後悔の転生
最初は、初めて魔法を使った時に感じた左目の違和感だった。
瞳に傷がついているような、充血しているような、心なしか熱を持ったような。鏡を見てもどうもなっていないし、痛みがあるわけでもないし、見えなくなったわけでもない。だが、その日の夜、夢を見た。
血を喰らう、
肉を喰らう、
飢えた獣のようなヒトがそこにいた。
それは自分ではないのに、自分が犯した罪のように体が震えて、目を覚ました後でも頭に、目に焼き付いて離れない。
魔法を酷使するごとに頻繁になっていくその夢は、やがて毎日見るようになる。眠れない日々も続いた。身体も限界を叫んでいた。たったこれだけで人間は死んでしまうのかとも思った。自分はそんなことを考えるタイプの人間ではないと思っていたのに、それほど追い詰められた。
そんな時だ。ある噂を聞いたのは。
その時既に船医をしていたルナは、船に乗った客から聞こえてきた『転生者』の話に耳を傾けた。甲板だったからか、海風が強くて途切れ途切れにしか聞こえなかったが、それは妙に興味を惹かれた。客の話で得られたのは、魔力の祖の魂を持った転生者がこの世に本当に存在し、その者がかつて食いちぎられた魔力を時期が来たら集め始めるかもしれないということだけ。
残りの情報は自力でかき集めた。転生者の悲劇、自分のこの左目は先祖が転生者から奪ったもの、純血種のこと。
そして、あの日甲板で話をしていたのは、魔族の血という集団。
「―――何?」
ついに眠ってしまったのではないかという程黙って聞いていたアリスが、低く呻くように声をあげた。
「ついでに、本当はあんたのことも知っている。アステリア国第二王子アリス=ルヴィン」
言いたくなさそうだったから敢えて確認はしなかったけど、とルナはそこでやっと口元を緩めた。純血種のことを知ればその血が特に濃いアステリア王族のことを知ることにはなる。柚葉が生贄だと分かれば、それは確信に変わったであろう。
「その客は、どんな容姿をしていた?」
「えー?一人はよく見えなかったけど、もう一人は確か・・・俺より暗い赤の瞳に、色素薄目の髪色だったと思うけど。それから、額から目にかけて大きな傷」
「・・・・ザギか・・・」
柚葉の背中にも冷たいものが伝う。
ルナの話ではその場には二人いたようだが、そもそも魔族の血は同志を集めているのだから、複数人いてもおかしくはない。アリスが大して驚いていない様子からしても、そのことは想定済みなのだろう。
「魔族の血のことはこの際置いとくとして、お前は一体どこまで転生者のことを知っている?」
「・・・そうだな。あと細々したことはあるけど、大きなことと言えば、転生者の力を手にして、まだ依然としてその力を持ったままの者が、俺の他にあと三人いる」
「!」
一人はハンナ、それとは別にあと二人。
他の部位は、柚葉の前までの魂の器になったものが取り戻しているという。特に柚葉自身の意思として力を取り戻そうとしているわけではないのだが、転生者の魂を持っている以上、散らばってしまった力の元へ、自然と運命を動かされているのかもしれない。
「・・・一人はもう会ったんです。その子は左腕。握手をしたときに取り戻しちゃったみたいで・・・」
「その子はどうもなかったの?俺まだ左目飛び出そうなんだけど」
「え、大変!ホルマリン要りますか?!」
「漬けないよ」
どうする気だ。
ハンナはあの時、左腕に異変を感じた柚葉を不思議そうに見ていた。怖い夢を見たり、痛みを感じた時もあるとは言っていたが、ルナのように苦しまされた感じはしなかった。
「ハンナは魔法は使えなかった。それが影響しているのかもな」
「・・・そうか。俺は大分酷使したからなぁ・・・」
「それと、ユズハ。お前ハンナの時は会った瞬間に何か感じたんだろ?ルナの時はそれがなかったのか?」
それは柚葉も疑問に感じていたのだが、答えはすぐに見つかった。
「ああ、それが・・・あの時私しこたま酔ってたので、それどころじゃなかったというか・・・」
「はあ?」
飲み会のサラリーマンのようなセリフを言う機会がくるとは思わなかった。あの時のことは記憶が曖昧で、とにかく吐き気を押さえるのに必死だった。平常心なら気付いていたかもしれないと思うと、自分の情けなさに笑いが出てくる。
「申し訳ない・・・」
「不可抗力だから仕方ないよ」
ははは、と笑うルナは、既に表情に出てしまうほど疲れが滲んでいた。自分でもそれを感じたのか、そろそろお暇するよと重そうに壁から背を離した。
「あの、ルナさん」
「ん?」
部屋を出ていこうとした背に、柚葉は静かに呼びかけた。
ベッドから立ち上がり、手を伸ばせば捕まえられる距離までルナに近づく。
そうしなければ、彼はまた誤魔化して逃げそうだったから。
「お疲れ様でした。辛かったでしょう」
「え?ああ、お仕事だし、これから思う存分休ませてもらうから大丈―――・・・」
「自分の意思じゃないのに勝手に動いていく身体、やめろと言っても止まらない身体、自分のものじゃないのに自分の記憶には残っていて、それは本当に自分が犯したのではないかと思ってくる」
それは現実であって現実ではない。
自分であって自分ではない。
頭にその情景が浮かぶ度、その葛藤を繰り返す。
「何言って・・・」
「でも、ルナさんはルナさんなんです。医者で、研究者で、マッドサイエンティストで。だから、」
アリスの言葉が、柚葉の中にこだました。
魂に食われるな、と。
「悪いのはルナさんじゃないんです」
「―――――・・・・、」
身体をバラバラにされたのは柚葉ではない。
バラバラにしたのはハンナでもルナでもない。
柚葉とは何の面識もない、誰かだ。
今存在しない人のことを責められはしないし、その子孫を恨むのなんて、お門違いもいいところだ。
「だから、私を見てそんな申し訳ない顔しないで下さい」
ルナの力の抜けた左の人差し指を、きゅっと握った。
「―――・・・そんな顔した覚えないよ・・・」
それだけ言って、ルナの指は柚葉の手から離れていった。




