貫く思い、強情
案の定というか、予想通りというか、医務室は深夜なのにも関わらず人でごった返していた。殆どは柚葉のような顔色のものばかりで、さすがのアリスも一瞬中に入るのを躊躇った程だ。
奥の方に目を凝らすと、患者に紛れてルナが丁寧に診察していたが、そこに並ぶ人々はまだ途切れそうにない。
「あ、ユズハちゃーん。ついでにアリス」
こんなもみくちゃの中でも通常通りのルナは、アリスと柚葉の姿を見つけると手を振っておいでと呼び寄せてきたので、人混みを掻き分けて会話が出来る距離まで近寄った。
「やっぱ持たなかったね、この揺れじゃ」
「ああ。一体なんでこんなに揺れている?」
「さあ、俺には詳しい事は分からないけど、船長の話じゃ最近は滅びの年の影響でよく海が突然荒れるって言ってたね」
「・・・ああ、なるほどな」
そういうことかと腕の中の柚葉に目を向けた。起きてはいるようだが、目を開けていると眩暈がするのだろう。ずっと瞼は下りたままだ。
「おかげでルナ診療所は大繁盛。捌いても捌いても減らない減らない」
ここにいる九割は船酔いで来ているらしい。ざっと二十人程度が入れ代わり立ち代わりでずっとその数字を維持しているのだという。
「眠いのは我慢出来るからいいんだけどね」
ぽつりとそうこぼしながら、ルナは次々と処置を進めていく。恐らく柚葉に施していたものと同じだが、一人あたりにかける時間が、あの時より大分長くなっていた。魔法を使った際に灯る光も不安定で弱々しい。
その様子を見たアリスはルナに声をかけようとした。
「・・・おい、お前───、・・・!」
瞬間だった。
ルナの身体がグラリと傾き、椅子から落ちようとしていた。目を見張ったアリスが、思わず手を出そうとしたが、今は柚葉で両手とも塞がっている。このままではルナは床に崩れ落ちてしまうだろう。
どうしようもなく、アリスは空いている部分を伸ばしたのだった。
「・・・っと、」
間一髪、ルナの身体は傾いたままで動きを止めた。
本人もそれに気が付いたのか、後ろから伸びて支えてくれるそれに、色のない目線を送った。
「・・・・・・ああ、ありがとうアリス。・・・・・・長いおみ足を」
「助けてやっただけ感謝しろ」
サーカスでも見に来ているつもりだろうか、周りから拍手を賜ってしまった。
「悪い悪い。・・・っいしょっと、」
机を支えに体勢を立て直すルナは、ここにいる患者達程ではないが、やはり顔色が悪い気がする。よく見ると冷や汗も滲んでいるし、冗談言っている場合ではなさそうだ。
「お前、魔力が、」
「・・・ああ・・・、どうもこればっかりはどうしたって補えない。俺も魔力は少ない方ではないんだけど、特別多い訳じゃないからさ。ここまで魔力を使い続けるとさすがに限界がくる」
汗を拭ったルナは、ちょっと休ませて、と机に突っ伏した。
その間にも一人二人と人は増えていく。アリスがどうにかできればいいが、アリスにルナの技術はないし、魔力を分け与えようにも、純血種の魔力は一般の者の器では収めきれなくて内側から破壊してしまう可能性がある。
ただルナが回復するのを眺めているだけだった時、ふっと柚葉の瞼が持ち上がった。
「アリスさん」
「・・・?なんだ?」
「私の魔力、あげたらだめですか?」
「!なっ、・・・にを・・・」
そんなことをしたら、勘のいいルナのことだ。何故こんな莫大な魔力を持っているのかと、生贄の答えに辿り着くのはそう遠くないだろう。マッドサイエンティストの彼は、それから柚葉のことを調べまくるに違いない。
柚葉はそれも分かってて言っていた。でなければルナに聞こえないようにアリスに判断を任せるようなことはしないだろう。
きっと結果的にいつも大変になるのはアリスなのだ。アリスはどうしたって柚葉を守らなければならない。それが職務なのかどうかはこの際考えないでおくが。
「皆には申し訳ないですけど、先にこの船酔いを治してもらえば私は平気ですから、それからルナさんにアリスさんが決めた分だけの魔力を渡すというのはどうですか」
「・・・・・・」
アリスさんに任せます、と言う柚葉は顔を上げないまま口元だけ僅かに微笑む。まるで平気だとでもいうように。
駄目だと言えば、彼女はきっとそうですかと諦めるだろう。任せると言った限りは柚葉はちゃんとアリスの意見に添うはずだ。ルナに生贄のこともばれず、それが一番いいに決まってる。
「ちなみに、私はルナさんに助けられたから助けたいと思ってます」
「・・・・・・俺に任せるんじゃなかったのか」
「任せてるじゃないですか。どっちにしろ、アリスさんがやってくれなきゃ私は魔力をあげることなんてできないんですから」
そんなのは、任せてるとは言わない。
柚葉はたまに、人に選択肢を与えておきながら、結局は選ばせはしないような強情を見せる時がある。わざとやっているのか、天然でやっているのかは分からない。
「・・・・・・・・・分かったよ。どうせお前には敵わない」
諦めて飽きれたため息をたっぷり吐いて、ルナにちょっと来いと部屋の外に連れ出した。




