「諦めて投降した方が身のためだよ」
何だか立てこもり事件ちっくになってきた。
「・・・ふっ、ふざけるなよ!お前らなんかに俺らが負けるわけな・・・」
どこからだろう。
ドォン、と海底を揺るがすような破裂音がこだまし、海面を大きく波打たせた。
「え────・・・?」
大袈裟なまでに揺れた船体は、津波に乗ったように上下に動いたのだ。
全身筋肉で塗り固められたような男さえもふわりと浮かせる程に。
お陰で男の腕からは解放された。
でも、
どうせ解放してくれるのなら、
海へ投げ出される前にしてほしかった。
「─────・・・っユズハ!!!!」
宙に浮いた感覚は、纏わりつく海水の中へ消えていった。




