変人と天才の紙一重
確かにルナは医者らしい医者だ。その知識も技術も、白衣だって超似合う。
だが何故だろう。
そこにいて感じるものは医者がいる安心感というより、どんな医者なのかという不安感。
「ただの医者・・・ではないな」
「何を。俺は至極、真っ当な、ただの、医者だよ」
「ただの医者が魔法の理を覆すような知識や技術を身に付けているはずないだろ」
船酔いは病気ではないが怪我でもない。だが、ルナはそれを怪我でも扱っているかのように治したのだ。人間の内面の不調は治癒魔法では扱いきらないという魔法の基本定義を、まるでちょっと工夫しただけかのようにぶち壊したのだ。
彼は何でもないことのように言うが、それがどれだけこの世界に影響を及ぼすか。
「それはお褒めの言葉として受け取っていいのかな?」
「ふざけてないでちゃんと答えろ。ルナ=メルヴィナ、お前は何者だ」
アリスの眼光が鋭く光り、ルナを射抜くように見据えているが、当の本人はそれでも意に介していないかのように、肩を竦めておどけてみせた。
「ふざけてるつもりはないよ。もし、君が欲しい答えに近いものと言ったら、俺は研究者でもある」
「・・・・研究者?」
ルナは回転する椅子に身を移し、横にある机に頬杖をついて優雅にアリスをその紅の瞳に映した。
「そ。大半は医者の仕事が多いし、便宜上、医者と言っていた方が受けもいいからそれで通してるんだけど」
ここまで突っ込まれて聞かれたのは初めてだよ、とルナは短い溜息を漏らす。ニコニコしながらも多少アリスに警戒していたようだ。
自称、研究者。
ルナはそう言い直した。
特にどこかの企業に属しているだとか、研究室があるだとか、そういったことはないという。ただ自分が興味があるもの、事象を好きに調べ、研究している。実益を兼ねた趣味だというが、彼の口から出てくる言動一つ一つには、趣味の域を超えたものが八割存在している。柚葉にはもちろん、アリスにもたまによく分からないことを言っているようだった。
つまりはアレだ。
「マッドサイエンティスト・・・」
「そうとも言うかな」
「ひぃっ!」
お願い、笑いながら注射器を持たないで。
柚葉の無意識な呟きをあっさり肯定したルナは、最初からそう言えばよかったなぁ、なんて頷いている。ただの医者ではない、とんでもない医者だ。
「魔法については俺の生涯の研究対象だね。特に治癒魔法に関してはまだまだ証明されていない現象だってあるはずだ」
「まさか、私は今その実験対象に・・・?」
「あ、ごめんね」
「?!」
てへ、じゃない。
せめて一言断りを入れてくれたっていいじゃないか。人類の発展に貢献できるのなら柚葉だってノーとは言わない。多分。
ルナが言うには成功の確証があるものしか人には試さないと言うが、試された方からすれば確証なんて確証ではない。だが、彼のお陰で楽になったのは本当だ。
「でも・・・ありがとうございました。助かったのは本当です」
「どういたしまして。ただそれは一時的に抑えているだけだから、時間が経ては効果も切れる。その時はまたおいで」
「誰が来るか」
「俺はユズハちゃんに言ってるんだよ」
どうやらこの二人、全く相容れないらしい。
柚葉は半ばアリスに引き摺られるようにして医務室を後にした。ルナが手を振っていたから振り返していたらアリスにその手を掴まれた。何故。
部屋に戻るとすぐにアリスに何か言われたグレンが部屋から出ていった。
少し疲れた様子のアリスは、椅子に腰かけ、両手を机の上で組んで何やら考え込んでしまう。
「アリスさん・・・?」
「お前、あいつに魔法かけられた時、魔力が抜けていく感覚は?」
「え?あ、なかったですけど。本当、船酔いがなくなっただけです」
「そうか」
