違和感の先
アリスに事情を聞いたルナは、初めて驚きの表情を見せたが、他にいい方法がすぐに思いつかないと思ったのか、頷いて残った魔力で柚葉に処置をした。持つ魔力をほぼ使い切ってしまったルナはその場で座り込んでしまうが、それも想定内なので心配ない。
「ユズハ、手を」
「はい」
言われて柚葉はルナの手に自分の手を重ねる。昼間より大分冷え切ってしまった手だった。無理をしたのだろう。
性格はマッドサイエンティスト感が強い彼だが、医者としての信念もしっかり持っているのだと思う。
アリスが手を翳すと、いつかと同じように温かい光が灯り、同時に体温が下がっていくのが分かる。
どくりと心臓が脈打った。
「え――――・・・・?」
違う。
以前に魔力を渡した時は、こんな感覚はなかった。ただ寒くなって、少しだけ身体が重くなったり眠くなったりするだけで、こんな沸騰した血液が全身を巡るような感覚はなかったのだ。寒いより熱い。重いより苦しい。
だが、この感覚は確か知っている。
左目が、圧迫される。
「―――っ!」
「ユズハ?」
突然ルナに重ねた手を引っ込めて左目を押さえた柚葉を、アリスがとっさに肩を支える。
「どうした」
「・・・・っ、」
これは、知っている。
この、そこに心臓でもあるような感覚。
「ユ、ズハちゃん・・・?君、・・・、」
顔を上げてルナを見れば、思っていた通り、彼も左目を押さえている。
何故、最初に会った時に気付かなかったのか。この間はなんとなく分かったのに。
「アリス、さん・・・、ルナさんはハンナさんと同じ―――・・・っ」
「!」
転生者を食った者の子孫。
「・・・何・・・?」
「間違いないと思います。・・・ルナさん、左目・・・」
「ユズハちゃん、君はもしかして・・・!」
柚葉に魔力を渡されて少し動けるようになったルナは、左目の違和感を無視して詰め寄るように柚葉の肩を強く握った。あまりの力に柚葉が顔を顰めても気付かないほど驚愕に満ちた表情。
「君はもしかして、転生者なのか・・・・?」
「!」
柚葉とアリスは同時に目を見張った。
ルナにある程度事情は話したといっても、そこまでのことは言っていないはずだ。ハンナもそうであったように、転生者の事実も一般の者には知られないことであり、そうであってはいけない。
ルナの口から”転生者”の言葉が出たことも然り、この左目の違和感だけで柚葉を転生者だと言い当てた。
「な・・・んで、知って・・・」
「何でって、それはずっと捜していたんだから、知ってるよ」
次に口を開いた時には、ルナは落ち着きを取り戻していて、いつも通り穏やかな表情にはなっているが、そこに笑みはない。努めて冷静に振舞っているようにも見えた。
「言っただろ?俺は研究者だ。・・・・魔法、魔力に関しては特に念入りに研究している」
そう言いながらもルナの手は震えていた。
捜し求めていたものが見つかった喜びか、興奮か、衝撃か。だが、彼の表情はそのどれにも該当しないもののようにも思える。
言うならばそれは、悔恨。
「ルナ、さん?」
「話は後だ。続けるぞ」
柚葉の肩に置かれたルナの手をアリスが切り離した。まだ十分な魔力の量をルナに渡してはいない。中途半端な量を渡しても役には立たなくなってしまうので、渡すのなら使用できる量をしっかり渡した方がいい。
アリスは作業を続行し、やがてそれが終わると、ルナは再び人が集まる医務室へ戻っていった。
***
船の揺れが大分落ち着き、医務室も最後の一人が出ていった後、アリスと柚葉の元をルナが訪ねてきた。外はもう白み始めている。
魔力を渡した後、柚葉はこと切れたように眠ってしまい、医務室はあまりにも人が多かったのでアリスが泊っている部屋の方へ運んだのだ。
「ユズハちゃん、眠ってる?」
「あ、ルナさん・・・おはようごじゃります」
「今起きたんだね」
「何故バレた?」
寝ぼけ眼を擦る柚葉を見れば、誰だって一目瞭然だ。椅子に座って俯いていたアリスも顔を上げるが、眠っていたわけではなさそうだ。
「終わったのか」
「おかげさまで。助かったよ、ありがとう」
素直に漏らす感謝は柚葉にだけではなく、アリスにも向けられていた。
もちろん休ませていない身体は疲労しているのか、ルナは疲れが混じったため息をつきながらドアの近くの壁に背を預けた。
「ルナさん、大丈夫ですか?一度休んできたら・・・」
「いや、後ででいい。今は確認したいことがある。先に済まさないと休めそうにない」
内容はこの場の誰もが分かっている。
「ユズハちゃんは、本当に転生者なのか・・・?」
今更渋る必要ない。
それでも二つ返事で肯定するのは気持ちが引けてしまって、しばらくの沈黙の後、柚葉はゆっくりと頷いた。
自分でも認めたくはないが、もう否定もできない。
「・・・そう」
「ルナさんは何故転生者のことを?」
「簡単に言えば成り行きだよ。魔力の原点を辿っていっていたらその存在が出てきた」
そう一言で済ませるが、それは一朝一夕では知り得なかっただろう。彼の重みのない雰囲気からは想像もできない努力が積まれているのを柚葉もアリスももう分かっている。
「俺が魔法や魔力について調べていたのは、元々はこの左目の違和感から始まったんだ」
女性のような細い手が、紅の瞳を覆った。