ルナが柚葉を生贄と知って、魔力を奪おうとする者なら、あの時いくらでも奪えたはずだ。それをしなかったということは、生贄のことを知らないか、魔力には興味がないか。危害を加えるような様子はなかったが、何しろ得体の知れない奴だ。用心しておくに越したことはないだろう。
「あいつの言っていることは通りすぎているくらい理屈は通っている。だが、だからといってそれを現実のものとするには、常人には無理だ」
だからこそ治癒魔法で病気は治せないしとされているし、それで苦しんでいる人もいて、医療技術だってあまり発展していない。いつかそんな話を誰かとした気がする。
ああ、テティだ。
ルナになら、テティを治せるのだろうか。
「だから、常人ではないんでしょ?」
「は?」
何をそんなに難しいことがあろうかという柚葉の声色に、アリスは虚を突かれたような表情で顔を上げる。
「だってマッドサイエンティストだし。変わった人、って言ったら失礼ですけど、そういう人がいずれ世界を揺るがすような技術や才能を発揮して、人類は成長していくんですよ」
身を削り、精神を削り、人生をそこに注ぐ。自分の人生さえ変えて出来上がった結果は、いつか誰かに役立つものとなる。一人の人生が、多くの人の人生を変えていく。そうして人類は進化を遂げていく。
今の日本だって、地球だってそうだ。
「勝手に実験台は嫌でしたけど、ああいう人がいたりいなかったりして、私の世界は魔法がなくても便利な世の中になってるんです。勝手に実験台は嫌でしたけど」
「・・・とりあえず勝手に実験台にされたのに怒ってるんだな?」
「その通りです」
ふん、と鼻息荒く柚葉は頬を膨らませる。
「まあ、確かに奴は本当に理屈通りの魔法を使っていた。あれだけの頭脳と技術は、アステリア国でも随一のものとなるだろうな」
「ほう、そんなに」
「・・・お前、ああいう人間がいて人類は成長するとか豪語しておいて、そこは分かってなかったのか」
「その辺の難しい話は専門外です」
「お前の専門内はどこなんだ」
***
深夜、闇が一番深くなる頃、荒れ始めていた海はさらに激しさを増していた。台風でも近づいているのだろうか、あまりの揺れにアリスも目を覚ます。
「・・・っ、すごいな」
これが続けばどこか船体が壊れて沈むのではないかと思ってしまうほどだ。この揺れでは柚葉でなくても酔ってしまうだろう。今頃、ルナの元へは患者が押し寄せているかもしれない。
グレンは先程出ていったきりまだ戻っていないが、それはアリスも事情は分かっているので気には留めない。
「・・・ユズハ・・・?」
だが、そこに寝ているはずの柚葉も、姿が見えないでいた。起き上がった形に布団が立っているところを見ると、何かトラブルに巻き込まれたようではない。船が軋む音に紛れて、微かに洗面台の方から物音がした。
その音の正体を知りながらも、そっと洗面台のドアを開けると、柚葉が蹲って小さくなっていた。
「・・・・大丈夫か」
「・・・けほっ・・・う、え・・・」
後ろからそっと背中を擦ってやると、目線だけアリスに向けたが、すぐに逸れて苦しそうな表情になる。もう吐くものなんてないのだろう。ただただ嗚咽を漏らしているだけだった。
「すみませ、アリスさん・・・起こしてしま・・・」
「いいから」
真っ青な顔をしてまで、何を謝るのだろうか。途切れ途切れの言葉は一息で言えない程なのだろう。
時々水を飲みながらも、また戻すを繰り返し、ちゃんと補給することができない。このままでは本当に脱水症状になってしまう。
「ルナのところ行くか?」
「・・・・ん・・・」
柚葉が浅く頷いたのを確認すると、アリスはあまり揺らさないようにそっと抱き上げる。疲れ切って力をなくした腕を折り曲げて腹の所へ置いてやる。色をなくした柚葉を見やり、一つ息をつくと医務室に向けて歩を進めた。




